中絶と自己肯定文化の関係(アメリカ)
この本はAllie Beth Stuckyの著書 you're not enough ,that's okayです。
彼女はアメリカのポッドキャストのホスト、スピーカー、著者、そしてそのポッドキャスト保守的なコメンテーター。彼女はFoxNewsの常連客です。2019年11月、スタッキーはトランプ政権のプロライフ政策を支持して議会で証言しました。(ウィキペディア引用)
日本にも自己啓発文化は日に日に広がっているのをソーシャルメディアやマスメディアをとおして見受けます。
そしてそれは、私たちの身近なひと家族、友人にも広がってきています。
私はこの本に書かれているような事が日本で起こったら恐ろしいと思いました。確かに日本は保守的ではありますが、ボーダーレスになった今、情報は海を越えてやってきて、日本に影響を与えるようになっているのは、皆さんご存じだとおもいます。
今回は、1章を読み終えて私が印象に残った自己啓発、自己肯定文化が中絶を承認する文化にどれほど影響を与えているかみていきます。
アメリカの自己肯定文化の末路
Sarahは当時27歳で信頼し安定した職をパートナーがいました。彼女は妊娠が発覚しました。しかし、彼女はまだ赤ちゃんを持つ準備はできていないと感じたのです。
彼女はブログでこうつづっています。「中絶は難しい事ではなかった。難しかったのは、これを秘密にしておくこと。まるでそれは私が隠さなければいけない何か深くて暗いもののように。」
「私はセラピーに通ったの。そして、よく泣き寝入りしてたの。私が間違った選択をしたからではなく、私の周りが私が間違った選択をしたと思わせてくることに泣いたの。(次の分は本文をそのまま英語→)And ,as it turns out, the average woman has an abortion is all of us, including me. And now, i live my truth (じゃにすの和訳→)中絶を経験したことのある平均的な女性は私も含めて私たちみんな。だから、今私は自分の人生を生きている。」
ええええええええええええ、ちょっと待ってください。私の訳、間違ってるのかな・・・・・・・・・だれか、助けて。
アメリカでは#shoutyourabortion 直訳すると#あなたの中絶を叫ぼうというのがあるみたいです。そしてこれは何百回何千回とツイッター上で使われたようです。
著者は「自分自身に重きを置きすぎるとこうなってしまうと、自分や他人を傷つけた選択(今回でいうと中絶)は正しいと判断します。なぜなら、それが私たちであるために正しいことだからです。」
じゃにす的解釈↓
自分の決断がそれは私が私であるために、私の人生のために正しければ、たとえ、人の命を絶つことであっても、構わない
ここまで、くるか、と私はカフェでこれをよんで、口があんぐりでした。
日本の家族計画協会:「男女の生活と意識に関する調査」によると「最初の人工妊娠中絶を受けることに決めた理由(女性)」の2016年の1番は「経済的余裕がなかったから」で、その時に気持ちの順位の一番が「胎児に対して申し訳ない気持ち」というものでした。
普通そう思いますよね。でも、これはトラウマにはなるからこういう風には思わないでほしいという専門家もいるようです。自分の人生において必要だったこと思ってほしいそうです。
んーーーーーーーーー。やはり、自分が中心で自分を肯定する意見ですね。
みんなさんならどうおもうだろう。
確かにこの著者が中絶に反対なのはクリスチャンで、神様から授かった命を自分の意志で、自分の判断でなかったことにするそれは著者にとってあり得ないことだと思います。私もこのSarahさんは無責任のように感じました。
私はSarahさんをこの本のこのページでしか知らない。
赤ちゃんが生まれてきてから、育てられるか自信がない、経済的に余裕がなかったのか、キャリアをもっと優先したかったのか。でも、一方で、100%避妊方法はない中、子どもができる可能性はあるとわかっていながら、性交渉をしている。
子どもができたら、中絶しようと思っていたようにしか私には見えない。そうなると、ものすごく自己中心的だと感じました。