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『三つ編み』

カナダで暮らしている末の妹・栞が帰国し、久しぶりに家族そろって過ごした年末年始。
この栞さんの提案によって、わたしたちは“例年通り”ではない過ごし方をした。横浜で開催していたクリスマスマーケットへ見物に行き、「そこでプレゼント交換をします」という声かけにより、12月はいつもより頭の中に「贈り物」がちらついていた。

プレゼント交換とは、届ける相手が決まっていない。この場合、母と2人の妹が手に取る可能性がある。そのうえ「予算は2000円ね」ときた。この金額設定も、難易度が上がる。たくさん悩んで、縁あって出店したアートフェアで、人気のブースから手ぬぐいを求めた。

横浜のホテルでプレゼント交換(栞が4人部屋を探して取ってくれた)。誰が誰のプレゼントを受け取るかは、あみだくじで決めた。
自分が選んだものは喜んでもらえるだろうか? ドキドキしながら、あみだくじの結果を待つ。

結果。
わたしが選んだ手ぬぐいは、妹・梢さんの元へ。わたしは、母からのプレゼントを受け取った。梢も普段、手ぬぐいを使っているとのことで、喜んでくれた。よかった。

母からの贈り物の包みをほどくと、中からは巾着袋に入った文庫本が出てきた。
読書家の母ではあるが、これまで本を贈られたことはなかった。
「へえ、意外」
本のタイトルを見る。

『三つ編み』
レティシア・コロンバニ 著 齋藤可津子 訳
早川書房 刊

母は読んだことのある話ではなく、書店でビビッと来たものを求めたと言っていた。

***

横浜からの帰りに電車でページを開く。

国も境遇も異なる3人の女性が登場する。シンプルで淡々としながらも力強い筆致に、圧倒される。特に、インドの「不可触民」と呼ばれるスミタの存在に、目が離せなかった。知らない現実がそこにはあった。彼女のことを祈らずにはいられない。

カナダに住む弁護士のサラにも感情移入をした。仕事を最優先とし、どんなときでも働くために、さまざまな仮面を持ち、その時々に合わせて素早く付け替えなくてはならない。「24時間闘えますか」状態。こんな状況が、かつての自分にもあったかもしれない。

イタリアのジュリアは、家族経営。意見のぶつかり合い、周囲の無関心に心を痛めながらも、運命に対してひたむきに、強かに向き合っている。

……おお、こう来たか。

物語が幕を閉じたのは、今週はじめ。ページを開いたときと同じように電車に乗っていた。降車駅のアナウンスが車内に流れ始めたときだった。

この物語をこのタイミングで読めて、よかった。
本を閉じバッグへしまい、駅の階段へと足を進めながら思った。

***

年が明けたら髪を切ろう。
年末に、そう決めていた。

美容師で友人のえっかに連絡を入れる。
てきぱきとした彼女の対応で、予約はすんなりと決まった。

「31センチ取って」

ヘアドネーションをするのに必要な長さだ。小児がんや先天性の脱毛症、事故などで髪を失った子どもたちに無償でウィッグを提供する活動のことをいう。わたしにとって、2度目となるヘアドネーションは慣れたものだ。

送付先を書いたレターパックを用意して持っていき、束ねて31センチ分にカットした髪をまとめて袋に入れて梱包(簡易でいい)、美容室の帰りに発送する。

前回よりも伸ばす期間が短かったので、残りを切ってもらうとショートヘアーになった。久しぶりの襟足のジョリジョリ感が楽しくって、何度も触って確認している。マフラーや肩掛けカバンが髪にひっかかることも、もうない。

髪を伸ばすことも切ることも日常の中のこと。だけど、髪は神聖なものであり、自分の一部であったもの。
『三つ編み』を読んだことで、わたしの髪にも物語があったことを感じられたし、この登場人物たちとの不思議な連帯感をもつことができた。

しかし、頭を洗うのが簡単。ドライヤーをあてれば一瞬で乾く。
しばらくこの喜びは、手放せそうもない。

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