リトルヒトラーガール その2 愛国者学園物語 第235話
美鈴が言い返した。
愛国心
には「自分の国を愛する心」という意味があるだけで、具体的に国のなにを愛するのかは、定義が定まらないようだ。だから、自分の国にある、なんでも好きなものを愛する気持ちが愛国心で間違いない、などと早口で述べた。それに対して、強矢は愛国者学園のスローガンを持ち出した。それは
「愛国心は日本国民の条件、それがない人間は反日勢力」「反日勢力と戦おう!」
であった。強矢がそれを勇ましく口にすると、吉沢が打って変わった口調で、
「出た! 愛国心!」
と持ち上げたので、強矢の髪に隠れている耳は赤くなった。
美鈴は、そんな二人に負けずに続けた。
日本人至上主義者たちは愛国心をすぐに軍事へと結びつけるが、それでは、
愛国心は日本を軍事大国にする精神なのか
。日本人至上主義者たちは、憲法を改正して自衛隊を国防軍にすることを熱望している。しかし、当の自衛隊は定員割れが続いており、今はかつての定員の7割しか人材がいない。予備役に相当する即応予備自衛官などもその人数は増えていない。そこで政府は奨学金の借金を抱える大学生などを任期制の自衛官にして、その借金を帳消しにする制度・
国民奉仕自衛官制度
を作り、若者を自衛隊に集めた。しかし、それは、学歴エリートの学生や運動選手、それに国会議員の推薦状を持つ者は除外し、普通の学生やコネがない若者を自衛隊に入れる制度であり、
貧者の徴兵
とも呼ばれている。
そうやって、学歴やコネがない若者を徴兵するような制度が愛国心の成せる技なのか? そして、美鈴は核心に触れた。強矢さんたち、日本人至上主義者たちは愛国的なのだから、自衛隊に入るべきではないか。そして、定員割れを防ぐべきだ、と。
美鈴のこの主張に、強矢と吉沢の二人、つまり日本人至上主義者たちは目を点にした。それは、左派的な美鈴が自衛隊の存在を認めないだろうと踏んでいたからであって、彼女が自衛隊を話題にするとは思わなかったのだ。
「吉沢さん!」
と根津が言って、吉沢の発言をうながした。
「吉沢議員と言え!」
と吉沢が怒鳴ったが、根津には効き目がなく、根津は続けた。
「政治家だったら、もう少しお行儀良くしたらどうですか?」
「何だって?」
「お行儀ですよ、お行儀。吉沢議員は大物政治家とは思えないほどの言葉遣い(ことばづかい)だな。それじゃあ、総理大臣の椅子も遠いですなあ」
吉沢は一本取られた。
「嫌なこと言うね、あんたは」
「あんたじゃない、君とかあなたと言ってください。あなたのような紳士が、淑女・三橋美鈴(みつはし・みすず)さんをあんた呼ばわりしちゃあいけませんな」
根津は吉沢を冷めた目で見た。
「嫌な奴だ、君は」
根津はニンマリ笑い、
「結構ですよ、それで。私は嫌な性格で有名でしたから。コールドアイズというのが私のニックネームでしてね、ご存知と思いますけど。ふふふ」
「ふん、知ってるよ。部下が命懸け(いのちがけ)で取ってきた情報を冷たい目で見て、切り捨てる男だろ? そういう奴だ、君は。君の冷酷さを知らない視聴者の皆さんのために付け加えよう」
「ありがとうございます、議員のお陰で自己紹介をする手間が省けました」
「ふん!」
美鈴が話し始めたが、強矢がいい加減な態度でいたので思わず注意した。「ちょっと、あなたね、人の話をちゃんと聞きなさい」
美鈴が教師のように強矢に言うと、
「吉沢先生! あの人すぐ怒るんですよ」
と、強矢は子供にしてはいやらしい口調で言った。
「まあ、男の人に媚(こび)を売るのね?」
「なんだと!」
「すぐ、吉沢さんを頼るんだから。子供よね」
美鈴はわざと馬鹿にした。
「私は子供じゃありません。
愛国者です
。訂正してください」
強矢の怒りに火がついた。
「いいえ、あなたはまだ未成年者です。まだ子供で、一人前の大人ではありません。どんなに頭が良くても、その知識は人から聞いたものか、読書で身につけたものです。大人が汗を流して、人生で苦労して身につけたものではない」
氷河のような美鈴の言葉に、強矢の怒りが吹き上がった。
「話を自衛隊に戻しましょう。強矢さんは愛国者だそうだから、自衛隊で数年間ぐらい勤務したらどうですか?」
美鈴が真顔でそれを言うと、ボケ役の根津が笑顔で、
「いいね、それ! 今はさ、精鋭の第一空挺団にも水陸機動団にも女性隊員がいるじゃないか。そういう部隊で汗を流す愛国少女、こりゃ素晴らしい!」
子供の強矢でも、それが自分への嫌味であることぐらいはわかった。それらの部隊は自衛隊屈指の厳しい部隊であることぐらい知っているからだ。彼女が怒りで顔を歪めて(ゆがめて)いると、司会の内田が援護射撃をした。
「強矢さんは大学で政治学を学ぶんでしょ? そして将来は国会議員になるんだよね?」
「え? ええ、そうです。大学を出たら吉沢先生の秘書になりたいですね」
吉沢がいやらしく微笑んだ。
「強矢さんには憲法と民主主義、国民主権について、しっかりと学んで頂きたいですわ」
美鈴が横槍(よこやり)を入れた。
「うるさい!」
「吉沢さん、言葉を慎んで」
根津がクギを刺した。
「わかってるけど、侮辱じゃないか」
「美鈴さんの意見のどこが侮辱なんですか?」
マイクには吉沢の鼻息だけが残った。
続く これは小説です。