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【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』13

 教員一年目、初任のあたしは自分のクラスを持っていない。

 副担任、という概念がある。あたしは3年B組の副担任で、担任の先生のサポートをしたり、担任不在のときには仕事を代行するのだ。

 しかし、担任に比べて副担任の仕事は圧倒的に少ない。そこで、細々した仕事はすべて副担任に回ってくる。たとえば、朝の昇降口に立って、登校してくる生徒に挨拶しながら服装指導したりすることは、ショートホームルームに行く必要のない副担任の仕事なのだ。

 朝、職員の打ち合わせが終わった8時20分。
 あたしは生徒指導部長の武田先生と一緒に、昇降口に立っていた。

 武田先生はがっちりとした体格をした50代の体育の先生である。専門は柔道で、スキンヘッドで厳しい顔つきはいかにも生徒指導部長という印象だが、表情にはどこか人情の深そうなところも浮かんでいる。
 昇降口には他の副担任もばらばらと立っているが、あたしは武田先生の近くに立った。
 振る舞いかたに自信がなかったからだ。そばにいれば、違うときには違うとすぐ言ってもらえるだろうし、気になることはすぐに確認できると思ったからである。

 昇降口に立ち始めて、すぐに気付いたことがある。
 女子のスカートが短い!

 もちろん、規定通りに膝丈の者もいるが、それはせいぜい2割くらいだ。
 6割は完全に膝が出ている。というか、太腿が出ている。膝上10センチ強、これが6割。
 残りの2割は膝上20センチ以上、わずかな段差でパンツ丸出し、膝上何センチなどというレベルではない。変態スカートである。

「風俗嬢だってそんな短いスカートは履かない!」
 あたしはそう言いたかったのだが、必死に我慢した。

 昨日、授業に行ったときは、これほどひどいスカートは見なかったぞ?

 武田先生の解説によると、女子生徒はベルトを使って、スカートの上部を巻き込んで短くするのだという。
 彼女達のスカートは伸縮自在なわけだ。だから、生徒指導を熱心にやる先生が教室に来るときだけ、スカートを長くすればいい。

「だから、小島先生には授業のとき、きっちり服装指導をしてほしいと言ったわけなんだ。
 生徒は相手をよく見ているぞ。そして、限界までいい加減にやろうとする。生徒にナメられては、いい気持ちはしないだろう。」
 武田先生は言う。

 彼は生徒には厳しい顔もするが、教員とはにこやかに会話するようだ。あたしは頷いた。
「ここで、一人ずつ止めて、スカートの丈を直させますか?」
「いや、それはやらなくていい。ここでは声をかけるだけ。」
 武田先生はきっぱりと言った。
「全員を止めることは到底できないし、仮にそうさせても、ここを通過した後、すぐに元通りにされてしまう。それでは意味がない。
 それより、授業での服装指導を続けてほしい。それをみんなでやれれば、少しずつ状況は良くなる。」
 武田先生は現実的だ。できるところから、少しずつ学校を良くしようとしている。あたしは再び頷いて、この学校と武田先生のために頑張ってみようと決意した。

「……でも、どうして、あんなに短いスカートにしたいんでしょうね。」
 学年職員室で、あたしは安藤にぼやいた。

 学年職員室。通称、学年室である。
 あたしは、こういう部屋があることを潮南高校に来るまで知らなかった。

 安藤の解説によれば、学年室というのは底辺校にはおなじみの部屋で、生徒の教室の近くに設置される。わかりやすく言えば、学年の先生達の駐屯地であるという。
 当番が割り当てられていて、学年の先生の誰かがそこに詰める。そして、教室で異変があれば、すぐに駆け付けるのだ。
 こういう部屋が必要であると知って、あたしはなんとも言えない、残念な気持ちになったものだ。高校の先生というのは、教科の準備室でヒマそうにお茶でも啜っているものだとばかり思っていたのだが、それは上位校限定の景色であったというわけだ。

「俺は女子生徒だったことがないから、なんとも言えないけど。」
 スカートの話に、安藤は答えた。
「勉強もできない、運動もできない、特殊な技能もない、何もアピールするところのない女が、一番カンタンに自分の価値を感じられる方法なんじゃないの? スカートを短くすれば、バカな男が寄ってくる。」
「モテたいっていうことですか?」
「求められたいのかもよ?」
 安藤は目で笑ってみせた。
「求められたい」というのは、あたしが抱えているキーワードだ。
 高校であたしを妊娠させた男が自殺してから、あたしはずっと「求められたい病」である。

 あたし自身の精神性も、変態スカートを愛用する女子高生と大差ないのかも知れない。

 うーん。やっぱりあたしは肌を出そうとは思わないなあ。
 でも、肌は出さなかったけれども、風俗店に勤務したのは事実だ。

 近いような。遠いような。
 なんとなく、あたしが自分自身を理解するヒントにはなりそうである。


つづく

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出会いは億千万の胸騒ぎ……

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