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開戦前夜 その1 愛国者学園物語 第232話

(1784字) 美鈴は根津と何度も話し合い、信頼出来る仲間として、「愛国砲弾」に臨む(のぞむ)ことになった。

そして「愛国砲弾」の収録があるまでの、およそ3週間の間、二人は討論術や論理学、それに、日本人至上主義者たちの主張について勉強会を繰り返した。美鈴はこれにかかりきりになり、東京のアパートとオフィスを往復するだけの生活を続けたので、さすがに子供たちに会いたくなり、リニアで帰省して、すぐとんぼ返りをした。

根津もこれに力を注ぎ、その知力の一端を披露したので、美鈴は彼の有能さを実感した。

(この人と一緒なら、討論会も乗り越えられるだろう)

美鈴は仕事への態度がなかなか決まらず、うじうじしていることがある。だが、いざ腹が決まると、猛烈にエネルギーが出るタイプの人間だった。乱暴な言動をする日本人至上主義者たちと討論し、それが世界各地に配信されるので、緊張の度合いは高かったが、目の前の資料に目を通すことで、それを忘れようとした。


 

 だが、美鈴は自分たちが出るネット番組が「強矢さんと美鈴さんの言いたい放題! 愛国砲弾スペシャル」と名付けられたと知った。


(まともなのかしら? こういうふざけた番組なら、まともな話し合いは期待出来ないだろう。あの吉沢たちが茶々を入れて、こちらの主張をぶった斬るに違いない。あんな奴らに紳士的なルールを守れと言うほうがおかしいのだ……)

そして、合計3回の番組において、「愛国心」「第二次世界大戦で日本は良いことをした」「21世紀新明治計画」の3つが話題になることを知った。つまり、自分たちはこれらを賛美する強矢たちに反対する意見を展開するわけだ。

美鈴たちはホライズンのスタッフたちの助力を得て、それらに関するレポートをまとめ、その問題点をリストアップした。そして、強矢と吉沢の役をするスタッフを相手に、ロールプレイを繰り返した。

実際に話してみると、やはり、問題点が出てくることを美鈴は知った。

向こうは間違いなく、「日本は素晴らしい国、日本人至上主義は素晴らしい」を柱に彼らの意見を繰り出すだろう。そして、それに疑問を持つ私たちを非難するに違いない。私たちは、彼らの主義主張に反論しつつ、彼らが嫌う民主主義や社会の多様性を擁護(ようご)するという形になろう。

 
 そして、第1回目の討論会が迫ってきた。美鈴は一度名古屋に帰り、桃子と子供たちに会った。

いつも桃子にばかり育児をやらせているようで、美鈴は彼女に頭が上がらない。それどころか、成長しつつある双子の娘たちにも迷惑をかけているようで、ホライズンの仕事を続けるか、それとも辞めるのか、美鈴はいつも悩んでいた。

子供たちに自分の仕事の話をしても、まだ彼女らが幼いから、完全には理解してもらえない。だが、それでも、子供なりに感じ取れるものはあるらしい。

「やっつけろ!」
活発な次女が言った。
「ううん、話し合いに行くの」
「はなしあ?」
「そう、議論ともいうのよ」
「ギロ?」
「ギロン! 争い、いや、やっつけるんじゃないの。約束を守って話すのよ」
「ふーん」

子供たちには理解し難いだろう。私は彼女らの目にどう映っているのか。

美鈴の心配を見透かしたのか、桃子はいつもより優しかった。

 

 あの三橋美鈴と対決する! それを聞いて強矢悠里の心は舞い上がった。

討論会だなんて、あの女に一撃を喰らわせてやる。そう思うと、強矢の心はますます膨れ上がった。

三橋美鈴。我が愛国者学園の目の前にある肉屋の娘。あの店のおかげで、我が学園の学園生の多くはあの店でコロッケなどを買うことが当たり前になっている。それじゃまるで、あのババアが学園生を手懐けて(てなずけて)いるみたいで嫌だ。

それだけならまだしも、あの三橋美鈴は、世界的なマスコミ・ホライズンの一員であり、あのルイーズ事件では、母親の三橋桃子が、ルイーズを追跡する私たち学園生の邪魔をした……。それだけじゃない。ルイーズ事件の本を書いたファニーは、私たちの日本を侮辱する本を出版したじゃないか。美鈴はそんな奴にもかかわっている。そいつを叩けるなんて……。そう思うだけで強矢の胸は高鳴った。

それに、吉沢先生と「愛国砲弾」に出演出来る。しかもそれが、ホライズンにより全世界に中継されるのだとか。

こんな素晴らしい機会はそうはない。だから、頑張ろう、吉沢先生のためにも。

強矢は師匠である吉沢を思い、その熱き心を震わせた。

続く
これは小説です。

次回233話 美鈴との対決に盛り上がる強矢。だが、強矢の師匠である吉沢にはある懸念がありました。それは何か? 次回もお楽しみに!


大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。