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【反面教師】就職留年を決意した世渡り下手な大学5年生、内定をもぎとるまでの1年3ヶ月間の就活を語る
久しぶりにnoteに投稿しております、都内外国語系の大学に通う5年生、ゆづと申します。
1年弱くらいnoteという媒体から離れていたのですが、その一番の理由が「就活が辛すぎて文章を書く気力と余裕がなかった」というものです。
というわけで、今回は私の就活を振り返っていこうと思います。
これを読む前にひとつ言いたいことがあるのですが、これは未来の就活生にアドバイスをするような記事ではないです。
反面教師にしてほしいです。
有益な情報はほぼないです。
自己満で書いてます。
よろしくお願いします!
↓こちらの目次、無限に長いのですが、1ヶ月ごとにまとめてあるので万が一見返したくなったときはこちらをご利用ください。
なぜこの記事を書こうと思ったのか
この記事を書こうと思った理由は3つあります。
一つ目は、「2021年上半期振り返りをしたかった」から。
なんかみんなnoteとかFacebookとかインスタとかに上半期の振り返りしてるじゃないですか!私もやりたい!けどほぼ就活しかしてなかった!そしたら代わりに就活をテーマに記事書いちゃえ!ということです。
二つ目は、「折角頑張った就活経験を誰かの役に立てたい」から。
全人口の1%くらい(*当社比)しか選ばないであろう「就職留年」という決断を下した私はかなりのレアケースだと思います。未来の就活生に「もし就活の結果に納得できなくても、休学すればええんやで!」と少し希望を与えられればナ、、と思います。
(もちろん家庭の状況、ライフプラン、研究内容とかで絶対休学・留年できない人もいると思います。そういう方々には少し申し訳ない内容になります、、、。)
で、冒頭の「有益な情報はほぼないです」という発言と矛盾してますよね。わかってます。最初はこういう熱い思いを持って記事を書いていたのですが、途中で、「これって、、、有益な情報、ないよね」と気付きました(^_-)-☆
三つ目は、「久しぶりに好き勝手文章を書きたかった」から。
過去に就活した方・就活中の方は激しく頷いてもらえると思うのですが、就活中は永遠に、本当に永遠にES(エントリーシート)を書かなければならないのです。
「あなたの強みは何ですか(400字)」「志望動機は何ですか(250字)」「学生時代にチームで取り組んだことを教えてください(600字)」のセット×30社分とかを1、2ヶ月間書き続けねばならないのですよ、、、。
流石に、これに加えてブログ記事執筆なんてできませんでした。
今日は思う存分好き勝手書かせていただきます!
なぜ1年3ヶ月間も就活していたのか
どこかの企業に勤めている社会人ほぼ全てが避けては通れない道が就職活動なわけですが、私は結果として1年3ヶ月ほどこれに振り回されました。
しかもこの「1年3ヶ月」というのは、本エントリーし続けた期間ですよ!
その理由は「就活を2回したから」です。
1年目の就活がなかなか上手くいかず、納得いく結果ではなく、じゃあもう一年やるか~と決意し、志望業界から全て路線変更しました。大学は休学し、所謂「就職留年」をしたためこんなにも長くかかってしまいました。
この1年3ヶ月の間で、メンタルが死んでカウンセリングに通ったり、4年の秋から長期インターンに参加したり、自分で振り返ってびっくりな経験をしました。
それではこれから、時系列で私の就活を遡って見てみましょう。
1年目の就活(概要)
卒業年:21卒
志望業界:出版(新書、文庫志望)が第一志望。その他は書店(営業)、文具メーカー、楽器メーカーなど。
受験企業数:おそらく30社以上
志望理由(本音):なんか楽しそう。マスゴミとかって言われているメディア業界を変えたい。良い書籍を世界中に届けたい。
志望理由(建前):良い書籍を世界中に届けたい。
学チカ:部活動でのリーダー経験、国際交流活動、海外ボランティア。英語できますよ~国際感覚ありますよ~的なグローバル人材を演出。
結果:内定1社(休学のため辞退)
2020年1月
就活モチベ:ゼロ。「自分を偽って嘘つきまくって働くのって何が楽しいの」と永遠に思っていたので、2019年夏によくわからない広告代理店の1Dayインターンに行ってそれっきり就活はしていなかった。
もう一つ言い訳をすると、周りの友人が留学中だったり、院に進学する子が多かったりで、就活を共に戦ってくれる友人が誰一人いなかった。なので就活生の周りの状況とか、「○○業界って~~だよねw」みたいなあるあるネタが一つも理解できていない状況だった。
なので就活1年目の話は「就活のいろはを全く理解していない情弱大学生が倍率200倍の無謀出版就活に挑む」という設定で読んでいただけますでしょうか。(苦笑)
大学の期末テスト後からは基本部活中心の毎日を送る。
年明け頃から、ほんのり就活を意識し始める。(普通にこれじゃ遅い)
1歳年上の友人に紹介してもらった就活エージェントに登録するが、ほぼ活用しない。
新○文庫のES提出が月末にあり、それに向けてES執筆を開始。
2020年2月
2月も基本部活中心の毎日。脳内の約9割が部活を占め、残りの1割はいかにして就活を回避できるかを考えていた。
なぜかJASRACのインターンに合格し、行く。普通に面白かったので気になる人はどうぞ。
大手出版社のES提出がおそらく2月末~3月頭だったのでそれに向けてES執筆。学内のキャリアセンターのおじさんと、両親に添削をお願いした。
2020年3月
就活解禁であるのにもかかわらず、こちらでも部活中心の毎日。ここらへんからコロナが流行し始め、演奏会の中止を決断する。ここでメンタルがかなり死ぬ。脳内の9割が演奏会中止のショックを占め、残りの1割でいかに就活を回避できるかを考える。
なので就活の記憶がほぼないが、とりあえずマイナビとリクナビで出版系企業を検索&エントリーしたのだけは覚えている。
ここで私は「エントリーはいつでもできる」ものだと勘違いしていたので、エントリーを「ま、明日でいっか!」と先延ばしにしていたら、気付いたらエントリーできなくなっていたという地獄経験を体験する。エントリーは、思ったときにすぐにしましょうね!!!!(当たり前でした!!!!!)
2020年4月
ESの結果が返ってくる。
出版大手3社は、講○社落ち、小○館通過、集○社通過。
文章を書くのは普通に好きだったので、通過率は8割くらいだった。
でも折角ESが通った大手出版社2社はウェブテストで惨敗する。もったいなすぎる、、、。
4月下旬に人生初の面接(オンライン)をするが、あまりの緊張&準備不足のため面接中に落ちを確信する。
2020年5月
NNT(無い内定)のまま5月を迎える。
流石にやばいと思いエントリー数を増やす。
面接は5社ほどあった。(今振り返ると流石に少なすぎる)
対策はほぼ何もしていなかった。
2020年6月(内定1社目)
NNTのまま6月を迎える。(世間的には6月1日の時点で内定を持っている人が半分くらいいるらしい。詳しい統計はこちらから)
出版だけでなく、文具メーカーや楽器メーカー、書店の面接が始まる。
しかし、対策不足のため一次、良くて二次面接で落ちる。
とにかく面接という場で話すことが苦手だったのに加え、怠惰な性格もあり企業研究もろくにせずに面接に挑んでいた。「○○はこの出版社から出てる」などの当たり前情報や、「○○の話題の新作読んだ?」などの出版トークについていけない。数ヶ月間の付け焼き刃ではダメであった、、、。
そもそも志望動機が「なんか面白そう」なだけで、読書家でもない、メディアが好きなわけでもない、出版業界自体が右肩下がりなのにそれをどう解決していくべきかなんて考えたことすらない凡人なわけなので、そもそも面接に合格することなんてできなかった。
そしてそもそも、出版業界に私みたいな人は適性がないのだった。
これに気付くのが遅かった!なので皆様、自己分析は早めにしましょう。
しかしここでラッキーイベント発生:内定をGETした!!
内定先は大手書店からで、業務内容は営業。
出版にも関われるし、本望じゃん!
やっと就活、終われるじゃん!と思い、母親に報告。
しかしここでまさかのことを言われる。
「この内定先で満足するな!!!」
という内容だった。
今の今まで書いてこなかったが、ここまでの1年間は基本両親と対立している。
「毒親」と表現してもいいのかもしれないが、私の友人関係、恋愛、就職活動、研究内容にいちいち口出しをし、門限を破れば家から閉め出し、部屋が汚いと机の上のものを全てゴミ箱の中に突っ込み、部活にばかり気をとられすぎと楽器を押し入れに隠し、私が家にいない間に引き出しの中を見る、など例を挙げればきりが無いのだが当時はこういう状況が続いており親とは対立していたのであった。
当時の苦悩はこの記事からうかがえる。読んでみてください。
そして内定をもらった瞬間にこの「現状で満足するな!」ということばを言われ、本当にメンタルが死ぬ。
しかし親に逆らうこともできず、出版業界以外にエントリーできる企業を探す。業界・職種問わず受験する。おそらくここで新たに5社ほどエントリーした。
運良く、大手メーカー(憎いね!○菱)の選考が進むが最終面接で不合格。
これにて21卒就活が終わる。
2020年7月(就活留年を決意)
ここが一番地獄だった気がする。
内定はある。
でも親が反対する。
精神的に、これ以上就活する気力はない。
内定があるのにこんなに辛いことってあるんだ、、、と泣きながら考えていた。1週間くらい泣き続け、食欲減衰していて永遠に自室のベッドの上にいた。
恋人にも毎日泣きながら電話し、本当に迷惑をかけた(本当に申し訳ありませんでした。)
このままだと本気で自殺してしまうと思い、学内のカウンセリングに申し込む。
そして、親の「この内定先で満足するな」の言葉について、色々考える。親ともいやいや話し合う。
今の内定先で本当に私が満足できるか。自分のスキルが活かせるか。充実した生活が送れるか。給与はどうか。福利厚生は、転勤は、ファーストキャリアとしては、、、。(本来ならば、就活本格化前にこれについて考えなければならないのだ。みんな、自己分析は早めにやりましょう。)
色々考えた(というより親に言われたことを「はい」と受け流すことしかできなかったのだが)結果、ここで就職留年を決意する。
後に聞いたことだが、母の兄弟が揃いも揃って浪人&留年を経験していたこと、父が留年経験者だったこともあって、学生生活を1年伸ばすことにあまり抵抗がなかったそう。(叔父さんたち、ありがとう、、、。)
そして、当時は親との関係が非常に悪かったためこのような表現になってしまっているが、こんなにも病んでしまった一番の原因は、就活にきちんと向き合えず、舐めてかかっていた私にある、というのを大きな声で言いたい。自業自得です。
でも、大変だったなぁ、、、(遠い目)
私の場合、「就職留年」とは、1年間の休学のことである。
大学の授業の都合上、2020年10月から2021年10月まで休学するのが都合が良いので、その旨を書いた休学届を教務課に提出する。
暫く鬱のような期間が続く。(病院へ鬱病診断には行っていない。)
2020年8月
療養期間。
2週間に1回のペースでカウンセリングに通う(結果超良かったので、また別途投稿を書こうと思う)。
就活のことを一切考えず、ベッドの上でYouTubeを見まくる生活を送る。
ここでお笑いにハマる。永遠にM-1グランプリの過去回を視聴する。
友達とラフティングに行くという数ヶ月ぶりの超絶ハッピーイベントがあり、それに参加できるくらいには回復する。
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楽しかったな~
2020年9月(22卒として就活開始)
自分で振り返ってスゴイと思うのだが、9月の時点で22卒として就職活動を始めている。
あんなに「私は絶対死ぬんだ!」と泣き叫んで自傷行為までしていた自分、すごすぎないですか!?褒めて褒めて!
サマーインターンでぎりぎり滑り込みで応募できるものに応募し、結果3社インターンに参加する。
OBOG訪問を数回する。
Wantedly経由でベンチャー企業の個別説明会を3社ほど受ける。
新しく就活エージェントに登録(自己分析を一緒にやってくれたりした)。
2年目の就活(概要)
卒業年:22卒
志望業界:総合商社、BtoBメーカー、海運、石油開発など
エントリー企業数:50社以上
志望理由(本音):世界をより良いものへと変えていきたい。できるだけ多くの人の生活を支えたい。できれば開発途上国に携われるような仕事内容。大企業。海外に行けそう。適性ありそう。良い人多そう。
志望理由(建前):本音を良い感じの言葉に言い換えていた。
学チカ:部活動でのリーダー経験、国際交流活動、海外ボランティア。英語できますよ~国際感覚ありますよ~的なグローバル人材を演出。
結果:内定6社(社名は控えますが、ITベンチャー2社、BtoBメーカー3社、鉄鋼の専門商社1社からでした)
入社先:BtoBメーカー
2020年10月
なんやかんやで始まった22卒としての就職活動。
ゆうて休学して授業もなく暇なので、長期インターンを探す。
学内のキャリア掲示板で求人を探し、応募したところ運良く合格。
同じタイミングで就活をする友人数人とご飯に行ったり、高尾山ハイキングに行くなどして、メンタルを維持。
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楽しそう
2020年11月
IT系中小企業で長期インターンを開始。(結果とても良かったのでまた別途記事を書こうと思います。)ここは週2、10時~17時で勤務する。
通年採用を行っている大手IT企業の面接で爆死する。
少し詳しく書くと、私は大学でマイノリティ関連の授業を多くとっており、卒論も少数民族について書く予定でいるほどマイノリティというテーマに興味関心を抱いていた。彼らも生きやすいような社会を作れたらな~と思いながら就職活動を行っていた。
面接で「マイノリティでも使いやすい、不便無く使えるサービスを作りたいです!」と意気揚々と宣言したところ、
「でもそれって需要ないよね?」と言われ、怒りのあまり反論できずに死ぬ。
そもそもそう言ってくる企業はこちらから願い下げなのだが、上手く自分の思いを伝えることの難しさを痛感できたイベントだった。
そしてこういう傷つく発言をされたときに、SELF LOVEの大切さに改めて気付く。
また同時期に大手飲料メーカーのインターンに応募していたのだが、
「このインターンをどこで知りましたか?」という面接官の質問に
「インターン充実度ランキング1位だったのを見たからです!」と馬鹿正直に答えてしまい、爆死。もちろん不合格。
就活以外には、奈良に演奏会の遠征に行った。
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楽しかったな~
2020年12月
奈良の演奏会で一緒だった22卒就活生を集めた「キャリアセンター」という名のLINEグループが爆誕する。
ここでは「自己分析・他己分析会」や「就活の愚痴を言いまくる会」などがに加え、なんとオーケストラメンバーの中に人事担当の社会人の方がいらっしゃり、彼からめちゃめちゃありがたいアドバイスをもらう会が定期的に開催された。もちろんオンラインだったので、気軽に参加できたし、ここで自己分析がめちゃめちゃはかどった。
ここで、「自己分析ってマジで大事なんだな」と気付く(遅い)
自分の人生を振り返り、それを言語化する、他人に見てもらう、聞いてもらうことで見えてくるものは必ずあるし、それが学チカだけでなく自分の強み・弱み、最終的には志望動機にまでつなげることができるのだ。
皆さん、自己分析はキチンとしましょうね。
2021年1月
自己分析がはかどったため、志望業界、志望動機、ESに書く内容などが絞れてきた。
この時点で「学チカ400字」を3種類、「自分の性格について400字」を2種類くらいを完成させてあり、これをほぼ全ての企業のESに使い回していた。
冬のインターンには5社ほど参加する。
親との関係もだいぶ落ち着いてきたため、カウンセリングに通うのを辞める。カウンセラーさん、本当にありがとうございました。
2021年2月(内定1社目)
ここでIT系ベンチャーから内定を貰い、一安心。
しかしここで二つ事件が起きる。
一つ目は、「最終面接を寝坊してすっぽかす」事件。
朝10時からのオンライン面接だったのだが、起きたのが11時だった。
すぐさま電話してBluetooth土下座、再度日程調整をしてもらった。
二つ目は「最終面接の後にもう一回面接します」事件。
最終面接後に電話が一本来て、「ゆづさんにはもう一度面接してもらいます。そうでないと内定は出せません(意訳)」と言われ、唖然とする。
寝坊した分際で言えることではないが、「この前の面接が最終だと聞いていた。不信感が高まった」との旨を伝える。
でも最終的には内定をもらえた。
なんやこれ。
この頃から本命の企業に向けてOBOG訪問をしまくり、ウェブテスト対策を始める。
2021年3月
就活解禁ということで、震えながら1日を迎える。(「キャリアセンター」のLINEグループで深夜に不安をぶちまけ合ったのを覚えている)
とにかく死ぬほどエントリーをする。
その時excelやスプレッドシートで、エントリーした企業の情報(IDやマイページのURL、各種締め切りなど)をまとめておくと後々楽なので、これは非常におすすめしたい。こんな感じ↓でやりました。
![スクリーンショット (2)_LI](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/56156483/picture_pc_22a9cd22a0dabc5faeb078634d553713.jpg?width=1200)
この頃には志望業界はかなり定まっていた。
「第一志望を難易度MAXとして掲げておけば他は絶対受かる」という大学受験の頃の教訓を信じ、受ける企業の中で最難関の総合商社を第一志望とする。
でも正直自分には適性がないと直感で思っていたので、理想は総合商社、現実行けるのはメーカーかな~と思っていた(実際そうなった)。
ここで、1年目の就活のことを思い出してほしいのだが、私が一番苦手としていたのは、ESでもなくテストセンターでもなく、面接だったのだ。
21卒の時点で面接の合格率は1割にもみたないほどだったので、面接対策をしようと決意。
ツイッターで面接練習をしてくれる相手を募ったところ、同学科の友人がありがたいことに声をかけてくれた。(本当にありがとう)
そしてその日からほぼ毎晩、夜9時からの1時間は面接練習することになった。
2021年4月(内定2~4社目)
面接練習をひたすら繰り返したことは、本当に良かったので皆さん真似してください。
1割にも満たなかった面接通過率だったのが8割くらいに上昇した。
4月以降、一次面接で落ちたことはほぼない。
急成長ぶりがすさまじい。
面接練習では、「学チカ」「あなたの強み・弱みは?」「志望動機」などの典型的な質問から、
「あなたにとって幸せとは?」
という就活生の心にグサグサくるようなトリッキーな質問まで幅広く行った。
最終的にはお互い聞き合った質問をGoogle Docsにまとめ、「最強面接質問集」を完成するまでに至った。
4月・5月は基本的に毎日就活イベントがあった。
面接がほとんどだったが、それだけではなく、説明会、OBOG訪問、ウェビナーなどなどにひたすら参加した。これは休学して授業が全く無いためこういうスケジューリングができるのだと思う。
面接練習が功を奏し、メーカー2社と、長期インターン先1社から内定をいただく。
2021年5月
4月と特に変わらない、ほぼ毎日面接があるような日々を過ごす。
面接練習メンバーが2人から6人に増え、周りの就活状況が見えるようになる。
5月になってから最終面接を3社受けたのだが2社不合格をもらう。やはり最終面接の壁は厚い。圧倒的な志望度の高さを表明できないと入社できないのかと気付き、やはり最終面接では多少嘘をついてでも「絶対御社に入社します!!!!」と叫ばなければいけないのか、ということを学ぶ。
2021年6月(内定5、6社目、そして終活)
怒濤の総合商社面接ラッシュが始まる。怖すぎる。結果6月5日までかかり、全落ちという結果だったが、あまりのスピード感に圧倒されてあっという間の5日間だった。
3月からの3ヶ月間みっちり面接練習をしたので余裕をぶっこきあまり対策せずに行ったため、受けた商社の半分が1次落ちだった。最終までこぎ着けられた企業も2社あったがあっけなく落ち。やっぱり総合商社の壁は厚い、、、。
商社に振り回された日々から数日後に受けた某メーカーの最終面接で合格をいただき、そこに入社することを決意。
そこの最終面接の面接官がフルート奏者だったため意気投合(?)、好きなヴァイオリニストや演奏経験のあるシンフォニーの話で盛り上がる(?)など、最後の最後にレアイベントが発生した。
なんやかんや、内定先は、自分の就職活動の軸とか、希望とか適性にマッチしてるなと今しみじみと感じている。
読んでくれた皆様へ
私の就職活動の記録、なんと現時点で8300字という超大作(駄作)になってしまったが、ここまで読んでくれた人がもしいるならば、めちゃめちゃでっかいハグをしたい。ありがとうございます。
こんな就職活動をした人は世界でなかなかいないと思うので、絶対に参考にしないでください。
ありがとうございました。
お詫び&今後について
冒頭でも述べたように、「誰かの参考になってくれれば」と思いこの記事を書いたのですが、一向に参考にならない予感がします。
別途「学チカの書き方」「面接練習の仕方」「就活を乗り越えるメンタル維持方法」とかについて記事を書ければなと思います。
でもこれに関しては私よりできる世渡り上手な人がたくさんいるので、書かないかもしれません。
また、今回の記事では自分が「何を実行したか」という面ばかりに着目して、ESの内容、面接で話した内容など就活テクニックについて一切触れられなかったのが少し残念でした。分量的に無理でした。ここが気になる方は、直接会った時にでも聞いてくれれば、お話しできると思います。(知り合い限定イベですね)
色々すみませんでした。
でもそんな中でもひとこと言えること
最後に一言だけためになる(?)、というか、ためになればいいな~と思うことを一つ言うなれば、
絶対に自分のことは愛してあげてください
と言うことです。
就活しているとお祈りメールだの圧迫面接だの、周りからのプレッシャーや親からの期待でメンタルがすぐに逝くと思うのですが、
そんな中でも、自分のことは嫌いにならないでほしいです。
とっても難しいことだけれどね!!!
言うのは簡単だけどね!!!
みんな、SELF LOVEですよ。
それでは。