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【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』12
いよいよ、授業初日を迎えた。
一年目の教員は「初任」と呼ばれる。
各教科の中から、経験豊富な教員が指導教官に任じられる。初任者は指導教官の指導を受けながら、最初の一年目を過ごすことになるのだ。
あたしの場合、風俗嬢をやっていた時代には客であった安藤教諭が国語科の指導教官を任されている。
週に3時間、あたしが授業をやっている教室に安藤が入って授業を見る。そしてさらに3時間、授業改善について安藤と協議する時間が設けられているのだった。
教諭としての、あたしの一時間目がやってきた。
安藤も授業を見に来る予定だ。
安藤は県庁での勤務経験もあるはずだ。
その視点から見れば、あたしの授業なんてひどいものだろう。わかりながら、それを見せる。
まるで、恥部を広げて見られるような恥ずかしさである。いや昨日、そこは広げて見られたんだけれども。
もちろん、あたしだって教育実習には行ったし、教壇に立つのは初めてではない。しかし、教育実習でわずかな期間を担当するのと、一年間を担当するのではプレッシャーに大きな違いがある。
生徒のほうだって、わずか数週間の付き合いであることが最初からわかっている実習生とは気楽に付き合う。
一方、教諭となるとそうは行かない。授業がヘタクソであれば、生徒はその教員を軽く見る。それは、かつて生徒であった者が誰でも知っている真実というものである。
これまで、できる準備はやってきた。
一時間目の今日、難しい展開はない。
それでも、十分余裕を持とうと思って教室には早めに入った。
安藤も、ほぼ同じタイミングで教室の後ろに入り、バインダーを構えた。バインダーは、安藤が気が付いたことを片端から記録するためにある。怖すぎる。何を書かれるんだろう。
しかし、ここで予想外のことが起きた。
あたしが教壇に荷物を展開すると同時に、生徒があたしの周りに集まってきてしまったのである。女子が多いが、男子も何人も寄ってきた。
「先生可愛いね! 歳いくつ?」
「実習生? 実習生?」
「肌めっちゃきれい! 化粧品なに使ってる?」
「胸ヤバくね? Eカップ? Eカップ?」
「アキちゃん!」
「パンツ何色?」
パンツってなんだ。いや、その前に気になること言った子いない?
とりあえず、なにか答えようと思って口を開いたら、かぶせるように、さらに質問が飛んできた。
「彼氏いる? 彼氏!」
「いままで何人と付き合った?」
「処女? 処女?」
「アキちゃん!」
「パンツ何色?」
アキちゃん? あたしを源氏名で呼んでいるのは誰だ。
なんだかパンツにこだわっている子もいるが、いまこの場所で細かいことをいろいろ考えている余裕はない。年齢だの化粧品だの、無難な質問に答えているうち、始業のチャイムが鳴ってしまった。
あたしは「鳴っちゃったからね」と生徒を着席させて、号令の前に服装の確認をしますね、と宣言して全員起立させた。
これは、生徒指導部に所属するあたしが、生徒指導部長に必ずやれと言われたことなのだ。
生徒指導部長いわく。
本校は押しも押されもせぬド底辺校である。
偏差値は38である。これは実質、最底辺である。これより下の学校もあるが、それは半分、特別支援学校である。
高校として体裁を保てるかも知れない最底辺、それが本校である。まず、服装の規定を徹底して守らせるべきである。さもなくば、規定さえ存在しない、道徳や社会通念、常識を彼らに教えることはできない。
我々は、生徒を自立した社会人にしたい。そのためには、まず規定のある服装を徹底して守らせることができなければ、それより上はできっこない。
だいぶ、思想が強いようにも聞こえたのだが、あたしはこの理屈に納得できた。決まりを守らない生徒に、生きる力もなにもありっこない。
あたしは元優等生だ。
徹底して、服装指導をやった。ピアスは取ったし、スカートの長さは指導したし、化粧は落とさせた。ピアスを取り上げる袋は持っていたし、化粧落としのシートも持っていた。
間違いなく、生徒はあたしをナメていた。
大卒一年目で、見た目の良い、ここまで、人生を楽に歩んで来たお嬢ちゃんだと思っていた。
残念。
高校生で堕胎を経験し、千本の男根をしゃぶって、奥に突っ込まれて射精されてきたのがあたし。
そのあたしにとって、眼前にいるのは、全員ただの子供だった。
あたしが教室を一周する頃には、そのまま入学式にも出られそうな生徒たちが出来上がった。スカートを切ってしまっているものは仕方がない。「長いのないの? 準備しておいてね」と言った。
決して、大声をだしたり威圧的な指導はしていない。初対面だし。そんなことしない。
微笑んで、首を傾げてみせるだけで十分だった。あとは、あたしが抱えてきた過去が、あたしの存在の強さになって仕事をした。
その後、授業内容は放り出して、指導教官の安藤はあたしの服装指導を絶賛した。
「あれは君にしかできない。すごいよ。
人間って、あんな黒いオーラ出せるんだ。」
「それ、褒め言葉というより、どっちかっていうと悪口ですよね……。」
「首を傾げるだけで生徒が服装を整えるって、聞いたことない。
君は女子の指導に関してはもう第一線でやれるよ。生徒指導部長にも言っておくよ。」
「ありがとうございます。
褒めてもらえるのは嬉しいんですけど、授業のほうはどうですか?」
いろいろアドバイスはあったが、安藤はあたしの授業の内容についても肯定的だった。
「もっと、厳しく罵られると思ってました。」
これは、あたしの正直な感想である。
安藤は言った。
「今日は一回目の授業で、自己紹介と本文の範読くらいしかやってないでしょ。厳しく罵るところがない。そのへんは、また改めて。」
そんなものだろうか。
あたしが浮かない顔をしていたからか、安藤は続けて言った。
「極論、この学校に教科指導力はそんなに必要にならない。
君は生徒との距離感がいい。やりとりが上手いから、指導しても生徒と敵対しないだろう。こういう同僚はありがたい。」
そして、安藤は最後に付け足した。
「男子も難しいけど、特に女子が、難しいんだ。
女子は、最後は自分の好き嫌いがすべてだ。
学校から強制力が失われて、いま、女子はバカだらけだ。君のような、女を知り尽くしたような教員が、本当に必要だ。」
どうやら、あたしの初授業は指導教官のお眼鏡にかなったようなのだが、彼の口ぶりは今後の苦労を予感させるものだった。
怒涛の、教員一年目が始まった。
つづく
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炎の剛速球、直球170キロの美人ちゃん
スカートの短さが底辺校っぽい……