見出し画像

あの番組に出ろ 愛国者学園物語 第230話

(2164字) 
ジェフが言ったこと、それは、美鈴に「愛国砲弾」に出演せよ、だった。

言葉より早く、美鈴の視線がジェフの心を貫いた。
「正気ですか?」
「ああ、正気だ」
美鈴は激しい気持ちでジェフをにらんだが、やがて、自分の言葉に気づいた。


「すみません、言い過ぎでした」
「わかってる、気にするなよ。君も礼儀正しい日本人だな、褒め言葉として」
美鈴はそれに答えなかった。

ディスプレイ越しに数秒、お互いを見つめ合ってから、美鈴は言った。
「冗談言わないでください。あんな番組に出ろって言うんですか?」
「そうだよ、対決するなら、あの番組がいい。日本人至上主義のシンボル的な番組だからね」


 ジェフはさらに美鈴を驚かせた。それは、美鈴たちが出演する「愛国砲弾」を、ホライズンのネットワークを使い世界に生配信すること。そして、後日、出演者たちの言い争いを各国の言葉に翻訳して、ホライズンのサイトで誰でも見られるようにすること、だった。50ヶ国語ぐらいを予定しているらしい。今はAIを使えるから、翻訳は以前ほど困難ではなくなったのだ。この企画はあのテロ以前に決まったことだ。


「あんな番組に、そんな価値がありますか?」

「だからやるんだ」
「意味がわかりません」

「日本人至上主義は半永久的になくならない。

だが、それをリードしているあの2人のいい加減な言動を世界に伝えることで、日本人至上主義が危険な思想であることを、世界に知らせたい。もちろん、我々がそれに反対していることもね」

美鈴が投げ返した。

「そんなことは、今までもホライズンや他のメディアがやってきたじゃありませんか。あいつらの主張をわざわざ手間ひまをかけて、世界各地に届ける必要があるんですか?」

ジェフが本音を言った。
「それがマスメディアの仕事じゃないか? これは国際的企業であるホライズン・メディアの総力をかけた仕事だ」

美鈴は返事に困った。そんな大仕事に自分のような人間が参加しても良いのだろうか。無言のままでいると、ジェフが先を見越して言った。


「君は謙虚な日本人だから、自分のような人間がこの仕事に加わってもいいのかしら、そう思っているんだろう? ごめん、『自分のような人間』だなんて言って」
美鈴はそれを気にしていないことを伝えた。
(よく気がつく人だわ)
美鈴は未だかつて感じたことのない驚きと、ジェフの意志の固さに衝撃を受けた。


「今度は、悲しんでいる時間はないよ」
「どんな準備をしたらいいかわかりません」
「君は日本人至上主義について、かなりのことを知っているじゃないか。あれについて学ぶために、白人至上主義の映画を見たり、コラムを書いた。それに、ルイーズ事件の本もある。それで十分だ」


美鈴は敵になる相手が、あの強矢悠里とその師匠である吉沢友康国会議員であることを知った。


「討論はどうしますか。私はそれが苦手です。あんまり討論をしたこともありません。それに、あいつらに押し切られてしまうかも。吉沢友康は国会議員なのに高圧的な物言いで有名じゃないですか。あいつらの言いたい放題じゃないですか?」
「それは違う。言いたい放題にさせない、こちらも向こうを攻撃するんだ」
攻撃という言葉に、美鈴の怒りは一時停車した。
「む、無茶ですよ、私はそういう言い争いに慣れてません」
「誰も、慣れてる人間なんていないよ。それに、根津君がディフェンス役をするから、君は攻撃に回るんだ」

「根津透(ねず・とおる)さん、ですか」


ジェフは、美鈴がその人選に疑問を持ったことを見逃さなかった。
「根津君だと不安かな?」
「い…え。そういうわけじゃ」


美鈴はこの急な知らせに戸惑い(とまどい)、すぐには返事が出来ないとジェフに告げた。寛大な上司はそれを受け入れ、返事を待つことにした。彼には確信があった。美鈴がyesの返事をするであろうという確信が。好奇心の塊だという彼女がこんな機会を放っておくわけがない!


その晩、美鈴はこの件を隠しておけなかった。桃子のおせっかいアンテナに捕えられたからだ。昔から、桃子は美鈴の心中を察するのが上手であった。

「果たして、私に出来るかしら。根津さんと」
「あんた、好奇心の塊じゃない、こんな機会を逃す馬鹿じゃないでしょ?」
桃子は美鈴にうんと顔を近づけ、わざとしゃがれた声で
「肉、食って力をつけろよ、ガリ子さんよ」
と痩せた美鈴をからかった。 
不意打ちを喰らった美鈴があわてて、
「なによ、それ」
と言い返すと、
桃子は今度は美鈴の胸をもんで、
「ちいせえ、ちいせえ、もっと肉食え、このガリ子」
とふざけたので、その後、親子は半時間ほど言い争った。


一晩悩んだ後、美鈴は出演を決めた。ジェフからは感謝の言葉に、君が一番適任だと思うという言葉ももらった。
「なにしろ、君の家のお店があの学園の目の前にあるんだからね。これも何かの因縁なのかもね」
彼の声は明るかった。



ホライズンのこの提案を、「愛国砲弾」の関係者と、強矢たち出演者は驚きの一言と共に受け取った。彼らの驚きが静まると、今度は、底知れぬ嘲笑(ちょうしょう)が湧き上がった。自分たちの敵が、まさか、自分たちの言論を広める手助けをしてくれる。それも全世界、数十の言葉で、だ。

これはチャンスじゃないか、強矢と日本人至上主義を世界に広めるのに絶好のチャンスだ。


強矢たちは戦う前に、勝利を祝いたい気持ちになった。


つづく
これは小説です。

次回第231話 コールド・アイズ。
美鈴と一緒に討論会に出る根津透。果たして彼はどんな人物なのか。
美鈴の不安は解決されるのか。次回もお楽しみに!


いいなと思ったら応援しよう!

🎈あと15話 小説「愛国者学園物語」by 大川光夫  フォロバ100%です。
大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。