タイトル日本語訳 脳振盪後の有酸素運動と認知トレーニングの付加的利益:現在の臨床コンセプト
序文 スポーツ関連脳振盪に対するリハビリテーションは、近年活発に議論されており、2016年までは症状が受傷前のレベルに戻るまで完全休養が推奨されていたものが、現在では必要以上の休養は、むしろ復帰を遅らせる可能性があることがわかっています。そこで、より積極的なアプローチとして有酸素運動や認知トレーニングが行われており、その効果も立証されています。これらの介入を組み合わせることによってより良い効果が発揮できるのでないか?というのが今回ご紹介する論文ですが、残念ながら2つの方法を組み合わせた介入はまだ紹介されていません。長文になってしまいましたが、それぞれの介入の効果をまとめましたので、是非ご覧ください!
論文概要 背景・目的 有酸素運動を使用した現在の脳振盪リハビリテーションパラダイムは、脳振盪の症状を改善する可能性がある。さらに、認知トレーニングに焦点を当てた介入は、脳振盪後の認知機能を向上させる可能性がある。有酸素運動と認知トレーニングに基づく脳振盪リハビリテーションは独立して実施されているが、脳振盪の多面的な性質は、脳振盪の予後を改善するためにこれら両方を統合することの潜在的な利益を示唆している。この臨床的推奨を裏付けるために、著者らは脳振盪後のリハビリテーション方法として有酸素運動と認知トレーニングを調査した既存の研究を集約し、脳振盪リハビリテーション中にこれらの方法を統合するための実践的な臨床的推奨事項を提案した。
方法 この最新の臨床コンセプト論文では、有酸素運動と脳振盪後の認知トレーニングの使用に関する現在の文献をレビューした。論文は、脳振盪後のリハビリテーションのトピック (1) 有酸素運動と (2) 認知トレーニングの両方について、PubMed で個別に検索して特定された。検索は 2022 年 4 月に完了し、次の包含基準を使用した: (1) 全文の査読済み論文、(2) 軽度の外傷性脳損傷または脳振盪が持続した参加者、(3) 一次データ収集 (つまり、ランダム化されたデータの対照試験またはコホート研究)。脳振盪リハビリテーションのための有酸素運動の使用を調査するために、レビューされた原稿に基づいてプロトコルと結果を要約した。
*各推奨事項の証拠の強度は、推奨強度 (SOR: Strength of Recommendation) 分類法を使用して等級付けされた。Grade Aは複数の研究において一貫した結果を示すレベル1のエビデンスに基づく推奨事項に値し、Grade Bは限られた質または一貫性(またはその両方)を示す患者志向型エビデンスに基づく推奨事項に値する。また、Grade C はレベル3の外的エビデンスに基づく推奨事項に値する。
結果 有酸素運動に基づいた脳振盪リハビリテーション 脳振盪後急性期のリハビリテーションにおける有酸素運動 ・急性脳振盪を起こした若年者において、有酸素運動(目標心拍数80%-90%)またはストレッチが脳振盪からの回復をどのように改善するかを比較したところ、有酸素運動グループの参加者が、ストレッチグループよりも早く回復した。また、持続性の脳振盪症状のリスクが 48% 減少することを発見した (SOR: A)。 ・脳振盪の症状を改善するために必要な有酸素運動の量に関して、脳振盪後の急性期に有酸素運動を処方された若年者および若年成人において、週100分未満の運動をした参加者は、週に100分以上の運動をした参加者よりも1ヶ月後の来院時の症状の重症度が大きく、週に160分を超える運動を完了した参加者は、1ヶ月後の来院時に脳振盪の症状を報告する傾向が少なかったと報告している (SOR: B)。 持続的な脳振盪の症状に対するリハビリテーションにおける有酸素運動 ・脳振盪の症状が持続する若年者(受傷後4~16週間)を有酸素運動グループ(強度の指定はないが、運動時間は事前テストにおいて症状が発生した運動時間の80%に設定)に割り当てたところ、ストレッチグループよりも症状の改善率が高かった(SOR: A)。 ・脳振盪の症状が持続する若年者(受傷後3~6週間)の場合でも、自己申告による脳振盪の症状は、ストレッチグループよりも有酸素運動グループの方が急速に改善した。参加者は毎日の活動を5~10分から開始し、60分間続けられることを目標に取り組んだ。この発見は、有酸素運動プロトコルを脳振盪受傷者ごとに修正し、高強度または長時間の身体活動に参加する準備ができていない集団にも有酸素運動が適応できることを示している (SOR: A)。
認知トレーニングに基づいた脳振盪リハビリテーション
・認知トレーニンググループを行った10週間の介入(週120分のプレゼンテーション、ディスカッション、実践的な対話型演習)では退役軍人において、通常のケアグループに比べて認知機能障害や記憶障害が少なく、より高い認知機能を示し、注意、学習、実行機能の神経認知テストでも改善がみられた(SOR: A)。 ・退役軍人のための職業リハビリテーションケアに認知リハビリテーションのプロトコル(認知リハビリの専門家と1対1の面談による、職場で認知障害を管理するための戦略や役に立たない行動を認識しコントロールするスキル、また同僚と良好な関係を築くためのスキルの教育)を組み込んだところ、参加者の雇用率と全体的な介入満足度が増加した (SOR: A)。 ・脳振盪歴があり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された退役軍人を対象とした目標志向型の注意的自己調整トレーニングに焦点を当てた認知トレーニング介入は、注意力と実行機能、神経心理学的パフォーマンス、および気分障害の改善につながった(SOR: A)。 ・脳振盪の改善を目的とした12週間の認知トレーニング介入であるCognitive Symptom Management and Rehabilitation Therapy (CogSMART)を実施した参加者では、脳振盪後の症状軽減、将来の記憶機能向上や、QOLの向上がみられた (SOR: B)。
臨床上の推奨事項 研究者らは、脳振盪後の有酸素運動および認知トレーニング介入が脳振盪後の回復に良い影響を与えることを示したが、これらの介入を統合することにより、単独の方法よりも受傷の予後をさらに改善できる可能性がある。 脳振盪後の神経生理学的障害(自律神経機能不全)は、心血管系と高度な認知処理の両方に影響を与えるため、自律神経の回復は、臨床的および神経生理学的に完全な回復を達成するために不可欠であり、アスリートが受傷前の競技レベルに戻り、将来の脳振盪や筋骨格系損傷のリスクを最小限に抑えるために必要である。 研究者は、(1) 脳振盪後の有酸素運動と認知トレーニングを組み合わせた統合的介入の有用性と有効性、(2) 脳振盪の結果に対するさまざまな運動処方(つまり、特定の強度と用量)の影響、および (3) 臨床効果を判定するための神経生理学的機能測定の使用、を検証する必要がある。
まとめ 脳振盪後の有酸素運動と認知トレーニングの効果をまとめてきました。本文にはより具体的なプロトコルも書かれていますので、興味のある方は是非読んでみてください。これは脳振盪に対するリハビリテーションに限ったことではないですが、それぞれの介入方法で特徴的な効果がある一方、単独の方法では全てをカバーできないこともわかりました。限られた時間や資源の中で、全てを一人の臨床家が行うことは難しいこともあるかと思いますが、さまざまなアプローチの選択肢として、まずはみなさんの引き出しを増やすきっかけになればと思います。
Reference
Callehan CE, Stoner L, Zieff GH, Register-Mihalik J. The Additive Benefits of Aerobic Exercise and Cognitive Training Postconcussion: Current Clinical Concept. Journal of Athletic Training. 2023;58(7/8):602-610 doi: 10.4085/1062-6050-0186.22
文責者:岸本康平
編集者:井出智広、姜洋美、柴田大輔, 杉本健剛、水本健太(五十音順)