見出し画像

愛国心は全てに勝る 愛国者学園物語 第221話

「愛国心だけがトップで体力は普通、学力はクズ」

 これは愛国者学園への陰口である。愛学のような学校には愛国心はあるけど、成績が悪い連中の巣だ、とネット社会や実社会ではよく言われていた。悪口ではあるが、それは愛国者学園の真実を表してはいた。ここでは、日本の歴史や旧日本軍の勝ち戦さについて、延々と講義がある。それに、そういう歴史に関連した場所を訪問しては、偉大な先祖の足跡に思いを馳せて(はせて)万歳三唱をしては子供たちは涙を流す。体育の一環だと言って、モデルガンを使ったサバイバルゲームに熱中する。挙げ句の果てに、銃剣道の木銃や弓道の弓矢を持って市内をパレードする。


そういう、一般的な学生が受けるような教育からはかけ離れた学習には、大きな弱点があった

。それは、若者が愛国者学園に通っても、人並みの学力を身につけられないということだ。愛学の学生たちが軍服のような制服を着ても、軍人まがいの行進をいくらやっても、彼らの学力は向上しなかったことは事実であった。愛国者学園に反対する人々は、偏差値は愛国心よりも強しと、その教育を皮肉ったが、それは愛学の関係者にとっては侮辱だった。


だから、愛国者学園のような愛国教育に賛成する人々は、「愛国心は全てに勝る」

という言葉をモットーにしていた。精神が現実の諸問題に勝るというのは、祖国を守ろうという強い意志があれば、竹槍で敵の爆撃機の編隊に勝てるという、第二次世界大戦当時の日本の精神論そのものであった。それが誤りであったこと歴史が証明しているのだが、愛国者学園を愛してやまない日本人至上主義者たちは、そういう歴史すら修正して、「愛国心は全てに勝る」と言って聞かなかった。


しかし、同学園の

学力レベルの低さ

は隠しようがない。受験情報会社によると、その偏差値は最下位レベルである。それを思えば、愛国者学園の学生たちの成績を良くするには、その勉強の内容を変えるしかない。それは、愛国的とされる教育を止め、普通の学生が受けるような教育をすればいいだけのことであった。しかし、それを選ぶことは愛国者学園の特徴を失うに等しい。歴代126人の天皇たちの名前を記憶することに情熱を燃やす愛学の学生と、その時間を使って、126個の漢字を覚えるか、126問の算数の問題を解く子供、果たしてどちらが試験で良い成績を残せるだろうか?


愛国者学園の英語の授業は最低レベル、というのが教育関係者の一致した見解である。それは、愛学に反発する人々の中傷ではなくて、事実であった。ではなぜ、最低レベルになったのか? それは、彼らの低い英語能力は愛国心のせいだ。と言われても、そのカラクリをすぐに解ける人は少ないだろう。

愛国者学園は、愛国的な教育をうたう私立校であるが、文部科学省の学習指導要領に従わざるを得ない

。だから、学園は国語や算数の勉強を捨てて、好き勝手に、旧日本軍を賛美する教育とか、日本を敵対視する諸外国への憎しみを掻き立てるような実習は、行えないわけだ。だが、愛国者学園には、そのようなことを学べる「副教材」が豊富に揃っていて、それが学園生の手の届くところ至るところにある。その図書室には旧日本軍を世界一だと称賛するような本が多く、普通の文学や子供向けの本は少ない。それに、学園が運営する動画チャンネルは、諸外国によってねじ曲げられたという歴史の真実を語る番組、つまり歴史修正主義や大日本帝国に万歳を捧げるようなプログラムばかりだった。

そういうものに小学生のうちから触れていると、どうなるか。


その結果の一つは、すぐに反米・反英になるということだ。特に、反米になる。それは、原爆投下に代表されるような第二次世界大戦の結果だけを知ったことが大きい。それゆえ、反米になったから、彼らの言葉である英語を学習することを拒否するという結論にたどり着く。

それで、あの有名な一言が学園を揺るがしたのだ。

「私は愛国者として、原爆で同胞を灰にした国の言葉なぞ学びたくありません。英語学習を拒否します」

それは、愛国者を自称する学園の小学5年生の男子が発表した言葉だった。

それに呼応したのか、愛国者学園やその姉妹校では、英語の授業を拒否する学生が多数、声をあげた。その多さは、学園側も予想しないものだったので、初代学園長のもとには、パニック状態になった英語教師たちが集まった。そして、その窮状(きゅうじょう)を訴えて、実務家として名高い初代学園長の助けを求めた。


初代学園長は考えた末、学園生あての文章を書いた。

「小さな愛国者たちへ」

と題されたその文の冒頭で、彼は、私がこの文で諸君に伝えたいことは2つあります。その一つは、英語学習拒否の問題ですと書いて、あの事件について触れ、あの少年の主張を、素晴らしい、まさに愛国者です、と絶賛した。そして、彼が小学5年生でそのような思想を持つことは素晴らしい。日本の将来は明るいと褒め称えた。

彼は続けて、ずばり、こう書いた。同胞を灰にした連中の言葉なぞ、学びたくない。その気持ちは理解出来るから、そういう人は最低限レベルの英語力だけ、義務教育のレベルだけ学ぶぐらいでよろしい。私は、学生が英語などの外国語を完璧に話せるようになる必要はないと思う。そうなるまでには、途方もない時間とエネルギーが必要だ。そこまでするのは、専門家の卵だけでいい。だが、21世紀の社会で生きてゆくのに、大学入学時にアルファベットも読めない、英語の辞書の引き方もわからないような学生では困ります。世の中には、そういう人たちが本当にいるのだ。大学に入学するのに、どうにか入試問題に合格出来るくらいの英語力は必要だし、「ある程度」の英語力は身につけて損はしない。などと、英語学習の有用性を説いて、どうにか騒ぎを鎮めた(しずめた)のだった。


これは愛国心から出る率直な悩みと考えるべきか、それとも、単なるわがままというべきか。

学園の子供たちが愛国心を盾に(たてに)、勉強に異議を唱えたのはこれが初めてではなかった。ここで、その実例を並べはしないが、それはあきらかにわがままというべきだ。


続く
これは小説です。

次回222話。愛国者学園の強すぎる愛国心は、
良からぬエネルギーへと昇華してしまいます。
彼らの秘密のグループとはなにか、
次回222話もお楽しみに!





いいなと思ったら応援しよう!

🎈小説「愛国者学園物語」by 大川光夫   フォロバ100%です。
大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。