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“ノイズ”キャンセルしたい日も

耳っちいことを言ってる人がいる。
 

私は親知らずを抜くために歯医者に行った。

受付のお姉さんは電話対応中で診察券を手渡しアイコンタクトをした。
電話越しの会話なので憶測に過ぎないがどうやら揉めている様子。
受付の人も大変だなぁとぼんやり思う。
私はまだこのあと起こる親知らず抜歯よりも印象的な出来事をまだ知らない。
思えばここから話は始まっていた。

18:30からの予定で15分前に着いてお手洗いを済ませてゆったりと高そうな椅子に腰掛けていた。
ここの歯医者は通っている歯医者ではなく外科や矯正をメインとした高級そうなクリニックである。
いつもクリーニングで通っている地元の歯医者は親知らずは抜いてくれない。ケチッ!

まだ呼ばれないなと待っている間にスーツ姿の男の人が入ってきた。スーツ姿の人が歯医者に来るなんて時間や場所的にもさほど違和感のないことだが、その人は一際目立っていた。

無論、悪い意味で。

「15分遅刻したら当日キャンセルとなり、キャンセル料5000円になります。」
受付のお姉さんが繰り返し言っている。

「ここに14分に着いたから間に合っていた。」
男が繰り返し言っている。

埒が明かない。

「勝手に永遠と話を聞かされるこっちの身にもなってくれ!」と待合室の患者全員の頭から吹き出しが出ていたように思う。中には妊婦さんもいて、「ストレスをらかけるんじゃないよ!」と半ばお節介にもそんなことを考えていた。


キャンセル料を払いたくなくて「14分しか遅れてない!」と言って聞かない男と、可哀想な受付のお姉さんの不毛な会話を聞いて、イライラするのはこちらの感情が勿体無いので、お姉さんに同情の念を贈りながら私はそっとイヤホンをした。

私もお金ないけど
「5000円払ってあげましょうか?」
っと言って辱めてやりたいくらいだった。

てかこんな大人いるの?これは歳食ったガキか。
素直じゃない分、ガキよりタチが悪い。


ずいぶん立派な洋服着てらっしゃるけど、見せかけだけで実はカツカツ?ペテン師?マルチ?


あぁ文明の利器ありがとう。
今日は持ち合わせていたイヤホンのおかげで心に束の間の安寧が訪れる。
だいぶ無駄な感情を削がずにすんだ。

もはや今の私にしたら格好のネタに過ぎない。
多少の不満はここでネタとして昇華できる。
ずいぶん良い趣味を持ったもんだ。


そして気分を良くしている間に男はドアから出て行った。
「なんか帰って行ったけどあれ大丈夫なん?」
と、心の中で思う。

私の向かいに座っている黄色いパーカーを着た大柄な男性も「なんだコイツ」って顔してる。
日本人でここまで感情が顔に出るのも珍しくて面白いし仲間意識が沸く。
そんなのは一瞬で過ぎ去り、彼は受診後だったようで颯爽と帰っていき羨ましく思った。

そして私は呼ばれ、40分にわたって右下の親知らずと格闘した。

去年左下の親知らずを抜いたので前よりましか思ったが、むしろ前よりも緊張していた。
しかし手術中に心境が変化する。

あまりにもドリル→引っ張るを繰り返し過ぎているのだ。クールな女医さんだったが「着実に抜けてますからね。大丈夫ですよ。」という声かけに「あぁ。これは大変だ。内心焦っている自分をなだめるように言っているな。」と思った。

緊張も吹っ飛び、右下の親知らずに「君はもうお役御免だよ。ありがとう。出て行っておくれ。」と声をかけるが効果はない。たぶん最後に爪痕残したいタイプだった。

何とか耐えぬき「抜けましたよ」と声をかけられたがそんな実感はなく、「抜いた」よりも「粉砕した」ような体感だった。そして3分割された歯を見てその感覚は間違ってなかったと頷いた。

達成感と疲労感でふーっと息を吐きながら待合室に戻ると、何やら嫌な雰囲気が流れていた。


なんとなんと!
一度帰ったはずのあの男がまた戻ってきていた!
受付のお姉さんにまたイチャモンをつけている。
I’ll be back じゃないんだよ。

ゆったりしたいところだったが、親知らずの記憶は吹っ飛びその不毛な会話が耳に流れ込んできた。

要約すると、元々18:00〜18:30の予約だったがクリニックから電話で確認して17:45〜18:15に変更した。

17:45の予約で18:14に来たら遅刻だろうと思うのが普通だが、男の言い分によると、

「17:45に変更したのはクリニックの都合だし、契約書には15分遅刻したらキャンセルって書いてあるから当日キャンセルじゃないだろう。」と。

すると受付のお姉さんが
「お電話で確認して17:45〜で可能とのことなので予約を変更しました。そして時間になってもいらっしゃらないので、18:14にキャンセルになる旨を伝えるためにお電話しましたよね?その後にいらしたので到着されたのは18:15です。」
と、理路整然と話す。


「電話はとったけど俺は18:14に着いていた。」

お姉さん
「もうすでにキャンセルになっているので当日キャンセルとなりキャンセル料がかかってしまいます。」

かれこれ現在時刻は19:20である。
まだ納得していない様子だが、ようやく次の予約に関する話に移った。

これまた当然だが矯正専門の先生はなかなか予約が取れず、最低でも5週間後らしい。

というかこの人はマウスピース矯正を始めたばかりの人らしい。知りたくもないのに勝手にこの男に関する情報が増えていく。 


「じゃあ僕は5週間もこの同じマウスピースをつけ続けなきゃいけないんですか?」
「そんなの汚いからイヤです」

はぁ、口頭での約束と時間が守れなくて日本社会で何が出来ると言うんだろう。この人は一体何の仕事をしてるんだか。絶対に関わらないために知っておきたいくらいだ。

仕事は何だろうとまじまじと男を観察した。
パーマする時間と金があるなら、もう少し自分を見つめなおすことをおすすめしたい。

話しぶりから勝手におじさんかと思っていたら意外と2.30代の様子で「同世代かよ...」と失望する。
最近の若者はってあの人と同じ世代として括られたくない。


つい先日、満員電車でほのぼのした出来事があったのに、まさか歯医者でこんなことに出会うなんて。

やはりこういうこともあるから“ノイズ”キャンセルは使い分けが必要だ。

Noteの神様は私に書かせるように話題に事欠かないようにしてくれているのだろうか。

そんなことを思いながら帰り路についた。