
自己を慈しむ
最近、「セルフ コンパッション」という言葉が世界で徐々に広まりつつあるといいます。self(自分自身)と compassion(思いやり、慈悲)を重ねた、アメリカのクリスティーン・ネフ(Kristin・Neff)という心理学者が提唱する用語です。自分自身に思いやりをもち現実と向き合おうとする考えです。このことは、日本の社会のみならず世界の人々も程度の差はあるとは思いますが、日々のストレスに晒されている背景があるからではないでしょうか。絶えず他者と競い合い、その結果や比較などを強いられ、時には自分自身を責めて心身のバランスを崩しやすくなる現実に対して、自己をとりまく周囲や社会に振り回されるのではなく、まずは「ありのままの自分」を肯定的に受け入れることで人生に好循環をつくり出だそうという意思を感じます。その姿勢は、この人生塾 柳緑花紅とも共感するものでもあります。
これまで生を強く肯定した思想家は少なくありませんが、その一人に19世紀に生きたドイツの哲学者ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche 1844~1944 )がいます。ニーチェときくと、ニヒリズムのイメージから気難しくひねくれた人物のように思われがちですが、実は彼は孤独と病苦に苛まれながらも生を明るく肯定し続けました。
生前多くの著作を残したニーチェですが、なかでも代表作は『ツァラトゥストラはこう言った』でしょう (ツァラトゥストラはゾロアスターのドイツ語読み、ただし内容はゾロアスター教を論じたものではない)。四部構成で、物語風、時に詩的に記されています。
主人公ツァラトゥストラは30歳で世を捨て山にこもり、十年後に山を下りて人々に語りかけます。まずは今の自分を縛っている価値観を壊すこと、自分を苦しめている原因を見つめ直し、これまで信じてきた古い価値観を手放すことによるニヒリズム(虚無主義)に陥らないように強い意志と自らつくりだした新しい価値観で乗り越えようと語ります。それには「本当の自分」と向き合うことが必要だと。自分の人生を何度でも繰り返したいと思えるほほど自分の運命を愛し、自己を強く肯定できるようになろうとも訴えかけます。時に自分に厳しく、そして自分を愛そうと。ニーチェは自然界も含めた「生」における様々な力への意志を重んじ、最終的には人間を超えた最高の人間のあり方として「超人」として生きることをも夢想した。自らの内なる声=意志に素直に従い生きていくことこそ人生がクリエイティブになると。そして、なりよりも自分を愛する者こそ他者を愛すことができるのだと考えました。
「本当の自分」をみつけ出すのは決して容易なことではないでしょう。それは一生をかけても難しいことかもしれません。それでも最後まで諦めずに楽しく、厳しく自己と向きあって生きていくことが大切なのではないでしょうか。みなさんは自分自身を慈しんでいますか。
人生塾 柳緑花紅 塾頭 くりおんだ