『犬のかがやき』に登場する「猫のくすみ」という萌えキャラについて
■ 『犬のかがやき』の良さについて
最近、毎日エッセイ漫画を投稿してくれるツイッターアカウント『犬のかがやき』にハマっている。このアカウント、仮に現代ツイッター漫画四天王を作ると『ちいかわ』の次くらいに入りそうな人気があるらしいのだが、何分ツイッターをあまり見ていなかったので最近まで知らず、「もっと早く知りたかったな…」と思いながら過去投稿をまとめて一気読みした。
2020年12月からおよそ2年と少し、休止期間を挟みつつもほぼ毎日連載ということもあって、その魅力は多岐にわたり、とても一口には言えない。言えないのだが、あえて一口で言うなら、この作品の特徴は、その「メタ視点の重ね方」にある。
上の画像を見てほしい。たった1枚の中に「①ベタな剣を描く小学生←②メタ視点で捻りを加えたアイデアを披露する小学生←③小学生のくせにメタ視点になるな!と怒って殴りかかって通報される犬のかがやき(作者の分身)←④その怒りを冷ややかに見る作品そのもの=作者・読者の視点」と3重のメタが重ねられている。つまり、メタ視点で斜に構えることに怒る自分をメタ視点で斜に構えて描いているのだが、ある種のネット民は、こういう多重メタ漫画に無意味で鮮やかな自己批評性を見出して「よかった、知ってるインターネットが存在している…」と心から安らぎを得ることができる。そしてこのエッセイ、というか作者は、年がら年中自分が考えたことへの何の意味もない自己批評に明け暮れていて、とても安心する。意味のあることばかり、自分に胸を張ることばかりが求められる日々に、癒しを与えてくれる。
(似たもので言うとラッパー・PUNPEEの「あいつもバカ そいつもバカ お前もバカ 俺もバカ みんなバカ お前だけ頭いいふりすんな…って俺が一番 馬鹿だったわ 馬鹿らしいわ」という歌詞も安心する)
■ネタと同居人が融合して生まれたキメラ
しかし、私がこの記事で書きたいのは、この漫画の一般的な魅力についてではなく、たまに登場する準レギュラーキャラ「猫のくすみ」が萌え萌えな件についてだ。
なぜ可愛いのか。ぱっと見でも魅力的ではあるが、文脈をよく知ると更に可愛く見えてくるタイプのキャラなので、しっかり説明しておこう。
「猫のくすみ」は、『犬のかがやき』に投稿される漫画に途中から登場するようになった身分不詳のキャラクターだ。なぜ身分不詳なのかというと、登場する度に「犬のかがやき」の同居人だったり、妻だったり、アシスタントだったり、ただの友人だったりと、設定が非常に不安定だからだ。最近は主に友人として登場しているが、「猫のくすみメモ」では作者の分身として扱われているから、大半の読者からは「たまに出てくるモブキャラ」の一種としてしか認識されていない節もある。
いつ登場したのか。調べることができた限りでは、キャラクターとしての「猫のくすみ」の初登場は2021年9月14日の投稿だ。この時は、多摩アバターセンターに売っている、猫耳のついたあざといアバターの一つとして登場する。かわいい。だが、これもはっきりとは言えない。「カニのよろこび」などと並んでいることからもわかるように、「猫のくすみ」はもともと「犬のかがやき」の反語としてファンの間で使われていたネタのようで、この投稿以前からツイッターには存在していた。また、キャラクター像としてはそれ以前から登場している「シェアハウスの同居人」の姿にも若干似ている。この同居人は「猫のくすみ」登場以降は出てこなくなったから、その二つが融合して生まれた、というのが妥当なところかもしれない。この、事実上自然発生した、というところが萌え要素として重要なポイントになってくる。(『わたモテ』の中盤から登場するキャラに近いものがある)
■最初は美少女だった
人間として登場するのは2週間後、9月28日の投稿が最初だ。ここでは作業チャット相手として、「犬のかがやき」に飼っている犬を披露している。そこからしばらく不在で、次に登場するのは2022年1月23日で、今度はエッセイのネタが尽きた「犬のかがやき」にネタをあげるために理不尽な店員になろうとする幸薄げな「泣いた赤鬼」ポジションの人として登場する。合間が空きすぎた上にどういう立場の人物なのか全く説明が無いため、読者からは「誰?」「誰だよ…」と困惑の声があがっているのが印象的だ。この頃はまだ等身も高くほっそりとした美少女風に描かれていて、『チェンソーマン』のコベニや『serial experiments lain』の玲音などに似た雰囲気がある。最後のコマで「ぎゅっ…」(K2ではない)と抱きしめあう触れ合いがなかなかたまらない。
これはこれで可愛いのだが、さらに3ヶ月後、「アシスタントA子(仮名)」として出演する22年4月24日の回では、「犬のかがやき」と変わらないふっくらとした書き方になり、現在のそれにより近づいていく。私は「猫のくすみ」をドラえもん的な萌えキャラだと考えているので、こちらの方が良い。
さらに2ヶ月後、6月5日の投稿を経て、6月18、19日の投稿ではなんと「犬のかがやき」の妻になって登場する。1コマ目の「またこんな時間まで飲んで…!!!」の呆れ怒り顔はなかなか良いもの。現行の「態度は冷たいけど世話焼き」な性格がこの辺りで固まる。
■昨年7月に準レギュラー化
ありがたいことに、7月に入ると出現頻度が急速に高くなり、ギャンブルに負けて悔しがる顔が見られる7月10日、「整骨院とか行ってみたら?」と心配してくれる7月12日、カニを買ってきてくれる7月17日、落ち込んでいるところを励ますために海に誘ってくれる7月23日、ゾンビになった「犬のかがやき」を家で飼おうとする7月30日、31日と、なんと月6日も登場して準レギュラー化していく。この頃から友人として立場も安定する。長編(2ページ以上)を描くときに便利だからかもしれない。いちいち記していくとキリが無いので、各回の概要と一緒に一覧にしておく。
2022年8月2日、3日、4日……水着回。水着部分だけ頭身がリアルで気持ち悪い
8月19日、20日、21日……ドン引きされる
8月30日……「大丈夫?」と心配してくれる
9月10日、11日……感動的な回
9月24日、25日……全力で論破してくる
10月29日……廃人になっても家で飼ってくれる
11月15日、16日、19日……鎖鎌で助けてくれる
12月4日……「くっさ!!!」と言う
12月14日……通行人として登場
2023年2月12日……おんぶしてくれる
最近は登場が少なくなっているが、livedoorブログで連載されている長編連載にはしばしば登場するから、そちらも要チェックだ。
■冷笑から救い出してくれる人
現時点での最新登場回は、3月14日のこのツイートだ。
およそ1年ぶりの「ぎゅっ…」が素晴らしい。私は恋愛感情のそれではなく、ただ人間同士の触れ合いとして存在するタイプの百合(として消費できる)作品(映画『ハッピーアワー』、『偶然と想像』第3幕、『リズと青い鳥』など)が好きだ。そこでは大抵、人間関係の驚くほどの脆さ、醜さとともに、対極としての触れ合いの尊さが描かれる。それと同じように、通常メタギャグに覆われている『犬のかがやき』でこういう描写が出てくると、とくに心に来るものがある。固く閉じられている心の壁をすり抜けて、「萌え」が直接に響いてくるからだ。
もともと対義語として生まれた「猫のくすみ」は、キャラクターになっても主人公である「犬のかがやき」とは対極的な性質を持っている。常にメタ視点で冷笑的で自意識過剰、最近では世の中に憎しみばかり抱いているキャラになりつつある主人公のいわばネガとして、彼女は、メタ視点を持ちながらも冷笑せず、他人へと真摯に優しく接する心を持った真心のある人間として描かれる。その姿は、本編のネトネトした自己批評性に引き寄せられて集まった自意識過剰なネット民(※読者のごく一部)にとっての理想のそれなのだ。
しかも、その理想が、作品の都合の中で、読者のネタ会話の中で自然に発生してきたキメラに、たまたま宿っていたという事実。おそらく作者としては、なんとなく、メタにメタを重ねていく作風に合わせて「犬のかがやき」の反対のキャラを出しただけだろう。それが、たまたま理想的な萌えキャラになった……。しかも、「犬のかがやき」と読者を冷笑と自虐から助け出してくれるキャラクターとなった。こんな偶然はそう起きはしない。「猫のくすみ」は、稀にしか現れない、汚れなく生まれた純粋な「萌えキャラ」なのである。
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