リブランディングの怖さ──サントリー天然水が教えてくれたこと
「もう少し小容量市場で存在感を高めたい」──そんな狙いから、2013年にサントリー「天然水」チームは大胆なパッケージリニューアルを敢行しました。自然環境への配慮を伝え、若い世代にも「自分たちの水」と思ってもらいたいという願いを込め、南アルプスの森で生きる動物たちのイラストをラベルにあしらったのです。さらに「未来へ森を贈ろう。Gift!」という首掛けPOPを付け、環境への想いを積極的に発信しました。かわいらしい動物のイラストが目を惹き、環境メッセージが人々の心に響く──はずでした。
ところが、発売直後に待ち受けていたのは、想定外の出来事でした。狙いとは裏腹に、コンビニ店頭でのシェアが急落。ほんの短期間で47%から38%へ下落するという衝撃の結果が出たのです。「POPを付けた途端にシェアが落ちるなんてありえない!」と社内は騒然。いったい何が起きたのでしょうか?
疑問を解くため、チームはコンビニで実際に天然水を購入するお客さんに直接声をかけてみました。すると驚くべき真実が浮かび上がります。「いつも買っている天然水が、棚の中でわからなくなってしまった」という声が続出したのです。ラベル変更やPOPの採用は、どこかで“いつもの天然水”らしさを損ない、消費者が棚で一瞬にして商品を見つける感覚を失わせてしまっていました。
この失敗の本質は「顧客インサイトの見失い」にあります。サントリー天然水が長年支持を集めてきた理由は、「口に含む瞬間に大自然へとトリップできる」ような体験価値があったからです。飲み手は自宅やオフィスにいながらも、まるで南アルプスに足を踏み入れたかのような感覚を求めていました。しかし、環境活動のメッセージや新デザインへのこだわりは、メーカー側の思いにとどまり、消費者が心で求める「自然との一体感」というインサイトとは噛み合いませんでした。
このエピソードが示すのは、「顧客インサイト」を見失わないことの重要性です。思い込みや自社目線を捨て、消費者が本当に求めている心の奥底の価値とつながること。それこそがブランドの軸を揺らすことなく、消費者との信頼関係を長く育み続けるカギとなるのです。