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ウマネジメント 3鞍目 そのあきらめは相手にも伝わる

乗馬のレッスン内容に「誘導」というものがある。
馬を行きたい方向に進ませることだ。初心者レッスンでは前進だけだが、慣れてくると、左に曲がる、右に曲がるなどを指示することを学ぶ。

曲がらない!

右に曲がりたいときは、馬の顔を右に向ける。右手に持っている手綱(たづな)を右の方に開くと、馬の顔は右側に引っ張られることになるので顔が右を向く。そして、乗り手は反対側の脚(この場合は左側)で進めの合図をすると、だいたいは曲がれるのだが。
私を乗せた馬は、器用に首だけ右を向いたまま直進した。(涙)
顔を曲がる方向にむけることはできるのだが、首から後の胴体が曲がってくれない。
もちろん原因は多々ある。乗り手の視線や体のバランス、手綱の長さ、曲がるタイミングの出し方等々。
なんどか失敗して、皆が正しい方向に曲がる中、一人直進を続けていると、「あーあ、もう無理かー」とあきらめてしまいそうになった。馬が行きたい方向に行かせようとしたその時。

あきらめないで!

「あきらめないで!」インストラクターが私に向かって叫んだ。

「あきらめたら馬にもそれが伝わるよ。馬もそれでいいんだって思うんだよ。それは違うよね」
私だけの問題ではないのだ。私と馬は一緒なのだ。またやってしまった…。

インストラクターが見守る中、私と馬は再び曲がる位置に来た。
首だけ右に向けて直進しようとする馬に「こっちだって、曲がるんだって!」と手綱と脚でぐいぐい合図を出す。騎乗姿勢は崩れまくりだが気持ちは負けないようにっと。
馬は『えー、しょうがないなー』という感じで、ぎりぎりのところで大きな体をぐにゃりと曲げて右に曲がってくれた。
ありがとうー! 肩のあたりをちょっと強めにポンポンして馬を褒める。「できたできた! できたけどめちゃくちゃ力業だ(笑)」
インストラクターは苦笑しながら私たちを褒めてくれた。

「次はもう少し手綱を短く持って、指示も早めにこのあたりから出してね、それからそれから…」
力業ではなく、乗り手も馬も負担少なく再現できるように、いっぱいアドバイスをもらった。

もしも私が特別の一頭ばかりに騎乗していて、私の指示のやり方をその子が覚えてしまったら、途中であきらめて馬の好きにさせてしまう私のやり方を覚えてしまったら、それはその子にとっては良いことではない。
別の人が騎乗したときに「この馬、乗りにくい!」と言われて調教のし直しになったり、最悪乗馬スクールの馬としてやっていけなくなったりするかもしれない(そんなことはほぼないと思うが)。
レッスンは私のために私が受けているものだが、乗っているのは機械ではなく、記憶力に優れた感情豊かな賢い生き物なのだ。自分さえよければというものではない。
「私がもういいって思うんだから、できなくてもいいんです」もしそんな生徒がいたら、インストラクターの皆さんは、その生徒が乗った後、騎乗馬のフォローをするのではないかと思う。

以前に一度落馬を見たことがある。乗り手はエアバックベストを着用していたので遠目には大きなダメージがないようだったが、インストラクターが寄添いケアをしていた。その横で、別の担当者が落馬させた馬を引いて、少し離れた馬場で騎乗した。落馬は人馬ともにトラウマを残すこともある。この馬場で人を乗せることを怖がらないように嫌いにならないように、落馬させてしまった馬をケアするためだ。

あきらめたら、それは伝わる

「あきらめたら、それは伝わる」その言葉は深く刺さった。

その「あきらめ」とは、いろいろ手を打って最善を尽くしたうえでの撤退の「あきらめ」ではない。どうせだめだろうからあきらめる、最善を尽くそうとせずにやめてしまう「あきらめ」だ。
最善を尽くしたかのように言い訳することは容易い。言葉を駆使すれば格好をつけることはできる。そこには保身のにおいがする。
私は言い訳が得意だった。何かをやるときにはできなかったときの言い訳をいくつか考えておくこともあった。

しかし、乗馬に関しては、できなかった言い訳をいくつ考えようともまったく意味がないと今は思っている。
できないならできるまでやる、ただそれだけだ。
それでも最初、言い訳は忍び寄ってきた。「この馬とは相性がよくなかったのかも」「難しい馬だって先生も言ってたし」、できなかった言い訳とはつまり馬のせいになる。
それが間違っていることをすでに知っている以上、言い訳は霧消する。
だから、私は私と馬が気持ちよく一緒に走ることができるようになるまでやりたい。そこにあるのは「できない現状とその原因を知ること」と「それをどう修正するか」だけだ。

そして、仕事でも、そうあるべきなのだと、改めて思う。
言い訳を伴う私のあきらめが、メンバーやその他にも伝わるのなら、素直に怖いと思った。それは悪影響でしかないからだ。

「チームのリーダーは、メンバーに進むべき方向を示し、動機づけ、チームの成果を上げ続けること」と先輩諸氏に言われた。
動機づけって具体的にどうやるのだろう、とその時思った。
チームの中には、私よりも現場のスキルも高く経験のあるメンバーも多い。
私がいろいろ言わなくてもちゃんとやってくれるだろうから、必要があるときだけアクションすればいいかな、くらいであった。
でも、今はそれは違うと思っている。メンバーに任せきり、投げっぱなしではいけないのだ。(もちろん、権限移譲などはどんどんやって、メンバーのステップアップにつなげていきたいと思う)

チームとして決めた方向(戦略)で、目標を達成するということや、そのために具体的にやらなければならないことを、伝わるように伝える。
最初はうまくいかなくてもやり遂げるために、あきらめないで心の火を燃やし続ける。それをリーダーこそが見せること。伝え続けること。
これは初心者マークのリーダーの私にもやれる。

誘導の際に、馬の首を曲げると、馬の顔が半分見える。
私はこれが結構好きだ。目を合わせることで意思が伝わったのではないかと思えるから、だが…。
相変わらず馬は首を曲げたまま直進しようとする。「おっと私を試しているのだね! あきらめないからっ」と曲げようと悪戦苦闘していると、
「手綱が長いから馬に伝わってないよー!」インストラクターから適切な指示が飛んできた。

騎乗しているときはこんな感じ。やっぱり馬は大きいなあ


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