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草木と生きた日本人

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執筆者:玉川可奈子/和歌(やまとうた)を嗜む歌人(うたびと)・作家 (画像:大宇陀 又兵衛桜)/月一連載
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#古今和歌集

草木と生きた日本人 紫

一、序  けぶり立ち もゆとも見えぬ 草の葉を たれかわらびと 名付けそめけむ  (煙が立つて燃えてゐるとも見えない草の葉を、誰がわらびと初めに名付けたのでせうか)  『古今和歌集』に収められた歌です。蕨が藁火とかけられてゐます。『万葉集』には少なかつた、巧みな技術が用ゐられてゐますね。  前回のお話しは蕨、そして志貴皇子の春のよろこびを歌はれた御歌を詳しく紹介しました。ちやうど、私は一月のある日、白毫寺や高円山のあたり、さらに藤原宮跡などの志貴皇子にゆかりある地を訪ねる

草木と生きた日本人 桜 上

一、序  ももしきの 大宮人は 暇あれや 梅をかざして ここに集へる (『万葉集』巻十・一八八三)  (ももしきの大宮人は暇があるからでせうか、梅を髪にさしてここに集つてゐますねエ)  前回は梅の花についてお話ししました。  二月五日、東京では久しぶりに雪が降りました。雪の降る日、そして翌日の積つた雪、さらに雪と梅の花の咲く姿を見て、前に紹介しました、  我がやどの 冬木の上に 降る雪を 梅の花かと うち見つるかも (巻八・一六四五)  (私の家の冬枯れの木に降り積ちた

草木と生きた日本人 黄葉

一、序  磯の上に 立てるむろの木 ねもころに 何か深めて 思ひそめけむ (『万葉集』巻十一・二四八八)  (磯のほとりに立つてゐるむろの木の根のやうに、ねんごろに何故こんなにも心を深くあの人を思ひ始めたのでせう)  『万葉集』に収められた名も無き民の歌。そして、磯の上むろの木。この歌は、大伴旅人の歌、  鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも (巻三・四四七)  (鞆の浦の磯のむろの木を見るたびに、一緒に見た妻を忘れることはないでせう) が