パンプキン・ジョー
成田は公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。成田の隣には「ソーシャル・デイスタンス」の張り紙の上に載せられた鞄がある。公共のスペースでベンチを広く使える。結構なご時世である。
成田の隣にはギターケースを脇に置いた男とレザージャケットに赤い髪の女がいた。
赤い髪の女のレザーのトートバッグにはヘビの絵とこんな文字がプリントされていた。
Touchable means catchable.
(触れるってことは掴めるってコトだ。)
成田はおそらく二人ともバンドマンで男はギター、女はボーカルだと思った。それは二人の会話からも察することができた。
「俺たちのビートでおまえの殻を壊したい。俺たちならばサイコーに○○○○出来る。俺たちが手を組むことはお釈迦様が生まれる前から神様によって決定されていたはずだぜ。」
アジア系のお釈迦様が生まれる前から中東系の神様が決めていた?ユーラシア大陸揺れちゃうクラスの言語感覚だと成田は思った。
赤い髪の女は優しい笑顔でトートバッグの中から茹で卵とスプーンを取り出した。
成田は「あの女、スプーンで男の額を割る気か?」と心配していたら、女は茹で卵持った手を男の額にめがけて振り下ろす、男はこぶし1個分ぐらいの隙間をあけて脊髄反射で無意識に避けた。視線はさだまらず、戸惑っていることが成田にも手に取るようにわかった。
そうだよな。卵を額にぶつけられそうになったら誰だって避ける。ユーラシア大陸揺らすクラスの言語感覚を持っていても人間だもの怖いものは怖い。
女は男が卵を避けるとクロムメッキ製のスプーンで卵の殻を割り、男にこう言い放った。
「卵の殻も割れないヤツにアタシの殻は壊せないよ。」
昭和のロングスカートにパンチパーマのスケバンのトーンであった。レザージャケットに赤い髪の女なんだけど。
女は卵を半分にちぎって公園のカラスの方へ投げた。カラスは投げられた卵の欠片を美味しそうに突っついている。
女は優しい眼差しでカラスを眺めながら立ち上がると成田の座っているベンチの方へ歩いてきた。
そして、鞄の中から一枚の赤と黄色の原色全開の中に黒い武骨なフォントでこう書いてあるフライヤーを成田に渡した。
骨があれば落ち込んでも崩れることはなく、血があれば立ち止まっても脳と心臓は動き続ける。 真っ赤なルビー色の血とプリハドン級の骨をアゲル。 👊パンプキン・ジョー👊
赤い髪の女はフライヤーを渡すと無言でその場を立ち去った。
立ち去る女の背中を見守る成田と意気消沈して顔を上げることすらできないバンドマンの男。
心の中で燃え上がった炎は決して消え去ることはあり得ない。小さくなっても種火は必ず残り、ナニカのキッカケで全てを火傷させる。公園のベンチでココロを何処かに捨て去った成田に放火をして、バンドマンの男がフリーズする火傷をさせる。パンプキン・ジョーのヒロミはそんなモビー・ディックだった。