それぞれの思惑 愛国者学園物語 第240話
「疲れたぁ!」
居酒屋で美鈴はくたびれた。
その様子を見て根津は楽しそうに笑い、ビールのジョッキを傾けた。
第1回目の討論会が終わった後、美鈴は思わず根津を飲みに誘った。根津もそれをよしとして、二人で足早にタクシーに乗り込み、いつか美鈴が西田との話し合いで使った居酒屋になだれ込んだのだ。
美鈴は席につくなり、翠(すい)ジンソーダを2杯、あっという間に飲み干して、やっと一息ついたのだった。根津はその様子を見て笑い、
「ガスが抜けたようだね」
と言って、また微笑んだ。
美鈴は自分たちのことを、強矢たちが「反日勢力」と呼んだことに怒りがおさまらなかった。それは予想済みだったとはいえ、それでも「反日」と言われるのには納得がいかなかった。美鈴はそれを根津に言うと、彼は、美鈴さんがそう思うのは、美鈴さんの愛国心の成せる技だと言われ、当惑した。
(自分に愛国心があるなんて……)
美鈴の心に愛国心があるから、反日と呼ばれるのが嫌なのだ。美鈴は日本に愛着があるのだから。もしそれがないなら、反日と呼ばれてもなんとも思わないか、それを肯定したかも。それが根津の意見だった。
しばしの沈黙の後、根津が彼自身から見た強矢たちの話をした。
彼いわく、彼らがいかに「他人」と話していないか、それが手に取るようにわかったそうだ。
いつも、同じ考えを持つ人同士で集まり、自分とは異なる論を持つ人間との対話に慣れていない。だから、今回の討論会での反応のように、自分たちの考えが否定されるどころか、意見を言われただけで逆上するのだ。
彼らを、特に強矢を見ていると、「他人と討論をしない」教育が、いかに危険かよくわかる。
いつも仲間内だけで話し合い、自分たちに疑問を述べた他者を「反日勢力だ、悪い人間だ」と排除する。それでは、多様な社会で生きていくにあたり、他者とのトラブルを起こすだけだ。ましてや、無数の意見がある国際社会では、やっていけない。国際社会では、ある問題について質問をする、疑問を持つことが当然なのだ。
日本のように周囲に忖度(そんたく)して質問をしたり、疑問を持たないような人、黙っているだけの人はまずいない。
だから、国際社会に向かって自説を唱えれば、様々な質問を受けたり、批判されるのは当然だ。
それをいちいち、強矢たちのように怒りを見せたり、相手を非難するようでは、とても、国際社会ではやっていけない。日本社会もそうあるべきだが、穴埋め問題と重箱の隅を突くような問題ばかり解いて学歴エリートになった人間が、社会のリーダーになっている日本では無理だろう。それが残念だ……。
美鈴は根津のそういう話を聞いて、
「日本社会のことを考えるなんて、それが根津さんの愛国心なんですね」
と感想を口にした。
「そうだよ」
根津は平然とそう言ってから、
「愛国心なのかもな」
と言って、ジョッキを美鈴のグラスに当てて、照れ隠しをした。
番組の反響は大きかった。それは、強矢たち日本人至上主義者と、美鈴たちを応援する2大勢力の力比べだけではなかった。
あの番組が全世界に配信されたのだから、それによる反響もかなり大きなものだった。EUでは各国で、白人至上主義者たちのグループが、強矢たち日本人至上主義者を支持したという、意外な出来事があった。通常、白人至上主義者たちは白人しか相手にしないのだが、彼らは日本人至上主義を受け入れたらしい。それで、あるグループでは、それに賛成する派閥と、反対して白人オンリーの派閥に分裂したそうだ。強矢たちはそれを聞いて、自分たちの主張が世界に受け入れられたと上機嫌だというが、美鈴は腹の中で彼らを嘲笑(ちょうしょう)した。白人至上主義者が日本人を受け入れるわけがない。彼らは自国民至上主義のエッセンスだけを受け入れたのだから。美鈴には強矢の喜びが手に取るように見えた。
その一方で、日本の近隣諸国などでは、強矢たち日本人至上主義者の脅威が拡大解釈され、日本が再び侵略戦争をするのではないか、という恐怖感と、それに対抗する各国の愛国心がせめぎ合う様子が伝えられた。中には、日本を先制攻撃しようという韓国の愛国者の意見が大きな注目を浴びたという報道があり、それに呼応して、多くの若者が賛同したという。
中国のいくつかの都市では、日本大使館に対してデモ行進が行われ、「日本人至上主義者は出ていけ」とデモ隊は叫んでいたという。インドとバングラディッシュでも同様の反応があり、日本人イコール日本人至上主義者だと思い込んでいる人々が少なくないことをうかがわせた。
美鈴はそれに苦味を感じながら、日本に戦争をさせないという気持ちを強くした。ああいう放送を世界に配信するのは間違っているのか、それを少しの間悩んでもみた。だが、自分の根本思想は変わらない。民主主義の擁護(ようご)と自由な報道だ。それだけが美鈴の願いであり、日本が日本人至上主義に染まる姿を見たくはなかった。
「きっつい女」
ネットでは、そのタグがついた投稿が無数に流れていた。美鈴は自分の態度が厳しいこと、きついと評されたことを知り、少し落ち込んだ。
だが、美鈴は母・桃子の言葉、
「美鈴、ネットに出てる罵詈雑言(ばりぞうごん)なんか読んじゃ駄目よ、わかってるわね」
を思い出した。
そして、今は亡き大切な人々のことも。
(マイケルやアルマ、それに彩子さんが生きていたら、励ましてくれたかしら?)
美鈴の心の中で彼らは微笑んでいる。
続く
これは小説です