皇室問題について語るつもりはないけど in NY
ワクパス問題が現実化して以降、noteが書けなくなった。だから開くこともできなくなった。そのぐらい、私にはこの問題は大き過ぎる落ち込みの要因になった。
打たなければ、制限だらけの都市生活しかできない。やはりそれは誰にとっても異常事態だ。しかも、打つことが正義というプロパガンダさえも当たり前のこととしてまかり通ってしまう。その背後にある問題について考えるとあまりに色々なものが見えてきて口をつぐむしかなくなった。
ただ、簡単に発言できなくなる、muteになるしかない、という事実もまた一つの感情表現なんだということを一人でも多くの人には理解してほしいと思う。そのぐらいにこの案件は、私には大きなインパクトがありすぎた。
人間は感情の動物だ。だから、感情を大事にできるかどうかは、身体的な健康にももちろん関わるし、実際にそういう意味では死活問題とも言える。そういう意味では、何も言えなくなる、っていうのも表現の一つだと思う。
だから、これからも、どんなペースでnoteを開けるのか、書いていけるのか、今はまだわからないけど、ここのところヒートアップしている皇室関連問題について、NYに住む一人として、少し気になるところがあったので書いてみたい。
といっても、直接皇室問題に触れるのではなく、気になったのは、例の二人のNYでの生活ということについての報道だ。どこに住んで、どこに働いて、資金源はいくらいくらで、家賃はどうで、と言った一組の若いカップルの完全な個人情報を、ここまで日本のメデイアで流してみんなが話題にするのっていうのは一体どうなんだろう。
NY、とくに、マンハッタンは狭い街だ。だから、住所やエリアを聞いたら誰でもすぐに探せたりもする。
そして、二人は日本を脱出する意味でNYを選んだのだろうけれど、またしても日本のパパラッチが連日追いかけてくるであろうことは予想の範囲にある。
二人の会見で一番気になったのは、女性の方が(あえて名前は書きません)まっすぐに前を見据えて言っていた、心を大切にしたい、という訴えだ。日本という国は本当によく知りもしない他人をイメージや偏見だけで叩き落したり誹謗中傷することが好きな人たちがあまりにも多い。
一般には、この会見も、言い逃れだのなんだの言われているようだけど、そんなことはもはやどうでもいい。
多くの人が誹謗中傷や、よく知りもしない他人のプライバシーを暴きまくって話題にしたりすることに時間やエネルギーを使うことにどれほどの快感を覚えているかに気がつかないことが問題なんだと思った。
真実なんて当人以外には誰にもわからない。
場合によっては当人だってわからない。
でもだからなんなの?どうだっていい。もういい加減にしてほしい、と思わざるをえない。
いいか悪いかなんて他人には関係ない。
皇室出身だから?普通の人より偉くないといけないの?実際に、同じ人間が考えることにはそんなに違いはないはず。
もちろん育った環境によって育まれる感受性や性格はある。でも、感じる気持ちや感情を持つことはどんな環境で育っても同じだ。それが人間だから。
時には失敗もするだろうし、完璧でいられなくても極めて普通だ。なんでそこを見てあげられないんだろう。
悪い部分ばっかり見る日本人。いい加減にその癖やめろよって言いたくなった。
てことで、今日の一曲。