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軍事国家と批判 その3 愛国者学園物語 第254話
「もしマスコミが自由に政府や旧日本軍や社会を批判出来ていたら、自由な言論があったなら、
あの無理な戦争も、広島も長崎も沖縄も起きなかったんだ。
アジアでも、大量に人が死なずに済んだんだ。だから、自由な言論や批判にはちゃんと意味があるんだ。それなのに、あんたたち日本人至上主義者たちの21世紀新明治計画は、あの暗い時代を取り戻そうとする愚策だ。しかも、その計画でマスコミを弾圧しようとしてる!」
根津は一気に言った。
「
国民が熱狂して軍人を賛美称揚(しょうよう)しなかったら、誰がそれをやるんだ?
誰が軍の厳しい任務を達成した軍人たちを褒めてあげられるのか。祖国を守るために命を捧げる彼らを全国民が賛美しなかったら、それこそ非国民だ。命を捧げた兵士たちを靖国神社に英霊として祀ってなにが悪いんだ。かつては天皇陛下も足を運ばれていたんだ。それは、国民の象徴が彼らを悼んでいる(いたんでいる)ことじゃないか。軍国主義でもなんでもない。そうだろう?」
「私はそうは思わない。兵士たちが、そういう犠牲を払わなくても良いようにするのが国民の在り方ではないのか?」
「あんたは変だ。あんたは元警察官僚であり、内閣情報調査室の室長でもあった。そんな政府側だった人間が、反政府を主張するなぞ、信じ難いことだ。これは
祖国への反逆行為
じゃないか」
根津がやり返した。
「いいや違う。意見を言っただけだ、反逆なんかではない」
そしてある話をした。彼が内調のトップだった頃、内調やその他の日本の情報機関はある問題を抱えていた。それは、監視するに値しない組織や人間たちを監視することで業務が激増し、パンク状態になったことだ。
日本人至上主義者たちから構成された日本政府は、根津たち情報機関員に、政府の意に沿わない人間たちをあらゆる方法で監視するように命じ、それに疑問を感じた情報機関員たちを左遷(させん)や首切りで弾圧した。そのために、業務が爆発的に増えただけでなく、国民のどうでも良い言動まで監視する悪例を作ったのだった。根津はその過酷な現場において、「反政府」とされた人々の「真実」を知り、心の中で、彼らに味方するようになった。彼らは反政府、反日勢力なんかではなく、自由な言論を謳歌(おうか)し、民主主義を守ろうとしている「普通の人々」でしかなかった。それなのに、政府はその「
普通の人々
」まで弾圧しようとしていたのだ。そして、ついに根津の怒りは爆発した。彼は内調を辞めて野に下り、自由な言論を掲げるホライズンと手を組んだのだ。それまでは仲間だった吉沢たちとの関わりを捨てて。表向きは、スパイの拷問法案こと尋問法案に反対するという理由だったが。
「私は反逆者なんかじゃない。あんたと同じ日本人至上主義者だったよ」
吉沢の頭がびくっと動いた。
根津が吉沢に発言をうながした。
「そうだ、俺たちは仲間だったよな……。俺は早大法学部、お前は東大法学部、俺は国会議員、お前はキャリア官僚。そういう違いはあったけど、俺たちは日本の将来を語り合う仲間だった……。それなのに、お前は変わってしまった。何の罪もない、何の問題もない国民を監視するなんて出来ない。俺は日本人至上主義者だらけの政府ではなく、言論の自由のある日本社会を守りたい。そんなことを言って、お前は去った」
「ああ。私たちは仲間だった、不幸にして袂(たもと)を分かったが……」
いつも強気な強矢(すねや)がこれを聞いて呆然としたが、言い返した。
「先生、言われっぱなしじゃないですか! いけません」
「いいんだ、言われっぱなしでもない」
「でも」
「討論会というのは、お互いの意見を言う機会だ。だからこれでいいんだ」
「そんな……」
吉沢の炎は急に消えてしまった。
不満なままの強矢をおいて、いつもは勇ましい口調の内田が静かに休憩を宣言した。
続く
これは小説です
21世紀新明治計画を進めたい強矢たちは、教育勅語を日本社会に再導入することを夢みます。明治時代の精神は果たして21世紀に根付くのか。次回もどうぞお楽しみに!
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