『にごりえ』より 「十三夜」 松竹
今井正監督
明治の女流作家 樋口一葉さんが
23歳で書いた『にごりえ』が原作。
一葉さん23歳の年、1895年は
亡くなった一葉さんのお父様の7回忌でしたが
法要のお金が無くて 博文館に原稿料の前借りをしました。
そのお金の引き換えとして
執筆したのが この「にごりえ」だそうです。
一葉さんは24歳6か月で 亡くなりましたが
亡くなる一年余りの間に この「にごりえ」を含め
十作近くの作品を発表されました。
若過ぎる死が 本当に惜しまれます。
映画は 表題作『にごりえ』のほか
『十三夜』『大つごもり』の 三篇が収められている
オムニバス映画です。
どれも私は大好きなので 繰り返し観ていますが
折りを見て ご紹介していきたいと思います。
製作が 文学座・新世紀映画社ですので
文学座の俳優さんが たくさん出演されてます。
今回はその中から 『十三夜』を。
〇
おせき (丹阿弥弥津子・たんあみやつこ)は
若くて地位も名声もある
高級官吏の原田に見初められ 結婚し
太郎という子供にも 恵まれたが
今は原田に 冷たい仕打ちを受けている。
中秋の名月の晩 おせきは人目を忍んで
こっそりと 実家に帰る。
この場面の
おせきを乗せた人力車が通る お茶の水橋。
遠くにニコライ堂と お月様が見え
セットだそうですが 実に美しいです。
夜、女中も連れずに 不意に帰って来た
おせきに両親は驚く。
もてなす物とて 何もない暮らし。
「さあ、月の光が差し込んでいる ここへお座り」
せめて両親は 薄い座布団をすすめる。
裕福な家に嫁いだ
娘の幸せを信じて疑わない 父 (三津田健)と 母 (田村秋子)は
この家が原田の援助で どんなに助かっているか
おせきの弟が 原田の口利きで
昇進したことなどの 喜びを隠さず
太郎はどうしている、太郎は、太郎は・・と
口々に孫の様子を知りたがるが
やがてさすがに おせきの暗い顔に気づく。
すると思いがけず おせきは
原田と別れたいと その場に泣き伏し訴える。
今、原田は 女狂いに走っていて
おせきの やること、なすことが気に入らず
使用人たちの前で 箸の上げ下ろしから
女学校も出ていない、教養もしつけもなってないと
馬鹿にし 激しく叱咤する。
黙って言うことを聞いていると
意気地のない奴と罵られ
帰宅時に玄関に出迎えると まだ居たのか と一言。
「我慢に我慢を重ねて来ましたが もう辛抱出来ません。
お針仕事でも何でも致します。
お傍に置いてください」
母は
身分違いも 何もかも承知で
嫁に欲しいと言っておきながらと 憤慨し
可哀そうに、可哀そうにと 娘と一緒に泣き
今夜は泊っておいでと 慰めるが
この時に言う 父の言葉は見事です。
「離縁をすれは 太郎は原田のものだ。
子に別れ、同じ不運に泣くのなら 原田の妻で泣くだけ泣け」
そして
「今夜は帰れ。何事も胸に納め、今まで通り
じっとこらえて暮らしてくれ。
しかし、もうお前が何も言わんでも わしたちは察している。
陰ながら てんでに涙を分けおうて みんなで泣こう」
やがておせきは
自分の我が儘を詫び 帰って行くが
帰り道に乗った 人力車の車夫は
まだ乗ったばかりというのに いきなり
済まないがここで降りてくれ どうにも引くのが嫌になったと
勝手を言う。
「そんな ひどいじゃありませんか、
お代ははずみますから どうか行ってください」
そのときふと、車夫の顔を覗いたおせきは
まあ、と 驚きの声をあげる。
それは、おせきの初恋の人 録之助 (芥川比呂志)であった。
ふたりは いっとき、
過ぎ去ったあの頃の ときめきを覚え
おせきは車を降りて 肩を並べて歩く。
当時は ひときわ繁盛していた 煙草店の一人息子で
賢く活発な青年だった録之助と
互いに胸を焦がした あの日々。
しかし今や録之助は 子供も亡くし、妻は離縁し
ひとり安宿に転がって 仕事をしたり、しなかったりの
酒浸りの毎日。
気力もなく落ちぶれて 見る影もない。
自分だとて うわべは大家の奥様のようでも
傲慢な夫の前に ただ追従し
耐える日々をおくる つらい身だが
そんな幼馴染の 堕落した姿を見たことで
おせきは不思議に
自分を取り戻した気持ちになるのだった。
別れ際
「失礼ながら、どうぞこれで 花紙なりともお買いください」
小菊の懐紙に包んだ 紙幣を差し出すおせき。
「左様ならば、有難く頂戴して思い出に致します」
紙包みを頂く録之助。
やがてふたりは
月の照らす それぞれの道を帰って行く。
短い再会を終え
ふたりが別れるのは上野広小路です。
嗚呼、明治の夜の なんて美しいこと・・
芥川比呂志さんは 龍之介さんのご長男でしたね。
私、芥川龍之介さん、大好きなの (どうでもいい)
『にごりえ』『大つごもり』を含んだこの映画は
この年(昭和28)の キネマ旬報ベストテンで
小津安二郎監督の『東京物語』を抑えて
第一位となりました。