スマホがない旅
スマホを忘れてきた。
気がついたのは、熊谷駅。早朝に実家を出て、父にクルマで送ってもらい、別れたあとだった。
改札に向かうエスカレーターを上がりながら、「あれ?」となった。
目の前に、公衆電話が現れた。
たしかテレホンカードがあったはず。手帳には、父と母の携帯番号が記載してあった。
父に電話するも、出ない。運転中だろう。
母に電話すると、出たが切れてしまった。もう一度かけ直す。
このあたりで、慌てていた気持ちがずいぶんと落ち着いていることに気がついた。
「今日はスマホなしでいける」
ふたたび電話に出た母に、明日東京に来るついでに一緒に持ってきてと告げる(母は明日、家に来る予定になっている)。
今日はレギュラーの仕事が2つある。行ったことがあるところに行くから、スマホに頼らなくとも大丈夫なはず。
とはいえ、ここからは集中の連続だ。昨夜スマホでぱっと確認した乗換案内をよくよく思い出す。駅のきっぷ売り場に掲げてある路線図を凝視する。
1件目の取材先は、浅草橋駅が最寄り。熊谷から上野駅まで行って、山手線で秋葉原。そこから総武線で浅草橋まで行けばいい。
だけど、浅草橋から取材場所への行き方がおぼろげだ。いつも、都営新宿線の馬喰なんちゃら駅から歩いて行っていたからな。馬喰横山? 馬喰町? なんていう駅だったっけ……?
新宿で乗り換えて、都営新宿線に乗り換えるか? でもどのくらい時間がかかるかわからない。
ノートパソコンは持っていたが、高崎線内はWi-Fiが飛んでいない。Wi-Fiがなければ、重い鉄の箱だな……。
私が乗った電車は上野東京ラインであり、新宿には止まらない。自力で浅草橋まで行くことにする。
浅草橋駅に到着し、人通りの多いほうの改札を出る。公衆電話があるとふんで。たしかに公衆電話はあった。取材先に電話して、駅まで迎えに来てもらおうという算段をしていた。上野駅で乗り換えのタイミングで電話をしたかったけれど、公衆電話が見つけられず。
スマホがないと、人にお願いをする回数が増える。ヘルプをいかに出せるか。そんなことを考えて、忙しい仕事仲間に助けを求めようと考えたのだ。
浅草橋駅の出口には、公衆電話の手前にタクシー乗り場があった。……作戦変更。取材先の住所をパソコンを開いてPDFで確認する。タクシーに乗ることにした。
運転手さんに近くてすみませんと言いながら、スマホを忘れたことを伝える。
「そりゃあ大変だ!」と言われ、すっかり気が済んでしまう。
無事に取材先に到着することができた。
インタビューは、仕事仲間のスマホの録音機能を使わせてもらう(ありがとう)。アクシデントがありながらも、いいインタビューだった。
取材先のWi-Fiを借りながら、次の仕事の人たちにスマホを忘れて連絡がとれないことを伝える。
「約束の時間に、水戸駅の改札前で待ってます!」とすぐに返事が来る。
待ち合わせ場所もこうやってしっかり決まっていれば安心だ。上野駅に戻り、シュウマイ弁当を買って、みどりの窓口で水戸行きの特急列車のきっぷを買う。窓口の人がていねいに対応をしてくれた。
スマホがいかに頼りがいがあるかを実感する。けれどスマホがなくても、世の中は手を差し伸べてくれることがわかった。公衆電話(なくならないで!)、看板や掲示板、困ったときに助けてと言える人がいる。
スマホがないことで、気がついたことがたくさんあった。
朝一番の車窓からの景色はベールが一枚とれたように、目に優しく流れていくこと。
上野駅ホーム、特急の2号車乗り場付近は駅そば屋のよるお出汁のいい香りがすること。上りと下りのホームでメニューが違うこと(上りホームにはラーメンがある)。そば・うどんが売り切れると、店のおばちゃんが自動販売機を調整にし来ること(期間限定のきのこラー油そば・うどんが売り切れていた)。特急列車が入ってくるまでの15分間、存分に観察させてもらった。
今度、7・8番線の駅そばを食べるぞと思えた自分は、今朝スマホを忘れて、ちょっとよかったじゃんと思っている。