月給3万いかなそうだという話

塾講師をしている。5月のシフトが出きったが3万にいかなそうだ。ゴールデンウィークは1週間以上の休みだった。バイトは週3。1日4時間あったシフトは3時間に減らされ、3時間あったシフトは2時間に減らされた。時期的に生徒が少ないのか。私の技術がないのか。授業と授業の間に給料が発生しないことに気づき席を離れるようになったからか。理由はわからない。話せる機会もないだろう。

「シフトを増やしてください」と言えない。いただいたシフトの日のその時間に体調が悪くならないかと不安を募らせ体調を崩してしまうから。一度の外出たった3時間。それを週3回。ゴールデンウィークがないなら4万円。たったそれだけのためにトイレで倒れて気を失う。

アルバイトを選んだのは週5・8時間勤務が出来ないから。上記理由もあるし、これを無視して続けると適応障害になるから。何度かなったから。なった後数年間は使い物にならなくなる。生かしてもらってるだけの惨めな数年になってしまう。

私は病名が欲しかった。障害名が欲しかった。それはこの生きれなさに努力をしたかったから。それと、生きられない自分を許して欲しかったから。「病気だから仕方ない」こう言って、自分を許したかった。

深入りしたいのに頭の中の他人ぶった自分が邪魔をする。

ねぇ、私、深入りすることに自信持ってたけど、自分への許せなさを世間の声だと押し付けて向き合うことを放棄してなかった?「だって仕方ないじゃん」って…「誰も責めてないよ」「誰も興味ないよ」「そこまで誰もあなたのこと見えてないよ」

傷つかないように潜り込んだ世界で私は誰にも見えなくなってしまった。ここは優しい人がたくさんいて、そこに自分は映らない。優しいあなたに私を映すことができない。

小さい図書室に行ったらたくさんの本があった。1つの単語を検索したらたくさんの文章が出てきた。見つけて欲しくて、何かを伝えようとして、発信を続ける人がこんなにいた。

私は努力してる。仕事中に体調不良になる不安を押しこめ、朝に起き、散歩して、昼間にフルート吹いたり出かけたり本読んだり勉強するようになった。ラジオ体操は第二でぎっくり腰になったからやめた。

私は努力できていない。他人の目で評価されるとき、他人と比べられるのを避けられない。私は逃げた。些細な傷を無視できなくて、成長する機会を失ってきた。するとどうだ、同級生は成長してる。弟は私より稼いでる。テストの点数で自分の社会に適応できてない状態を見ないふり出来た時期は終わった。金額が示している。私のダメさを。そしてこんなとこからも抜け出せない私のつまらなさを。

私は努力している。精神疾患になるとわかってて無理をすることをしない。ダメな自分を見たくなくて危なさ感じた状態のまま突っ込んで手首切るなんてしない。頭を壁に打ち付けながら発狂するなんてしない。首をベッドの頭につったりしない。

私は努力してない。こんなの誰にも伝わらない。病気でも障害でもない、実家にお金があって親が甘やかしてくれて、成長や苦しみやめんどくささから逃げた上に何も生み出せていない人間を誰が評価できる。面白い人間をみつけるオーディションに3回書類落ちした。私は面白い!って思いながらも文字にした瞬間「伝わらない」と自信を無くしてる事、私は気づいてる。きっと気づかれてる。いや、興味ないかも。

何も満たされない。希望なんて吐きたくない。「生きるしかない」「生きたいから」思ってても言いたくない。元気になるほど面白くなくなる。書いてるうちに元気になる。ああ、もうつまらない。もう終わりだ。


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