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佐藤弓生の「近・現代詩おぼえがき」第6回:時代と身体感覚

先月、鎌倉文学館へ「生誕130年 萩原朔太郎 マボロシヲミルヒト」展を見に行った。第一詩集『月に吠える』が鎌倉で編集された縁による企画で、その数年前に製作された自筆歌集『ソライロノハナ』の復刻も展示されていた。

  ほととぎす女に友の多くして
  その音づれのたそがれの頃
  
  妹が折折すなる態(しな)をして
  もだして居りぬ女の中に

十五歳で与謝野晶子歌集『みだれ髪』に魅了されてのちの十年余に詠んだ数百首は、作風の変遷のうちにところどころ女性への愛着を見せる。作歌期間は妹の同級生への片恋の期間と重なっていた。進学に失敗して父の医業を継げず、思い人との結婚が叶わなかった彼は、恋と歌への別れを胸に歌集を編んだ。

心の混乱と詩への欲動はやがて、光を受胎するという妄想、身体の女性化と変形の感覚を生む。それは国家の帝国主義的発展の開始時期に当たっていたとの指摘がある(瀬尾育生『戦争詩論』)。

近年、この身体感覚をファンタスティックに視覚化した清家雪子の漫画『月に吠えらんねえ』には驚いた。朔太郎作品の印象から造形された主人公の詩人は、帝国を担う男になれず煩悶を繰り返す。時代と性の相剋がいたましい。

  しののめのまだきに起きて人妻と
  汽車の窓より見たるひるがほ

北原白秋ふうのこの歌は、汽車と人妻のモチーフを詩「夜汽車」と共有している。短歌の情緒を愛した朔太郎は、だが時代と交わるなかで、歌にとどまることはできなかった。


初出:「朝日新聞」2016年7月11日朝刊


『萩原朔太郎全集 第十五巻』(筑摩書房)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480735157/

瀬尾育生『戦争詩論 1910―1945』(平凡社)
http://www.heibonsha.co.jp/book/b158121.html

清家雪子『月に吠えらんねえ』(講談社)
http://afternoon.moae.jp/lineup/313


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