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多事総論 愛国者学園物語 第238話

強矢は負けじと言った。

真理はいつも一つです。それは愛国心です。

愛国心がない日本人は反日勢力です。私たちは愛国者学園でそう教わったし、それが正しいんです」

「世の中はそう単純ではありません」

美鈴にそう言われて強矢の心は傷ついた。

「例えば、政治の世界。吉沢さんは政権与党の一員ですが、同じ党に所属する議員でも、その考えや主張は様々です。吉沢さんの意見に賛成の議員もいれば。そうでない議員もいる。吉沢さん、私が今話したことは正しいですよね? あなたが所属している政権与党は意見の多様性を認める政党ですね?」

吉沢は、

「そ、そうだ」

と、どもった。

もしそれを否定すれば、我が政権与党は全体主義の独裁政党になってしまうからだ。吉沢は冷や汗をかいた。

「あるいは、国会議員だけでなく、あらゆる議員全体を見ればもっとわかりやすいでしょう。右派から左派まで実に様々な政党やグループがあり、様々な主張があります。誰一人、同じことを言う議員はいないでしょう。そして、それが普通です。多様な意見があるのが、私たちの社会です。唯一の意見しか認めないのは、独裁国家ですよ。そしてそれは民主主義国家ではないし、日本でもありません。私たちの国日本は、多様な意見を認める民主主義国家なんです。愛国心だって、いろんな種類があるんです。一つじゃない。強矢さんには、こういうことが理解出来ないのかしら?」

「それが愛国心とどう関係があるんですか、さっきの話とどう関係があるんですか。わかりません」

美鈴はわざと嫌味ったらしくため息をついてから続けた。

「強矢さんの生きている世界には、『

多事争論

』(たじそうろん)がないですね」

「え?」

美鈴は説明した。

それは、ジャーナリストの筑紫哲也(ちくし・てつや)らがキャスターを務めていたニュース番組で放送されていた、ある特定の話題について、筑紫がコメントするコーナーのことだった。1990年代に放送されていたそのニュース番組は、筑紫たちの歯に衣を着せない報道が話題になっていた。

彼らは「多事争論」を幕末の教育者、あの有名な

福沢諭吉

の言葉から学んだ。1875年に出版された「文明論之概略(ぶんめいろんのがいりゃく)」にその言葉があるという。

長い鎖国の後、日本は開国という今までにない困難に直面したわけだが、そのような際に福沢は考えた。それは、世論が一致団結を叫ぶ中で、多くの人が多くの事柄について争い論ずることが道を誤らないための方法であるという考えだった。

今風に言えば、重要な問題を考えるには多様な議論が必要だ、ということだ。それは、強矢たちのように一つの意見にこだわる人たちとは、根本的に異なる考えである。福沢の言葉は古いかもしれないが、私たちの社会が多種多様な人々と意見から構成されていることは事実なので、この言葉は今も「生きている」。美鈴はそう解説した。それは強矢たちに説明するだけでなく、この討論会をホライズンの世界中継で見る世界中の人々への説明も兼ねていた。


番組の放送当時、美鈴は生まれていたが幼かったから、その番組を見ることはなかったので、ホライズンの資料でそれを学んだわけだ。そして、多様性のない社会は異様である。それゆえ、ジャーナリズムは様々な意見や異論を聞くのが仕事だ。そういう考え方を身につけた。だから、日本人至上主義も、ホライズンはそれに反対するという立場を明確にした上で、賛成する人々の意見まで取材して報道した。それは「多事争論」を地で行く活動だったが、ホライズンのファンからは不評だった。なぜ、彼らの意見を広めるような報道をするのかと、多くの読者から批判されたものの、トップであるジェフも、最高意思決定機関であるザ・カウンシルも、その方針を曲げずに今日に至った。


強矢はその話を酷い顔をして聞いていた。

「それが私たち日本人至上主義者、それに愛国者学園の生徒である私に何の関係があるんですか?」

美鈴はその言葉に失望して言い返した。

「あなたたち日本人至上主義者の意見を聞いていると、『多事争論』がありませんね、という話です。特定の意見だけしかない。疑問を持つこと、異論や反論を語ること、つまり、様々な意見を出して議論をすることが少ないか、しないかのようですね。私はそれを残念に思っているんです」

「余計なお世話です。美鈴さんは上から目線でそれを教えようとしているんでしょうけど、私だって異論や反論ぐらいわかります」

「あらそう」

美鈴が冷たく言うと、強矢の頭が大きく揺れた。驚いたらしい。


美鈴は彼女を無視して続けた。自分は靖国神社に良い印象を持っていない。それはあの神社が軍国主義と全体主義の象徴のように思えるからだ。あそこに祀られている軍人にも、いろんな人がいただろう。部下の兵士に無謀な突撃を命じて全滅させた

「悪い軍人」

も、自分の意に反して徴兵され死ななくてはならなかった

「良い軍人」

も、いるはずだ。だから、私は悪い軍人を追悼なぞしたくはないし、良い軍人は心から追悼したい。靖国神社を参拝はしないが。美鈴はそう述べた。

根津はそれを聞いて、心の中の早期警戒システムが稼働したのに気がついた。美鈴の悪い軍人・良い軍人論は、日本人至上主義者の激しい反発を買う恐れがあったからだ。もし彼らが美鈴に悪の手を伸ばしたら……。美鈴は勇気を持ってそれを言ったが、それが強矢たちの怒りを呼ぶであろうことは理解していた。

美鈴のその軍人論を聞いて強矢は唖然とし、美鈴を糾弾(きゅうだん)しようとしたが、吉沢の方が早かった。

「あんた、それでも日本人か」

吉沢は心の底から美鈴を軽蔑(けいべつ)した。そして、英霊に良いも悪いもない、祖国のために死ねばみな軍神だ。神聖なる靖国神社はそういう英霊たちをお祀りする聖なる神殿なんだ。そういうことがわからない日本人は日本人ではない。吉沢はそれらを早口で話し、美鈴に圧力をかけた。

「神聖なる英霊にそんなことを言うなんて、吉沢先生、この人は反日勢力です」

「そうだ、そうだ」

続く
これは小説です。

次回第239話 多事争論がないと批判された強矢たちの話。彼女らはなんと反論するのか。それにある裁判の話が持ち上がります。
次回もどうぞお楽しみに!





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