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3行(に収まらなかったし日付も変わってる)日記・マンガを読むのも大事な仕事【2023年12月14日】
昨夜投稿するはずが寝落ち。
ミステリ、恋愛、学園もの等アプリでマンガを5、6作真剣に併読中。
数日前に「いつも本3冊(今は4冊)ぐらい併読〜」みたいに書いているけどマンガも併読派。
例えば人を傷つける主人公がなぜそうなるに至ったか。その人の生育環境、思考、行動→その後物語がどう収束するか…ってストーリーを追うのは小説を読むことと変わらないどころかほぼ同じなのに、
マンガを読むことにちょっとした罪悪感を覚える瞬間がある。
「マンガを読む=遊び」と感じてしまっているのかも。
ツルッと「マンガも併読派」とか書いているけど、
「遊び」「遊ぶこと」を自分に許さない自分がいるっぽい。最近気づいた。
父親が読書好きだから狭い家に本棚だけはいくつもあったけど、そこに並ぶ歴史小説やミステリは背を眺めるだけで一つも手に取らなかった。
背幅が3、4センチある図鑑みたいな本が5〜6冊セットになった「世界名作全集」みたいなシリーズで「モヒカン族の最後(最期)」や「ピノキオ」を数ページ読んだことはあったけど、幼稚園〜小学校低学年の頃の自分には、挿絵がほとんどない上に小さな字がぎっしりみっしり並んだ図鑑は全然楽しくなかった。第一、本自体が重かった(物理)。
そんな本ばかりの我が家にマンガはなかった。
親戚の家や友達の家に行くと、子供部屋にマンガだけの本棚がある。
クラスの子たちが口にしていたマンガがずらっと並んでたりして、そこで読み始めるとなかなか止まらない。
教室にいるとウソだろって思うほど授業の時間はゆっっっくり流れていくのに、ページをめくっている間はほんとにあっという間に時間が過ぎてゆく。
そうしていると母親や友人の家族がやってきて「ほらほら、マンガなんか読んで遊んでないで」と口にする。
その辺から「マンガを読む=遊び」が自分の中に出来上がっていったのかも。
長くなったので続きはまた今度気が向いたら。
タテヨミのマンガはあまり好みじゃない。
追記:
先日ラジオで聴いたOfficial髭男dismの新曲「SOULSOUP」。最初の一音にはっとして、数秒のうちに引き込まれていった。とても良い曲。味わいながら聴きたい。soupだけに。一緒にカーティス・メイフィールドも聴きたい。
GRAPEVINEの全編関西弁曲「雀の子」は最初のうちはその言い回しを面白がっていたけど、関西弁という手法もほぼ意味不明の滅茶苦茶な歌詞も作者のとてつもない怒りの現れであるような気がしてきた。そんな気がしてさらに聴きたくなっている。