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うろつく男たち 愛国者学園物語 第249話

2回目の終わりも飲み会で締めくくることにした美鈴と根津。まずはお互いの健闘を祝して乾杯した。

ビールが好きな根津はジョッキを傾けつつ、嬉しそうな顔をしているし、美鈴は角(かく)のハイボールを流し込んでいた。討論会の緊張がほぐれたころ、美鈴はあることを持ち出した。

それは、先ほどの会で、根津が「登場」するのが遅かったのではないか、ということだった。美鈴はそんな話題を出せば、根津との信頼関係が壊れてしまうのではと心配したが、根津は大人だった。

 「それはね、私がしょっちゅう顔を出せば、美鈴さんは主役じゃなくなるからだよ。そうでしょ。あなたが主役なんだからね」

根津はビールをあおった。

「もっと前に出ればどうですか」

美鈴は深く考えずに聞いた。

すると彼は、自分は吉沢と友人だったし、そのことは秘密でもなんでもない、多くの人が知っていることだ。だから、かつての友人同士が討論したって面白くはないでしょ? と言った。それが根津の答えだった。

美鈴は、根津が昭和天皇の戦争責任についての話題を出した時、正直に言って怖かった、と打ち明けた。そして、それを急に持ち出すなんて、と言い、少しだけ根津を責めた。

根津は笑って、

「ああいう、皆が避けようとする話題を出すと、討論会は面白くなるからね。驚かせて申し訳ない」

と微笑んだ。そしてしばらくしてから真顔になり、スタジオの周囲を取り囲んでいた右翼団体が、美鈴さんを脅すようなことを拡声器で叫んでいたこと、またネット社会でも、日本人至上主義者による不穏(ふおん)な言動が増えていることを挙げて、身辺には注意するようにと美鈴に言った。

「やはりこの話題はふさわしくなかったか、美鈴さんに負担をかけるだけで」

と言い、美鈴に頭を下げた。

美鈴はジェフからその話題に触れるなと言われていたことを根津に告げたが、時すでに遅し。

「まいったね、こりゃ」

根津はそう言って笑った。


美鈴はその姿を見て心のこわばりがほぐれたが、根津の言うことをしかと聞いて、注意をすることにした。すでに、ホライズンは美鈴たち三橋(みつはし)家の人々に警備会社による警備をつけており、それで危険な連中を遠ざけることが可能になるはずだった。だが数日後、名古屋の実家の周囲を、不審な男たちが歩いていることがわかり、警備の重要さが身に染みたのだった。


ジェフからは、「あの話題、言っちゃったか!」

というメールが来た。美鈴はジェフの怒りを想像しながら謝罪のメールを送ったが、彼の反応は柔らかなものだった。その最後には、

「まいったね、こりゃ」

とあり、美鈴を微笑ませた。

だが、

自由な言論の代償

も払わざるを得なかった。太平洋戦争のせいで2000万人の犠牲が出たという、美鈴の主張に多くの反論があった。それらはその数が異常であるというもの、共産党の数字を信じることがおかしいというもの、それに、美鈴への非難だった。しかし、それらのほとんど全ては、具体的な反証をせずに、美鈴を非難しているだけで、具体的にその数字について語っている人はほどんどおらず、それが逆に美鈴を失望させた。自分にきちんと向き合う人はいないのだろうか。

美鈴は自分が言いすぎたのではという気持ちをぬぐえずにいた

。だが、それを察した根津の言葉に納得もした。彼ら、吉沢たちは具体的な数字すら上げられない。それは反論としては不十分であると。本当に2000万人もの人が死んだ、殺されたのか、現代の我々はそれすら検討しないではないか、と。

口さがのないネット社会では、この討論会について実に大きな反応があった。美鈴は自分の顔写真や、討論会の一部を切り取った動画が無数に投稿されているのを見て、恐怖感まで感じた。もし彼らが自分をさらに傷つけるような発言をし出したら、どうなるだろう。その内の何人かは、実力行使に出るかもしれない。田端彩子たちを殺したドローン事件の犯人は捕まっていないどころか、捜査もろくに進んでいない。

もし、そんな連中が……。そんな恐れを抱えたまま、ネットの自分の記事を見ていたら、河合奈保子の歌「けんかはやめて」を歌いながら、美鈴と吉沢の写真を使った動画を見せる人を見つけて、美鈴は苦笑した。

吉沢は、どうにか2回目を終えたことに安堵(あんど)していた。昭和天皇の戦争責任という話したくない問題が取り上げられた際には、彼は心底困ったが、それで立ち止まるほどヤワな男でもなかった。自分は歴戦の弁士、雄弁さを誇る国会議員の吉沢友康なのだから。だが吉沢を困らせたのは、あの根津ではなくて味方のはずの強矢(すねや)だった。彼女は吉沢が自分の発言をたびたび止めたこと、それに昭和天皇の話題では全く発言を許さなかったことを強く不満に思い、なんと、この自分に抗議するではないか。吉沢は弟子であるはずの強矢のそのような態度に衝撃を受けた。そして、この少女との関係が危ういことを感じた。

まさか、自分の命令を無視して暴走するのではないか……。

そういうことを考えるのは、嫌なものであった。

強矢の心中には大きな不満がたまっていた。敬愛する吉沢先生の命令とはいえ、自分の自由な発言を封じられたからだ。強矢の心には、自分が美鈴を撃破するという任務のような思いがあった。それなのに、吉沢先生はそれを止めたのだった。天皇陛下の戦争責任に関することでは、自分は全く発言出来ず、美鈴を止められなかった。

では、その怒りをどこにぶつけたら良いのだろうか

。強矢は自宅で、違法なハンティングに使う弓矢をいじっては、ストレスを発散させようとした。だが、まだ物足りない……。


続く
これは小説です。次回は21世紀新明治計画。日本人至上主義者たちは、
世界に誇れる日本、強い日本として、日本を明治時代のような国に作り替えようとしていました。その全貌とは? 次回もお楽しみに!


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