朝が来る
私が初めて河瀬直美さんの映画を見たのは、フランスの小さな映画館だった。
映画館は地元の人で満席で、河瀬さんの映画がフランスで高く評価されていた証でもあった。
その映画が『殯の森』である。
河瀬さんの故郷である奈良を舞台に、人間の生と死を描いた美しい作品だ。
この作品以外にも、樹木希林さんが出演された『あん』も見た。ハンセン病患者として生きる希林さんが作るあんこの艶が美しく、その餡を練る姿がとても愛おしく感じた作品である。
話は変わるが、先日TikTokを見ていたら、やたらと『朝が来る』という映画のワンシーンを切り取った映像が流れてきた。
どうやらこれも河瀬さんの作品らしい。
ざっとあらすじを話すと、不妊治療の末に特別養子縁組で子供を持った夫婦、その夫婦の子供となった男の子の実の母親の物語だ。
不妊、望まない妊娠…。
この二つを両天秤にかけることは違うのかもしれない。だが、どちらも現代の日本女性が直面する問題とも言える。
私は子供を産んだこともなければ、結婚をしたこともない。だからどちらの立場からも語れないのだけれど、どちらかというと14歳で母親になった少女に感情を強く揺さぶられた。
産みの母親は14歳。
幼い恋の末に小さな命を授かったが、そんなことは周囲に到底受け入れてもらえず、支援者の協力のもと、人知れず瀬戸内の島に身を寄せ、出産をした。
お腹がふっくらと目立ち始めた頃には、少女はすでに母親の顔になっていた。生まれる前から養子に出すことが決められている我が子。その子が母親に愛されて生まれてきたのだと伝えるために彼女は手紙を書く。
こうして少女が産んだ男の子は、養子を望んでいた夫婦に託された。少女が書いた手紙と共に。
その後少女の人生は大きく傾く。
妊娠・出産を家族から『無かったこと』にされ、親戚からは「災難にあったと思って忘れろ」と言われる。
大きな衝突の後、彼女は家族と離れ、一人で生きる道を選ぶ。
14歳で子供を産んだ少女は大人になり、変わり果てた姿で夫婦の前に現れる…。
この映画を見て考えさせられたのは、まず子供には出自を知る権利があること。当たり前のことなんだけど、子供には子供の権利がある。
永作博美さん演じる母は、息子に本当の母である「広島のお母ちゃん」の手紙を何度も読み聞かせ、2人の母親に愛されていることを伝えていく。
そして14歳の母を演じた蒔田彩珠さんは、母性の芽生えを見事に表現していて涙を誘った。
14歳の少女が次の母親に託した手紙には、一度書かれて消された筆跡が残っていた。それを鉛筆で上から塗りつぶしていくと、ある一文が浮かび上がってくる。
なかったことにしないで。
きっと彼女は自分の手で子供を育てたかったのだと思う。
愛する人の子供を体内に宿したけれど、誰からも祝福されない。妊娠をなかったことにされたことは、とてつもない悲しみだったと思う。彼女にとって子供は唯一の希望だったのかなと映画を見ながら考えた。
妊娠は奇跡のようなことだけれど、その奇跡が望まれない場合もある。母親1人では到底育てられないケースも多いと聞く。
一方で妊娠を望んでも難しいケースがある。
現代の日本で実際に起こっている問題を、河瀬さんは美しい映像と丁寧な編集で私たちに終始問いかけていたような気がした。決してハッピーな気持ちにはなれないけど、映画の余韻が見終わった後もしばらく続く作品だった。
TikTokとなんとなく見つけた映画は、とにかく涙なしでは見れなかった。
日本の映画は最近興味がなかったけれど、良質な作品はたくさんある。
そんな作品に、私はまた出逢いたい。