アジアの南端
シンガポールのミナミ(番外編)
セントーサ島という明らかに私の柄に合わない場所に行った理由は、かなりミーハーなものだった。
なんてことはない、セントーサ島の南にあるパラワンビーチが、コロナ禍以降好きになったアーティストの新曲のMVのロケ地だったのだ。
しかも、シンガポール行きを心に決めた後で発表されたのだから、誰だって運命を感じるだろう。
セントーサ島までは、チャイナタウン駅から地下鉄でハーバーフロント駅まで行き、そこからセントーサエクスプレスというモノレールに乗り換える。
ハーバーフロント駅から表示に従って進むと、船着場の表示がある。
フェリーがあるなら乗ってみたいと思い、ウロウロしていたが、どうやらそこから出る船はマレーシアやインドネシアに行く比較的長距離のものらしい。
セントーサエクスプレスの駅はハーバーフロント駅と直結していない。隣のVivo cityという商業施設にあるため、右往左往しながらようやく辿り着いた。
カウンターでチケットの金額を聞くと4シンガポールドルだと言う。
あまりに高い。なにせ、この国の地下鉄の初乗りは1シンガポールドルくらいなのだ。
というか、440円ほどである。日本円に換算してみたところで、高い。
だが、ここまできたなら行くしかない、となけなしの金を払い、浮き足だった家族連れの客と共にモノレールに乗り込んだ。
モノレールはどことなく、ディズニーリゾートを走るモノレールに似ていた。
島にはUSJもあると言うし、セントーサ島はテーマパークなのだ。ビーチにカジノもあるから、老いも若きも安心だ。
4ドルくらいは我慢しなければな、とふと窓の外を見ると、セントーサ島はシンガポール島と驚くべきほど近く、橋がかかっている。
しかもその橋には日差しまでついていてボードウォークのようになっている。
…歩けたな。帰りは歩こう、と心に決めた。
モノレールはUSJのあるリゾートワールド駅、インビア駅を超えて、ビーチ駅に到着する。
シンガポールの雨季はかなり時間に正確で、10時半ごろから大雨が降り、1時間もしたらケロッと晴れる。次の雨季タイムは1時か2時である。
私が到着したのは10時半ごろ。ビーチ駅は土砂降りであった。
いつまで続くかわからない雨をやり過ごすのは精神的に負担だが、終わるとわかっていれば気が楽だ。
庇の下で、インド系の年老いた観光客と共に雨が止むのを待った。
雨は30分もすれば止んだ。
目的のパラワンビーチはビーチ駅から歩いてすぐのところにある。
椰子の林に囲まれていて、一部はホテルの占有物のようになっているものの、奥に進むと、驚くほど人がいない。
それでいて、海は明るいブルーで息を呑むほど美しい。
ビーチは二つの区画からなる。
駅に近い方はホテルのすぐ前にあたる。
そこから、もっと穴場的な雰囲気のところになる。
この二つの区画を隔てているのは、ちょっとした離島と、それをつなぐ吊り橋である。
吊り橋は、伝統的なスタイルで、縄と木でできている。
撮影スポットのようで、写真を撮る人がいくらかいた。
せっかくなので渡ってみると、離島側の橋の袂で、とある看板を見つけた。
そうか。ここは大陸の南端なのだ。
よく考えれば想像のつくことだったが、思っても見なかったことだった。
そういえば、マレー半島はインドよりも南まで続いており、その先端はほぼ赤道である。
(セントーサ島はもちろん、シンガポールも島である、というのは、一度傍におこう)
実を言うと、資金や期間の問題で、チェンマイまで足を伸ばすか迷っていた。
しかし、偶然ながら南端を見つけてしまった今、南端から半島の付け根まで行く、というアイデアを実現したい、いやむしろ、実現しなければならない気がしてきた。
静かなビーチに移り、赤道の向こうから押し寄せる波を眺めながら、ミーハーな理由からではあったが、ここに来れたのはよかったと感じた。
ここから、始めよう、と。