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樹木図鑑 その④ カシワ 〜日本の食糧庫を守る、愛想の良い格闘家〜

ここは北海道の日高地方。サラブレッドの一大産地として名高い地域です。周囲の平原に広がっているのは、とうきび畑と牧草地。アメリカ映画のワンシーンに出てきそうな、広々とした景色……。日高特有の冷たい海風が、時折自分とすれ違い、涼気を置いていってくれます。それゆえ、真夏でも気温は20度前後。

広大な牧草地の奥に見える、緑色の盛り上がりが防風林。

遠近感が狂うほどの、広大な牧草の海。その沖合には、長大な”緑色の帯”が横たわっています。こっから見ると島のように見える…。「防風林」です。
日高に吹き付ける冷たい海風は、歩きながら感じる分には気持ちイイですが、農家にとっては強敵。苗をなぎ倒したり、畑の地温を低下させたりして、農作物の生育を邪魔してしまうのです。

字面から分かる通り、防風林は、そういった風による冷害を防ぐ役割を果たしています。密植された樹は、その樹高の20倍の距離までの範囲で、風を軽減することができると言われています(例えば、高さ10mの防風林は、そこから風下側に200mまでの範囲の畑を守ることができる)。開拓時代の先人たちは、このことを経験則として知っていて、畑の区切りに樹を列植したのです。

北海道の穀倉地帯の地力は、”樹”という強力なスタントマンによって守られているのです。

北海道上富良野町の農村風景。
北海道の美しい田園風景は、防風林と畑、牧草地の色合いのブレンドによってできあがる。

そして何より、防風林は農村風景の良いアクセントになる。
アメリカのプレーリーで見られるような、畑と牧草地しかない平原って、かなり退屈です。ただ単に、色味の違う平面が地表を埋めているだけの、図形的な風景。
しかし、その隙間隙間に”防風林”という緑色の帯が挟み込まれることによって、景色の立体感や、色彩の鮮やかさが大幅に増します。樹木は、時に”風景のスパイス”となるのです。実際、美瑛や十勝には、防風林そのものが観光地となっている場所も存在します。

観光・農業の両面で、北海道の穀倉地帯のポテンシャルを高める防風林。その主要構成樹種が、今日の主人公・カシワです。今回は、北海道の畑を守る”スタント樹種”の素顔に迫ってみたいと思います。

原野の樹

図鑑上では、カシワの分布は北海道〜九州までと記されていますが、実際の彼の生育域は寒冷地に偏っています。西日本にはごく少なく、標高が高い地域でたまに見かけるぐらい(一度だけ、小豆島の海岸で見かけたことがあり、驚きましたが…)。
カシワの個体数が多い地域は、ダントツで北海道です。冒頭の日高も、その例に漏れずで、同地の防風林や雑木林は殆どカシワに埋め尽くされています。

北海道に多い樹なのだから、北海道の防風林で活躍するのも当然か…。
日高町内の牧場脇に列植されたカシワ。

カシワは、”原野”という表現が似合うような土地を好む樹種。強風が絶えず吹いていて、土壌も痩せている…。そんな、荒涼とした土地で森を作るのです。
また、彼の棲家は主に海岸沿い。北日本には、有名なカシワの大群落が何箇所か存在するのですが、それらはすべて海に面しています。”痩せ地””海沿い”という、いかにも樹木が嫌いそうな土地ばかりを攻めている点に、コナラ属らしからぬガッツを感じます。(クヌギ、コナラ等々、カシワ以外のコナラ属樹種は、土壌が厚く堆積した山や丘陵を好む)

日高の牧場の敷地の片隅に植えられていた、カシワの樹。

本州には、”原野”と呼べるような土地はほとんど残っていません。海沿いの平地は、何らかの形で開発されていて、工場や畑、新興住宅地に様変わりしています。
しかし、北海道では話が別。苫小牧市周辺の勇払(ゆうふつ)平野や、札幌市の北側の石狩湾沿岸部、十勝沿岸部等には、今なお広大な原野が広がっています。北海道にカシワが多いのには、こういった特殊な事情が関係しているのかもしれません。
あの辺りを車で走ると、人の気配が感じられない、寂しい景色を延々と眺めることになります……。そういう陰鬱なドライブをしているとき、道路脇の森に絶対いらっしゃるのがカシワなのです。なんというか、妙な安心感がある樹です(笑)。

風にも強く、痩せ地にも強い。カシワが北海道の防風林で盛んに植栽される理由は、そういったタフな一面が買われたためでしょう。

北海道美瑛町・セブンスターの樹。カシワの独立木。
1970年代、「セブンスター」というタバコのパッケージに描かれた樹。
美瑛いちの有名観光地になっている。

肉体美

カシワ自身の樹形や生活スタイルは、海風に適応した仕様になっています。過酷な住環境であるがゆえに、ストイックな生き方を強いられるのです。

北海道神宮(札幌市円山公園)のカシワの大木。この樹は、北海道神宮の御神木となっている。

まず、カシワの樹形は全体的にずんぐりむっくりしています。高く幹を伸ばすタイプの樹ではないため、樹高は比較的低い。強風が吹き付ける場所で、いたずらに幹を伸長させたら、すかさずボキッといってしまいますから、この選択は当然でしょう。

日高のカシワ群落。幹が短く、樹高が低いのがわかる。

そのかわり、カシワの幹はかなり太く、がっしりしています。枝も堅牢なつくりになっていて、幹と遜色ないぐらい太い。
枝張りはかなり大きく、下からカシワの大木を仰ぎ見ると「樹冠にもう1本の樹がくっついているのか?」と疑ってしまうぐらい。横に大きく張り出した強健な枝には、樹の周囲の空間を丸ごと呑み込むほどの勢い・迫力があるのです。

北海道神宮敷地内には、カシワの巨木が多い。逞しい枝張りを披露する大木。

屈強な枝を何回も屈曲させ、樹体の重量バランスを上手く保ちながら、大地を踏ん張る……。ボディビルダーのような、洗練され尽くした肉体美には惚れ込むばかりです。

太く逞しい枝・幹は、北海道の原野に吹き付ける強風をいとも簡単に受け止め、弱体化させてしまうのです。こういった戦闘力の高さも、カシワが”畑のガードマン”にスカウトされた理由のひとつでしょう。

「風と戦う」という特殊な任務を担う”格闘家樹種”。こういうキャラの樹は、中々いません。

北海道神宮のカシワの巨木その③。暴れ狂うような屈曲が美しい。


眠る時でも戦闘態勢

さて、体を張って日々風と戦うカシワさんですが、彼は落葉樹。当然、冬には休眠します。路上の伝説・朝倉未来だって睡眠はとっているはず。格闘家樹種にも、休みは必要なのです…。

ただ、カシワの睡眠スタイルはちょっと特殊です。

冬のあいだも、葉をつけ続けるカシワ。4月の青森市にて。

上の画像は、3月に青森市で撮影したカシワ。まだ雪深い3月は樹々の落葉期であり、彼も休眠中です。しかし、枝を見てみると無数の枯葉がついています。これらは、前年のグリーンシーズンに光合成を行っていた葉っぱたち。もちろん、この葉っぱたちは冬に入った時点で引退しています。

波状鋸歯をつけるカシワの葉。愛らしい姿には、ファンも多い。

カシワは、秋に葉っぱの運用を終了させた後も、枯葉を枝につけっぱなしにして休眠する、という不思議な習性を持っているのです。使わなくなった葉を枝につけたまま、冬を越す性質は「枯凋性(こちょうせい)」と呼ばれます。

カシワ(下)とミズナラ(上)。どっちがどっちか、わかる〜?

植物が枯凋性を持つ理由は種によって様々ですが、カシワの場合はやはり”風対応”。
葉を枝から切り離すと、葉痕部分(枝と葉の接続地点の跡地)に、枝の内部器官の露出箇所が生じます。そこに潮風が当たり、塩分が付着すると、たちまち枝の内部の水分が奪われてしまいます。こういったリスクを避けるため、あえて葉をつけっぱなしにし、樹体の内部の露出を避けているのです。

ナワシログミの葉痕。緑色の断面が、枝の内部の露出箇所。
ここに潮風が当たり、塩分が付着することは樹木にとって致命傷なのである。

さらに、枯葉には冬芽を守る機能も備わっています。
ある研究によると、枝を取り巻くようにして配置された枯葉は、冬芽周辺の風速を大幅に低下させる、とのこと。
枯葉が物理的な盾となり、海風をカットすれば、来年芽吹く葉は安全に待機期間を乗り切れるのです。

多くの落葉広葉樹が、葉っぱを全部散らし、はしたない姿で熟睡する中、一人だけ臨戦態勢を維持したまま休眠するカシワさん。眠る時も風の攻撃を許していないあたり、ゴルゴ13のような強者感があります。

ちなみに、枯凋性はカシワの職場である防風林とも相性が良い。なんせ、冬の間も枯葉で”樹の壁”を分厚くしてくれるんですから。

食との関わり

スイーツ好きは、「カシワ」と聞くとヨダレが出るのではないでしょうか。そう、柏餅です。

兵庫県高砂市の鹿嶋神社の参道には、柏餅のお店がいっぱい。初詣のときには行列ができる。

カシワは昔から、”子孫繁栄の象徴”として神聖視されてきた樹。冬の間も葉っぱが”切れない”姿に、血縁が”途切れない”ことを掛けているのです。端午の節句(こどもの日)に柏餅を食べる習慣も、この信仰がルーツになっていると言われています。

青森県五戸町にある、日本最大のカシワ。昔はもっと樹高が高く、雄大な巨木だったが、
何らかの事情で上部が伐られてしまったらしい。
2021年6月に訪問した際には、すでにこじんまりした姿になっていた。

また、柏餅に限らず、そもそもカシワという樹種は食と関わりが深い。縄文時代、カシワの葉は土器の底に敷いて、食物を蒸すのに使われていました。
「炊ぐ(かしぐ)」という古語は「食物を煮炊きする」という意味ですが、これが「カシワ」の由来であると言われています。

愛想の良さと猛々しさと
日高の農道を歩いていると、あまりにも周りの風景が広々としすぎていて、”心地いい心細さ”を感じます。自分はいま、牧草の大海原を彷徨う”漂流者”なんだ…。草の波打ちの向こう側に見えるカシワ防風林は、まるで海に浮かぶ孤島のよう。
牧草地の散歩は、一種の”アイランドホッピング”。防風林という島を伝って、草の海を航海するのです。

牧草地の真ん中で、こんもりとした樹形を見せるカシワ。

いざ防風林の淵にたどり着くと、凶暴な樹姿で強風に牙を向くカシワに遭遇。彼の本業は、やっぱり”畑のガードマン”なんだなあ…
自らのストイックな生態・頑強な肉体をもって、日本の食料庫を守る姿は本当にカッコいい。

しかし、格闘家としてのキャリアが長い割に、葉っぱは結構可愛い。なんだ、この女子受けの良さそうな葉形は。日本の伝統的なスイーツを優しく包み、「端午の節句」に華を持たせる、という細やかなホスピタリティも持ち合わせています。

ガードマンとしての頼りがいある姿と、食の彩りをしっかりプロデュースする愛想の良さ。この二面性に、どうしてもギャップ萌えを感じてしまうのです。


<カシワ 基本データ>

学名 Quercus dentata
ブナ科コナラ属
落葉広葉樹
分布 北海道、本州、四国、九州、朝鮮半島、中国東北部
樹高 15m
漢字表記 柏
別名 ー
英名 Japanese emperor oak

<参考文献>
・植物雑学事典 岡山理科大学ホームページhttp://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/fagaceae/kasiwa/kashiwa.htm
・あきた森づくりサポートセンター ホームページkashiwa.html
・「神々と植物」        楢原纏著  神戸新聞総合出版センター
・「木へんを読む」       佐道健著  学芸出版社
・「よい防風林のつくり方」 kiho75-5.pdf

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