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震災サバイバーとしての(?)いぎなり東北産についての試論――カタストロフィの表象(不)可能性の逆説


震災といぎなり東北産

久しぶりに、アイドルの話(に見せかけた、自分の教育学的思考の整理)。

いぎなり東北産についてごく基本的なことを言っておくと、東北出身の9人からなる女性アイドルグループである。なお、「いぎなり」は共通語でいう「いきなり」の誤植でも、なまった形でもない。「たくさん」とか「とても」を意味する、主に宮城県で使われる方言である。

彼女らは東北出身ということで、各自程度のちがいはあれ全員が幼少期に東日本大震災を経験している。
たとえば橘花怜(宮城県産。イメージカラー:ピンク)は、避難所生活中に周りの人たちが笑顔を失っていくことの歯痒さが基点にあって、笑顔を生み出すアイドルを志したという。

また伊達花彩(宮城県産。イメージカラー:赤)はNHKの取材に応える中で、被災体験によるPTSDに苦しんだ(苦しんでいる)ことを告白している。

このようにいぎなり東北産は東日本大震災というカタストロフィと切っても切れない関係にあり、また震災によって被害を受けた東北地方の復興・振興を活動理念のひとつとして持っている。
そのことは、上記のようにメンバーが活動の基盤として被災体験があることを語っていることや、グループ名に「東北」の名を冠していること、積極的に地元企業とのタイアップ や復興応援コンサートへの参加に臨んでいること、ライブコンサート中での発言などに明確に表れている。

また震災から3000日を数える時期には『3000days』という曲が発表され、そこには避難所での色のない生活を想起させる歌詞が綴られている。

幼少期に被災を経験しながら現在はアイドルとして輝く彼女らに対して、「震災による悲しみを乗り越え逆境に負けずに戦い続ける少女たち」というキャッチコピーをつけることも可能であろう。
しかしながら彼女らは、震災体験を感動的な「お涙頂戴」な物語とすることからは距離をとっているように見える。
というのも、いぎなり東北産の曲には、先にあげた『3000days』以外には、「3.11」を直接的に扱うものはない。
全体的にはライブコンサートでの盛り上がりを意識した曲がほとんどで、特に多く見られるのは、「復興」などをいちいち持ち出すことなく東北の魅力を伝えようとする曲である。
つまり彼女らは、少なくとも曲中では、自ら進んで「3.11」を表象しようとはしない。

カタストロフィの表象(不)可能性との向き合い方

では、なぜ彼女らは「3.11」を表象しようとしないのだろうか。私の想像の域を出ないが、少なくとも二つの理由が考えられる。

①「レジリエンス」の一般化への抵抗

一つに、震災から完全に立ち直ることができない、ましてや舞台上で輝かしく歌って踊るアイドルのようにはなれない存在への配慮があるのだと思われる。
ちなみに、「立ち直る」ことを表す語としての「レジリエンス」は、震災以降注目され学術書・一般書問わず使われるようになり、人口に膾炙した。この語はもともと生態学や安全工学、心理学など個々の学問内部でそれぞれ学問的に定義されたものだが、いまやこの語はそこでの定義から離れて使用されるようになっている。このことを批判的に眺めた渡名喜(2023)の言葉を引いてみよう。

分野ごとに局所的に見ると精緻に定義されつつ、大局的に見るときわめて多義的に用いられている概念〔レジリエンス--引用者注〕が、「震災以降」という文脈において社会に向けて政治的にも学術的にも推奨されていくことは、実際に、大きな影響をもつだろう。ここでは、〔……〕「レジリエンス」が、内実の伴わない「モットー」として使用されるようになっている点には目を向けておきたい。〔……〕「レジリエンス」という語が、災害からの復興という文脈のなかで、精神的な困難を乗り越えるための回復力という大まかな意味で、それなりに関心を惹きつけるモットーとして機能するとみなされている〔……〕。

渡名喜庸哲(2023)「災後のしなやかさ:東日本大震災以降の「レジリエンス」の広がりについての批判的検討」『環境倫理』第5号、法政大学人間環境学部 吉永明弘研究室、80-81頁.

本来は学問的に綿密に定義されていた「レジリエンス」が、いまや多義的に使用され、多くの人の注目を引く概念として「モットー」化しているという。では、そこで起こることは何か。もう少し参照してみよう。

渡名喜は、レジリエンスという概念の変遷を追った地理学者のマーク・ウェルシュや政治学者のジョナサン・ジョセフを引きながら、次のようにまとめる。

レジリエンス概念が、〔……〕現代社会における主導的な概念になる際、まさしくフーコーのいう「生権力」の特徴を備えているという。〔……〕生態学的な適応という概念に基づくレジリエンス的統治も、まさしく自らの統治性を「自然」的なものとみなすわけである。さまざまな種類の災害が立て続けに生じ、社会的な予防が十分に機能しないなか、災後の「逆境」に対しては、あたかも自然のプロセスにおけるように、各々の主体はそこに能動的に適応し、順応することが求められるということだ。

同上、83-84頁.

つまり、もともとはある特定の者が災後に発揮していたにすぎない「レジリエンス」という概念・能力が政治的な文脈に持ち込まれ、それが「自然」的・普遍的に獲得可能なものと見做されるために、(ときには社会扶助の責任が問われないままに)「逆境」に陥った個人が能動的に「レジリエンス」を発揮することを求められるようになってしまう、ということである。ここでは、フーコーの言うような「統治性」を発揮するものとして「レジリエンス」概念が機能しているという。

いぎなり東北産に話を戻そう。
もしも彼女らがステージ上で「3.11」を想起させる歌詞を歌いながらパフォーマンスした場合、「『3.11』の悲劇から立ち上がり輝きを放つ少女たち」というシナリオ想起を可能としてしまう。
それはつまり、「レジリエンス」が一般化・強要されることで生まれる「統治性」を生産することになろう。
しかしいぎなり東北産の曲には、「3.11」という絶望からの輝かしい復活を歌い上げるものはない。
先にあげた『3000days』を見てみても、全編を通してそこで歌われているのは、故郷を失ったことへのただただやるせない想いである(もっとも、先にあげたリンク先のライブ映像のように、『3000days』と別のポジティブな曲を組み合わせることによって絶望からの復活を演出することは大いに可能である)。

②画一的「被災者」「当事者」像への抵抗

いま一つは、第一の点とも通ずる要素もあるが、安易に「3.11」を表象することによってそこから抜け落ちてしまうものへの配慮である。
言い換えれば、「3.11」というカタストロフィの表象不可能性を真っ向から受け止めているということになるかもしれない。
「アウシュビッツ以後、表象することは野蛮である」というアドルノの言葉が思い出されるが、何がしかを表象することには少なからず「野蛮」な要素が含まれうる。

具体的な話を出せば次のようになろう。
本来的には日付を表すものでしかない「3.11」が東日本大震災というカタストロフィと結びつけられ、そこに「当事者」の想いが接続されるやいなや、「3.11」はある特定の記憶を指し示す固有名詞として機能し始める。
そこでは、「部外者」である「非当事者」や、被災した者であってもその程度が異なる者による意味の付け足しが許されざる空気感が醸成される。

これに関することは、メンバーの伊達花彩がいみじくも述べてくれている。

メンバーは9人で何人か被災していて、津波は来ていないけれど違うことでちょっと違う感情の子がいたりしたので、幼いころの自分だったらあまり理解できなかったこととかが、自分が成長していく上で話を聞いて理解できるようになるので

NHK「"あの日"子どもだった伊達花彩さんが伝えたいこと」
https://www.nhk.or.jp/sendai-blog/tokushu/311densho/491757.html

まず、「メンバーは9人で何人か被災していて」という部分に注目したい。
たとえば藤谷美海(山形県産。イメージカラー:水色)は、発災当時は東京にいたために、地震による揺れそのものに対してはそれほど怖さを感じていなかった(感じることができなかった)ことを同じくNHKへの取材で語っている。

藤谷を含め、当時東北圏にいなくとも日本に(あるいは地球に)住んでいた者であれば、地震による直接的・間接的な被害はとてもリアルに感じられたはずであり、そういう意味ではあの時、ほとんどの者が何がしかの意味で「被災」した「被災者」であり、また震災の「当事者」であると言ってもよい。
しかし津波の脅威が迫り最も悲惨な被災地の一つである場所で震災を体験した伊達にとっては、藤谷のように震源地周辺(=「被災地」)から離れた場所に当時いた者は「被災」していない者と感じられたのだろう。
伊達の言葉には、「3.11」という言葉によって「被災者」「当事者」が想起されることで「違う感情の子が」生まれてしまうことの不可避性が現れている。

また続く部分、「津波は来ていないけれど違うことでちょっと違う感情の子がいたりした」という部分にも、私たちは思いを馳せる必要があろう。
同じ宮城県・東北圏のなかでも、地域や場所によって被災の度合いには当然ちがいがある。
また比較的近い場所で被災した者であっても、被災時の状況や家庭環境、個人的経験・価値観によって震災・被災の捉え方は当然異なる。
そのような細かなちがいによって被災者間の分断が生まれてしまうことは、原発事故の後処理問題に顕著に現れている通り、現在進行形の課題である。

ではまた、いぎなり東北産の話に戻ろう。
ステージ上で唯一の「3.11」を表象してしまうことによって生まれる「当事者」間の分断・すれちがいを避けるために、意識的にパフォーマンスを行っているように私には思われるのである。

そこでまた注目したいのは、彼女らのなりふりである。
身につける衣装やメイクは、これまでの日本の多くのアイドルグループが打ち出してきた「無垢な少女」像からは明らかに逸脱している。
もちろんアイドルにありがちな「可愛らしい」意匠が込められ統一感が意識された衣装ではあるのだが、RPGのファンタジー要素が入れ込まれた衣装やヤンキー風の特攻服を意識した衣装などがあり、そこにメンバーそれぞれの個性が現れるようなデザインが採用されている。
より直接的には、ほぼすべての衣装にどこかに個人名が刻まれているという特徴がある(活動初期には、名前が刻まれたゼッケンを着けてパフォーマンスしていた)。

なお、カタストロフィ後の世界において名を呼ぶこと/呼ばれることの倫理については過去の映画レビューでも書いているので、ぜひご覧いただきたい。

そして染髪や奇抜な髪型、ピアスなどを好んで採用するメンバーも多い 。
葉月結菜(宮城県産。イメージカラー:青)は、2018年の高校一年生時点から髪を染めて金髪にしていた。安杜羽加(福島県産。イメージカラー:黄)は、自他ともに認める「ギャル」キャラで、ヘソ出しやピアスを基本スタイルとしている。律月ひかる(秋田県産。イメージカラー:純白)は、ステージ衣装だけでなく私服でもお姫様系のものを好んで身につけている。

そうして全面に演出された個性が、ノーメイクでの登壇(3年ほど前に終了)、口パクを許さない生歌での歌唱、全身を使ったダンス、MC中・パフォーマンス中のわるふざけ、などによって遺憾なく表現される。
そこには、統一的な「少女」さらには「被災者」イメージが避けられることで、彼女ら一人ひとりの、ありのままの人となりの現前が可能になっている観がある。

表象の〈閉ざされ〉から生まれる〈開かれ〉

ただし、たとえ彼女らが意識的に「3.11」の表象を避けているとしても、観客がパフォーマンスから「3.11」を想起することが全くないわけではない。
というよりむしろ、「いぎなり東北産」というネーミングや、曲中に登場する祭りや食文化、方言などの東北に関する情報は、間接的に「3.11」を観客に想起させざるをえない。
また先にあげた『旅の途中』や、『負けないうた』といった楽曲には「3.11」の隠喩が含まれていると解釈することも可能であろう。

さらにはYouTubeのコメント欄やニュース記事での語られ方などに明確に表れている通り、ステージ上で輝く彼女らに、震災でダメージを受けた東北(さらには停滞を続ける日本)の希望を託そうとする者は少なくない。

ここで起きているのは、彼女らのステージ上での表現が「3.11」に対して〈閉ざされ〉ることによって「3.11」の不在が浮き彫りになり、その不在を観客たちが感じ取ることによって人それぞれの「3.11」が想起される、という逆説であろう。
これによって、観客それぞれが思い思いの「3.11」を持ち寄り、差異を前提としたゆるやかなつながりを作ることが可能になる。
つまり、表象の目的が限定的なものに〈閉ざされ〉ることによってこそ、外部への〈開かれ〉がもたらされうる、ということである。

この逆説は、前節で見たような「3.11」の表象不可能性(の逆説)を受け止めた結果実現されたもののように思える。つまり、どれだけ「3.11」を過不足なく表象しようと努力(=〈開かれ〉を志向)しても、必ずそこから除外される、他の「3.11」の表象可能性が生まれてくる(=不可避の〈閉ざされ〉)。カタストロフィを積極的に表象しないという、ある意味では開き直りともいえる態度が、むしろここでは最大限の意味を持っているように思える。

なお、画一的な「当事者」が想定されることで生まれてしまう分断への対策とそこにある希望については、すでに大塚(2022)によって「分有」をキーワードに示されている。

 分有の概念は、本当/にせものの当事者、深刻度の高い/低い当事者といった当事者間の分断や、属性を基準とした当事者/非当事者の分断を超える。わかりあえること、共感しあえることを前提としなくとも、誰もが自分なりの仕方でできごと(記憶)を分有できる。
〔……〕
 当事者/当事者性を、属性や経験の有無にとらわれないものとみなすことが許されるならば、「当事者とは誰か?」という問いに対して、誰もがそれぞれのかたちで当事者でありうる、と答えることができるだろう。そこを出発点とすることで、私たちは、さまざまな分断を乗り越えることができるのではないだろうか。

大塚類(2022)「「当事者」について記憶の観点から考える――当事者研究と現象学的研究を手がかりに」山名淳編著『記憶と想起の教育学――メモリー・ペタゴジー、教育哲学からのアプローチ』勁草書房、76-77頁.

「3.11」の継承に向けて

そこで私が主張したいのは、このようにして生まれる〈内〉と〈外〉とのせめぎ合いによってこそ、特定の「当事者」によって引かれる「3.11」の境界とそれによるしがらみを打破することができないか、ということである。
実際に私も、いぎなり東北産に導かれることでそれまでほぼ関わりのなかった東北を定期的に訪れるようになり、たとえばせんだいメディアテークの活動や震災遺構への訪問を通して「3.11」の継承のリレーに参加するようになった。
画一的な「当事者」像が明示されないことによって、私という「非当事者」がある意味での「当事者性」をもって「3.11」に関わるようになっているのである。
このような過程で起こる、「3.11」の「非当事者」への〈開かれ〉のメカニズムとダイナミズムを分析することの価値はかなりの程度認められよう。


しかし私はすでに、冷静な立場から分析をするにはあまりにもいぎなり東北産に入れ込んでしまっている。
そのためこの文章をきっかけとして彼女らを新たにまなざすことになる人による批評と、それによってもたらされる〈開かれ〉を待ちたい。

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