仄暗いハッカースペースとお花畑をPhotoshopでつないだ思い出の仕事
むかし、まだ学生だった一時期、あるチャットサービスのバイトをしていた。チャットレディが送ってくる待受画像の加工や、記事のデザイン・執筆していた。なぜそんなことしてたかというと
・時給が良かった
・広告系の仕事はしたくなかった
・時間の都合がついた
から。扱っていたお題や素材はいろんな意味で難しいものだった。バイトのうちに経験できてよかったのかもしれない。
印象深いタスクがあった。
お花畑みたいにかわいくしてください
たとえば、デザイナーの人は、写真加工でこんなタスクをお願いされたとき、どんなことを思うだろうか?
お題:お花畑みたいにかわいくしてください
素材:仄暗い部屋に、パソコンのCRTディスプレイが照らす顔面がぼんやり写っている自撮り。全体の8割を青みがかった顔面が占めている。チャットレディは、うまく言い表すのも少々憚れるが、加山雄三と芸人のバービーを足して2で割ったような方だった。ぼやけた焦点と明度のせいで、髪型と輪郭がうまく認識できない。
「…」22歳ぐらいだった僕は、思考停止した。
だいたい自撮りのプロフィール画像加工だと、光源を逆手に、斜め上から撮り下ろす写真が多い。どんなものか想像つくと思う。
が、この写真はなんだ!?
どんな心境でこれを送ってきたのか分からなかった。お金を払って、わざわざ依頼してるからには、それなりの思いがあったんだろう。分からないなりに思索したものの、経験が浅く、考える回路も貧弱で、作業着手まで時間を要した。
「お花畑」でっせ。直感的に“明るくてかわいい感じ”でしょう?元素材は言ったら悪いけど「地下のハッカースペース」マッドサイエンティストの薄ら笑いが聞こえてきそうな雰囲気。もう、反転(ネガ変換)したほうが早いんじゃないか、と思うレベルで仄暗い。真剣にどこから手をつけたらいいのか悩んだ。
一般論でなく、今に向き合おう
実際に反転してみたり、無理やり白地のグラデで囲ったりしたけれど、とんでも不自然。ほぼ黒の部屋と白の枠とでは不釣り合い感が半端ない。次元が異なるんだろう。ともかく、肖像としての一体性に著しく欠いていた。これを「かわいい」にする?
悩んだ挙句、方向性を決めた。この部屋自体を加工したり、無理に装飾するのは止めよう。
一般的に想起する「かわいい」ではない。
今ある状態を認めて、
求めてるイメージに寄せよう。
こんな話を、当時のギャルっぽい上司からアドバイスいただいた記憶がある。(今思えば、なんてマインドフルな方なんだろう…!!!)
「お花」で心を落ち着けよう
まず、「お花」のイラストを顔面の周囲に散りばめた。「お花」は「お花」として独立したものだ。「お花」はかわいい。キッチュでクラフト感ある絵を描いた。背面とあえて一体にせず、濃い目のシャドウで別物とした。
かわいい(お花が)。こうして自分に言い訳していたのかもしれない。少し、心が落ち着いた。
本題
そして本題のお顔。ほぼほぼ、これだ。暗所で撮影された画像、もしかしたら何かコンプレックスを抱えてらっしゃるかもしれない。ここも無理に明るく立たせることは止めた。
激しく無表情な、そのお顔を眺めていた。唇・口角が棒のように横一線だった。それは一般的には無表情だが、この人にとって、口角が上がった状態、つまり「笑っている」のではないかと推測。
で、他の写真を拝見したら大正解!この人は普段「への字口」だった。よって、これは「笑っている」と判断。その瞬間、勝手に、その方らしさを感じて嬉しかった。指先ツールで唇の両端を数ピクセル持ち上げ、気持ちチーク風に赤らめる。
眼は棒一線に閉じて、まつ毛はない。他の方が化粧して強調してることは知っていた。偏見は止めよう。ここは素直に電子化粧を施した。
遠い距離をつなげていく
青みがかった写真全体の色環を、気持ち暖色に傾けて、前景のお花に寄せた。暗いから色味は分からないけど。やってることは間違いじゃない!
少しずつ核心に近づいているようなだが、まだまだハッカースペースからお花畑は遠すぎた。間を埋めたい、というより、ハッカースペースからお花畑を羨望したい、憧れの気持ちをつなげたい、そんな現実的な表現を思索した。ハッカースペースという暗所に星型★を散りばめた。キラキラした色が浮いてもしょうがない。限りなく黒に近い★を置いて、暗やみに表象的な羨望を添えた。
生きてて一番そのままのコピー
最後。こういうのって、ビジュアルだけで示しても納得感が薄いので、よく手書き文字を添える。どんなコピーが相応しいんだろう?
依頼者が納得できることはなにか考えた。よくあるケースだと、CVを上げるため、「しゅき」だの誘い文句のようなワードを添える。でも、この方が求めてるのは「お花畑でかわいいワタシ」。過去の加工から、変に比喩や装飾的な表現を狙っても、納得しない人だと知っていた。
最終的に手書きで「お花畑」と添えた。顔面の真下に「お花畑」と書いてある。(そのまますぎる…!)シュールに思えるが、先方が理解できてニーズを満たす、と判断。この案で決定。納品した。
使ってもらえる喜び
チャットレディから数日反応はなかったものの(超不安)、その後、サービスの待機画面にプロフィール画像が設定された!!(デザインチーム歓喜!もう祭!!)しかも、わりと長く使ってもらえたのだ。2週や1,2月で変える人が多いなか、1年は同じ画像だった。一般的でない仕上がりだけど、こんな嬉しいことはない。
* * *
後記:この仕事で得たこと
結果的にこの仕事で、偏った2つのスキルアップができた。
手早く魅せるデジタル化粧・整形術。低画素&ローファイな写メ画像を加工、補正するノウハウ。PhotoshopショートカットやAction+Automator(Macの自動化ツール)等のテクもこの時勉強できた。
それから、アフィリエイト記事のライティング、いや、ライティングには程遠いかも。「エロテロリスト」のような言葉遊びだ。意味的な類似性と音韻、リズム感など独特の言語感覚を追求できた。
スキルとしてはそんなところだけど、それ以上に考える力が養えたのかもしれない。
「とりあえず何かおもしろいこと考えてくれ」
で、仕事できますか?少しでも相手が見えること、クライアントに直接聴ける機会はとても貴重なもの。オリエンやRFPのある仕事、指示をくれる仕事って、それだけで恵まれてる。いま思い返せば、このトンデモ仕事も身になったんだと思いたい。
なんだか無理やり良い話にしたけど、そんなキレイな仕事ではなかった。そして今更だけど、写真を撮り直してもらえばよかったわ(笑)
思い出の仕事は、残念ながらまだまだあるので、時間を見つけて書きたい。お粗末様でした。