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何もしないことの正義──岡田索雲「アンチマン」感想

補足:同作者の短編集『ようきなやつら』についての感想も書きました。  2023年6月2日に公開された岡田索雲の漫画「アンチマン」が話題を呼んでいる。非常に良い作品で、読んでいろいろ思ったことがあったので、書く。以下ネタバレなので、未読なら先に作品(短編なのですぐ読める)を読んでほしい。 ◆紹介文によるミスリード 漫画が公開された「Webアクション」には、おそらく担当編集によって書かれたであろう、以下のような紹介文が掲載されている。  本編を読んだなら、これが巧妙なミスリ

    • 偶然と触れ合い──山田尚子『きみの色』感想

       京成ローザ10で山田尚子『きみの色』を観たので、短めの感想を書いておく。ネタバレ(というほど展開がある映画でもないが)注意。 ◆「触れ合う」映画 物語は驚くほど素朴で、3人の平凡な高校生がバンドを組んで文化祭で演奏する、ただそれだけの話だ。金・暴力・セックスの話どころか、成長や葛藤すら派手には描かれない。長崎のミッションスクール、古書店、離島の廃教会といった社会から隔絶された場所を舞台に、穏やかにストーリーが進行していく。  3人はそれぞれ、親から与えられた役割(医者、

      • YOUはどうしてアイドルに?──映画『トラペジウム』感想

         京成ローザ10で篠原正寛『トラペジウム』を観てきたので、感想を書いておく。ネタバレがあるので注意。あらすじは以下の通り。 ◆空転する熱意 地元の東西南北からメンバーを集め、4人組のアイドルグループを結成する。本作のあらすじは、上に掲げた、ラップグループ・RHYMESTER「耳ヲ貸スベキ」の一節を連想させる。  まず、東西南北に、まだ日の目を見ていない、可能性を持つ者たちがいる。東から物語がはじまり、南で「原石」を見つける。そして、主人公の行動原理を最も深く把握していたの

        • 中年の思想──「低志会会報 第2号」感想

           サークル「低志会」の会報第2号(特集:ファンシーキャラクター、正式なタイトル:ぬいぐるみの代わりに低志会の本を抱いて媚を売る、つまりそれが祈り Vol.2)を通販で入手して読んだので、感想を書いておく(書いている途中で話がまとまらなくなってしまったが、まあ出さないよりは出しておいた方がいいので更新しておく)。ツイッターで相互フォローの方もいるが、面識はないため敬称は略しておく。  低志会は、正式名称を「志が低いアニメ愛好会」という。オガワデザイン、noirse、安原まひろ

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          男たちの「淫夢」とその終わり──北野武『首』感想

           新宿ピカデリーで北野武『首』を観てきたので、感想を書いておく。当然ネタバレがあるので注意。 ◆「キッチュでクィアな映画」なのか? 本作は、戦国モノの王道である「本能寺の変」の裏側を描いた時代劇だ。物語の筋はきわめて単純で、主人公・羽柴秀吉(ビートたけし)が、明智光秀(西島秀俊)をそそのかして織田信長(加瀬亮)を討たせ、さらに自ら光秀を討って天下を取る──ただそれだけの話になっている。  そのため、観客の関心は、戦国モノの華である戦闘シーンや歴史的場面よりも、信長や光秀ら

          男たちの「淫夢」とその終わり──北野武『首』感想

          メモ:ジャニーズ問題に違和感を覚える教授に違和感を覚える

           現代ビジネスに掲載された長谷正人さんの「ジャニーズ性加害問題に覚える違和感、そもそも日本のアイドルはいつから「性的に消費」されはじめたのか。」という記事を読み、かなり違和感があったので、感想を書いておく。 ◆主流派=性的欲望、非主流派=同性への憧憬 この記事は論旨が非常に不明瞭なので、最初に話を整理しておく。  まず、著者曰く、この記事は「オルタナティヴなアイドル文化の可能性」を指摘することで、「現在の疑似恋愛的な文化を自明視したアイドル言説のこわばった閉域を、少しでも

          メモ:ジャニーズ問題に違和感を覚える教授に違和感を覚える

          誰も「戦後」を覚えていない──山崎貴『ゴジラ-1.0』感想

           新宿ピカデリーで山崎貴『ゴジラ-1.0(ゴジラ・マイナスワン)』を観て、なかなか楽しめたので、感想を書いておく。もちろんネタバレありなので、注意してほしい。 ◆本当に「ユアストーリーしていない」のか? 舞台は1947年の日本。機体が故障しているとウソをついて生き残った元特攻隊員・敷島は、闇市で出会った少女・典子とその連れ子を育てるために、戦中にまかれた機雷を除去する仕事に就いている。戦争で死ねなかったことへの罪悪感を抱えつつ、前を向いて生きていこうと敷島が決意したころ、か

          誰も「戦後」を覚えていない──山崎貴『ゴジラ-1.0』感想

          闘争するアメリカ人──G・ガーウィグ『バービー』を観る

           ハリウッド映画『バービー』を観たので、感想を書いておく。ネタバレがあるので、嫌な人は避けてほしい。以下あらすじ。 ◆あらかじめ「名作」である作品 本作は、日本では興行的に不振だったにも関わらず、SNSやネットメディアを中心にかなりの盛り上がりを見せている。しかも、その評価はかなり多様だ。「フェミニズム映画である(から素晴らしい)」。「単純なフェミニズム映画ではない(から素晴らしい)」。「むしろ反フェミニズム映画である(から素晴らしい)」。相互に矛盾する称賛が、同じ作品に同

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          『君たちはどう生きるか』メモ

          ◆義母と実母のWヒロイン体 一見して最も異常なのは、度を越した近親相姦スレスレのマザコン的態度だ。  前半の義母との交流は大変エロチックに描かれており、義母から主人公、主人公から義母とお互いに意味ありげな視線を注ぎあっていた。とくに、父と義母のキスを隠れ見るシーンなどはそういうタイプのポルノの導入にしか見えない(私だけかもしれないが…)。  さらに後半では若き日の実母が実質的なヒロインとして登場し、実母と共に義母を取り戻そうと奮闘することになる。つまりこの作品では、いわば

          『君たちはどう生きるか』メモ

          精神病患者としての左翼──岡田索雲『ようきなやつら』感想

           先週公開された岡田索雲の短編漫画「アンチマン」が面白かったので、作者の過去作である単行本『ようきなやつら』(双葉社)も読んでみたところ、予想外な面白さがあったので、感想を書いておく。以下、ネタバレ要素があるので、買う予定がある人は買って読んでから見てほしい。 ◆ゴリゴリの左翼マンガ この単行本は、「妖怪読切シリーズ」として書かれた5つの短編──「東京鎌鼬」「忍耐サトリくん」「川血」「猫欠」「峯落」「追燈」──に、書き下ろし漫画「ようきなやつら」を加えてまとめた短編集だ。読

          精神病患者としての左翼──岡田索雲『ようきなやつら』感想

          村上春樹はスマホで読め──『街とその不確かな壁』感想

           村上春樹の新作『街とその不確かな壁』(講談社)を読んだ。大変よかったので、その理由について書く。なお、私はキンドルで購入してスマホを横向きにしながらこの小説を読んだ。この読書形態がかなり評価に影響していると思うので、それを考慮しながら読んでほしい。以下あらすじ。 *  物語は、17歳の〈ぼく〉が16歳の〈きみ〉と仲睦まじく過ごしている場面からはじまる。2人はセックスこそしないものの、恋人に近い、非常に親密な関係を1年近く続けた。やがて〈きみ〉は、〈ぼく〉に〈街〉の話をす

          村上春樹はスマホで読め──『街とその不確かな壁』感想

          メモ:アニメ批評は本当に存在しないのか?

           少し前、「アニメ批評」の不在を嘆く、押井守監督の発言が話題を呼んだ。  第1回新潟国際アニメーション映画祭の宣伝として行われたあるインタビューで、押井監督は、「95%くらいの作品はオンエアが終わったら消えていく」と、今のアニメの語り継がれなさと、アニメ批評の不在を指摘した。ツイッターでは「ほんとアニメはちゃんと批評されないとなと思う」など賛同する声が多数挙がった。  ところが、本職のアニメライターからは「「批評の不在」を語る人はたくさんいても、それを実践する人は少ない」

          メモ:アニメ批評は本当に存在しないのか?

          『犬のかがやき』に登場する「猫のくすみ」という萌えキャラについて

          ■ 『犬のかがやき』の良さについて 最近、毎日エッセイ漫画を投稿してくれるツイッターアカウント『犬のかがやき』にハマっている。このアカウント、仮に現代ツイッター漫画四天王を作ると『ちいかわ』の次くらいに入りそうな人気があるらしいのだが、何分ツイッターをあまり見ていなかったので最近まで知らず、「もっと早く知りたかったな…」と思いながら過去投稿をまとめて一気読みした。  2020年12月からおよそ2年と少し、休止期間を挟みつつもほぼ毎日連載ということもあって、その魅力は多岐にわ

          『犬のかがやき』に登場する「猫のくすみ」という萌えキャラについて

          「オタクのアニメ語り」はなぜ空洞化してしまうのか?──氷川竜介『日本アニメの革新』を読む

           2023年3月10日、アニメ評論家・氷川竜介の新著『日本アニメの革新』(角川新書)が発売された。さっそく買って読んだのだが、いろいろ言いたいことが生まれたので、以下本文を解釈しながらいろいろ書いていく。  まずは著者について説明しよう。氷川は、アニメ評論家であり、(文章を読むタイプの)アニメ(や特撮の)ファンなら誰もが知るベテランライターの一人でもある。  1958年生まれで、日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』をリアルタイムで観た。77年、大学在学中に雑誌『月刊OUT』

          「オタクのアニメ語り」はなぜ空洞化してしまうのか?──氷川竜介『日本アニメの革新』を読む

          なぜ日本のIT起業家は「無思想人」になってしまうのか? その思想的背景── 木澤佐登志「イーロン・マスク、ピーター・ティール、ジョーダン・ピーターソン」を読む

           思想誌『現代思想』2023年2月号の特集は「〈投資〉の時代」だった。一見『東洋経済』かな? と思ってしまうような俗っぽいテーマだが、巻頭インタビューはマルクス経済学者・松尾匡による資本主義批判なので、内容としてはいつも通りである。  そこに収録されている文筆家・木澤佐登志の記事「イーロン・マスク、ピーター・ティール、ジョーダン・ピーターソンーー「社会正義」に対する逆張りの系譜」が面白かったので、もう3月なので今更になるが(私の解釈を交えて)紹介する。ただ、内容を要約しただ

          なぜ日本のIT起業家は「無思想人」になってしまうのか? その思想的背景── 木澤佐登志「イーロン・マスク、ピーター・ティール、ジョーダン・ピーターソン」を読む

          複雑であることの悪さ──片岡大右『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』を読む

           2023年2月17日に発売された批評家・片岡大右さんの新著『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』(集英社新書)は、その名の通り、2021年に起きたCornelius(コーネリアス)こと小山田圭吾さんの炎上事件を分析し、小山田さんを擁護するための本だ。  本書で片岡さんは、ネットや文献を厳密に読み込んでいくことで、当時、実際に何が起きていたのかを真摯に検証しようとしている。読めば、「いじめ事件」が不幸な行き違いによって起きた情報災害だったことが理解できるはずだ。だが

          複雑であることの悪さ──片岡大右『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』を読む