本当の牛タン(店名のないグルメ紀行)
仙台に行った時のことだ。
その日の私は慌ただしかった。
石巻から朝早くに平泉まで行き、紆余曲折を経て、仙台のホテルに入った。
そんなバカな旅の仕方をした時は、うまいものを食うに限る。
だが、仙台は初めてで土地勘もない。
ネットで調べればすぐに店なんて見つかるだろうが、それではつまらない。
昔がたきの刑事ではないが、うまい店は足で稼げ、である。
牛タン屋を探せ
仙台といえば牛タン。
誰が広めたかは知らないが、そんな等式がある以上、牛タンを食わないわけにはいかない。
駅前の商店街や、繁華街、並木道が綺麗な大通りなど、疲れた足を引きずって歩き回る。
ところが、「ここだ!」と思える店になかなか巡り会えない。
腹も空いてきた。
だんだんと私もひよってきて、牛タンさえ食えればいいか、と思い始めていた。
そんなとき、商店街から一本入った路地で、赤く灯った小さな看板が目に入った。
そこには「牛たん」とでかい字で書いてあった。
小さな入口は引き戸、暖簾がかかっている。
牛タン屋というとチェーンの印象があったが、こういう店もあるのか。
店からは煙が立ち上り、マスク越しでもうまそうな香りがする。
しかし、戸はしっかりとしまっており、入りやすいとは言い難い。
だが、このチャンスをものにしないわけにはいかない。
小さな店の小さなカウンター
ガラガラっと扉を開けると、狭い店内に思ったよりもたくさんの客がいることがわかった。
観光客というより、仕事帰りの地元の人が多いように見える。
壁に何枚かサイン色紙があったので、ひょっとすると、有名店の可能性もある。
いい店を引き当てたようだ。
「カウンターにどうぞ」
とテキパキとした口調で店の女性が言う。
私は言われた通り、奇跡的に空いていたカウンターの一席に腰掛けた。
塩梅がわからないので普通の量の牛タンを、ご飯とテールスープのセットで頼む。
飲み物は地酒と行きたいが、残念ながら私には日本酒の知識が皆無だ。
だが、知らなければ聞くことができる。
聞けば旅先の貴重な会話が生まれるというものだ。
「すみません、この辺りの地酒が飲みたいんですが、何かおすすめはありますか?」
すると店員の女性は、
「まあ、日本酒は結局は好みになっちゃいますけど・・・私は『日高見』が好きかなあ」と答えた。
この答えかたが好きだった。
私は乗っかって『日高見』をコップで頼んだ。
酒はすぐに出てきた。キリッとしていて、それでいて甘味もしっかりしている。
なかなかうまい。
酒をちびちびやりながら、カウンターを眺める。
店員は(少なくともこの日は)三人。
おじいさんと、さきほどの女性と、もう一人アルバイトらしき若い女の子。
おそらく女性とおじいさんは親子で、店を切り盛りしているのは女性の方。
きっと彼女が店主である(聞いてないのでわからないが)。
肉も店主が焼いているわけだが、1階も満席の上、2階席もあるようで、なかなか大変そうである。
だが、それでもバイトの女の子と談笑したりしつつ、テキパキと仕事をする姿は見ていて気持ちがいい。
それに、炭火で焼かれた牛タンの香りを堪能しながら酒をやるのは何とも贅沢な時間だ。
ほろ酔い気分でカウンターの会話を何となく聞いていると、時折、宮城弁らしき言葉が聞こえてくる。
宮城弁を宮城で聞くのは当たり前のようだが、仙台ではっきりとした方言を聞いたのはこの店が初めてだった。
まさに地元の飲み屋。本当に良い場所を見つけた。
「おまたせしました!」
と店主がカウンター越しに牛タンの皿を出した。
よし、ついに主役の登場だ。
本当の牛タン
牛タン、漬物、テールスープに麦飯。
まさに王道の組み合わせだが、気取らない皿に豪快に盛られていて、「これが本場の牛タンか」と妙に納得する。
牛タンもチェーン店にありがちの整った見た目ではなく、「肉を焼いた」ワイルドな見た目だ。
牛タンを一枚、まずは単体で口に運ぶ。
驚いた。
鼻に抜ける炭火の香り、じわっと広がる肉汁、分厚い肉の豪快な食感。
今まで食べてきた牛タンは一体何だったのか。
今、私は、本当の牛タンを、食っている。
タン塩も、上品な牛タン定食も、みんなぶっ飛んでしまった。
麦飯も、漬物も、テールスープも、最高にうまい。
特に胡椒の効いたテールスープは、陸奥の寒さに凍えていた体に活力を与えてくれた。
だが、牛タンの衝撃はそれ以上である。私は未だ、あの牛タンを超える牛タンを見つけられずにいる。
惜しむらくは、「普通」の量で頼んでしまったことだ。
大盛りにして、もっと味わっていたかった。
非常に満足して会計を済ませ、
「ごちそうさま」
と声をかけると、店主が、
「大丈夫でした?『日高見』」と聞いてきた。
「ええ、すごくおいしかったです。バランスが良くて」
と答えると、店主は嬉しそうに、
「よかった」と言う。そして、
「うちにはないんですけどね、仙台だと『伯楽星』もおすすめですよ」
また仙台に来る楽しみができた。
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