夢ならまだ続いてそう
あの日私は夢中で対戦をした。
私は指定難病である筋ジストロフィー症を患い、小学2年から車いすで生活している。
簡単に説明をすると、全身の筋肉が徐々に衰えていく病気だ。身体を酷使すると病気の進行が進む。かといって動かさないと単純に筋力が落ちる病だ。
私は10年前、夢があった。
今日はそんな夢の続きの話をしたいと思う。
2021年11月。冬の始まりの季節。
私は岩手の安比で行われるLANパーティーに向かっていた。
このイベントに参加するのは今回で2回目だった。
LANパーティーと言う言葉に聞き馴染みのない人にも説明しておくと、普段会場にPCやゲーム機を持ち寄り交流する持ち込み参加型のゲームイベントだ。
今日はそんなLANパーティーの思い出話をしようと思う。
LANパーティー
私が初めて参加したLANパーティーはコロナが始まる数ヶ月前の11月の事だった。
当時リーグ・オブ・レジェンド(以降LoL)というゲームにハマっていた私は、1人でも多くPCでゲームに触れてくれる人や、誰かと一緒にゲームをする楽しさを知ってほしいと思い、イベント内でLoLの体験ブースを企画することにした。
こんな田舎でゲームイベントやります!なんて告知したところで誰か集まるんだろうか…。なんてこともしばしば思い不安を抱えながらツイッターで告知を流したり、Twitterで参加してくれそうなゲーマーを探してはDMを飛ばした。
誰か返事を返してくれる人はいるだろうか。
待っていると数名から返事が貰うことができた。自分以外にも同じゲームをやっている人がいた事にびっくりした。
勝手に企画を立てておきながら、私自身には色々と課題があった。
私は筋ジストロフィー症という病気で電動車いすに乗って普段生活をしている。
今はパソコン以外の身の回りの事がほぼ出来ない。喋ることと手を動かすこと以外は殆ど誰かの介助がないと出来なかった。
そんな今の自分がオフライン会場で出来る仕事はイベントの企画くらいだった。
参加者用にPC持ち込んで、楽しんでもらえれば良い。そんな気持ちで計画していた。
何故私が誰かとゲームをする楽しさを知ってほしいと思うようになったのか。それは、私には諦めてしまった夢があったからだ。
ゲームセンター
当時私が狂うほどにハマっていた物が、格闘ゲームだった。
10年前はオフ会で集まるとなると、ゲームセンターに集合する事が多かった。自宅のネット環境でしか格闘ゲームが出来なかった私にとって、オフラインで集まってゲームができるゲームセンターは憧れの場所だった。
ネットで出来た格闘ゲームの仲間とは会う度にゲーセンに行った。
普段ネット対戦で遊んでいる仲間とゲームセンターに集まり、同じ空間で仲間の試合を見つめながらあ~だこ~だ言うのが物凄く楽しかった。
持病のせいでアケコンが操作できないパッドプレイヤーだった私は試合を観ていることしか出来なかったが、それでもゲームセンターにいるだけで楽しかった。
当時携帯でゲーセンの上位プレイヤーの戦歴を見る為に作ったゲームのICカードは、登録のために一度だけ読み込んだまま今でも財布に大切に仕舞ってある。
一緒に遊ぼうぜ。
私にとってオフラインでゲームをするということは、
ずっと叶えたい願いだった。
結局病気の進行で格闘ゲームが上手く操作できなくなり、私は夢を叶えられなかった。
そんな経験があったから、対戦ゲームへの思い入れは大きかった。
LANパーティーイベント当日、新品のキーボードとマウスとヘッドセット、普段使っているパソコンとデバイスを持って私は会場に向かった。
挨拶回りをしていると、初めて東京へ一人旅をした時に会った友達も来ていた。その日は格闘ゲームの大会もある様子だった。遠くからアケコンを操作している人たちを観ていると、「あぁ、この環境があの頃にあったら泣く程喜んだんだろうな。」なんてことを少しだけ思ってしまった。それでも昔の仲間に会えたのは嬉しかった。
それからスタッフや参加者に手伝ってもらいながら体験用に持ち込んだPCやデバイスをセッティングした。
準備も終わり参加者も集まり始め、少し安堵していた。
やっぱりゲームはみんなでやったほうが楽しい。そんなことは分かっていたが、参加者の楽しそうな顔を見ていると嬉しかった。
そんな時に一人のゲーマーからこんなことを言われた。
「一緒に遊ぼうぜ」
その日、私はオフラインで遊ぶという選択は頭には無かった。普段と机の高さは違うし、ちゃんと操作ができるか不安だったからだ。
だったら裏方に専念しようと思い、イベントのスタッフで参加していたのだ。
最初から諦めていたのは私だけだった。
挑戦もしないで諦めるのはおかしい。そんなことを言われたわけではないが、19歳の青年の一言から私はハッとなった。
一応自分用のデバイスは持ってきていたので、試すことにした。
結局イベント参加者用に準備したデバイス達は、使われる事のないまま仕舞うことになった。
横1列にPCを並べ、僕らはその日ゲームをした。
隣には仲間がいた。物凄くワクワクした。
相手を倒すと、隣から「ナイス!」と言われた。
チームゲームの醍醐味がそこにはあった。
むちゃくちゃ楽しかった。
こういう時に生きてきてよかったと人は感じるんだと知った。
とりあえずやってみる
あの日ハッとした気持ちを忘れずにいようと思った。
思い通りに身体が動かなくなって私は格闘ゲームを諦めた。
もう一度やってみようと思った。
どんなに下手でも良い。上手く出来なくたって良かった。
挑戦することに意味があると知ったからだ。
両手の動きが遅いなら顎で操作すれば良いと思い、友人や色んな人達に相談しながら顎用のコントローラーを自作した。
一生格闘ゲームはもう出来ないと思っていた。
遊ぶことをずっと諦めていた。逃げていた。
あの日LANパーティーで言われた何気ない一言で、
私は自分にとって一番大切なものを取り戻す事ができた。
オンライン大会にも出た。なんとか自分の試合を勝つことが出来た。もっと上手くなりたくなった。
1:08:54~
夢の続き
誰かとオフラインで対戦がしたい。
27歳にもなってそんなことをまた願う日がまた来るとは思わなかった。
10年間も心に仕舞い込んでいた願いだったからだ。
それがようやく叶う日が来た。
自宅の環境を会場で構築するために、作業療法士の先生が駆けつけてくれた。
会場には会社のメンバーや、当時よく遊んでいた仲間も顔を出しに来てくれた。
今思うとぼくらの思い出なんてほんの数年間という一瞬だったんだと思う。
それでも、その一瞬を今でも追いかけている。
私は夢中だった。
セッティングと挨拶回りで体力が尽きてしまった私は隣接しているホテルで少し休むことにした。
ここまで誰とも対戦ができていない。でも身体が言うことを聞かなかった。
ベッドで呼吸を整えればまだ闘えるはず。そう思い身体を休めてから、私は21時頃また会場に戻った。
その日、私は初めてオフラインで格闘ゲームで対戦をした。
勝っても負けても意味がわからない位楽しかった。
沢山のゲーマーと組手をした。
確定反撃をしようとしたら通常技キャンセル瞬獄殺をされた。
キレそう。
そう思えることが何より嬉しかった。
キャラクターの性能にキレて笑い合えることが何よりも嬉しかった。
対戦していて涙が出そうだった。
その日は指が動かなくなるまで対戦した。
一瞬で時間は過ぎて、気が付けば日をまたいでいた。
部屋に戻ってから私は気絶するように寝た。
あの日、私は確かに勝った。
どうせ無理だと思いこんでいた過去の自分に勝った。
自分一人では叶えられなかった。
格闘ゲームを辞めないでよかった。
ちょっぴり諦めが悪くてよかった。
最後にこの記事を読んだ人に一言伝えたい。
対戦ゲームはヤバい。
そしてあの日対戦してくれたあなたに伝えたい。
また遊ぼう。
対戦ありがとうございました。
Jeni
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