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【MLB】贅沢税ペイロールの計算方法

贅沢税の支払いの有無や額を決める際に用いられる贅沢税ペイロールの計算方法をまとめてみました。需要は皆無と思われますが。

2022-26のCBA(労使協定)に基づいて説明しています。私の英語力や理解力、国語力の不足により、説明が誤っていたり抜けていたり分かりにくかったりする場合があります。指摘していただけると幸いです。

私自身特に定かでないところ、疑問があるところには※をつけています。


1.贅沢税ペイロールの構造

各球団のペイロールは、おおまかに、12月2日から翌年12月1日における、以下の4つの費用から構成されます。

  • 40人枠の選手のサラリー

  • 移籍等に伴うサラリーの調整

  • 選手の福利厚生(Player Benefit)の費用の1/30

  • 調停前ボーナスプールの1/30

1つずつ見ていきます。

2.選手のサラリー

選手のサラリーは主にAAV(Average Annual Value)とその年の出来高、エスカレータ条項による増加額の和から算出されます。

2.1 AAVとは

AAVはおよそその選手の契約期間中の1年あたりの平均保証額を表し、一般的に

保証総額の現在価値÷保証年数

で求められます。保証総額・年数は基本的には選手側にとって保証されたそれらと思っていただければよいです(例外あり)。

Averageという単語からも分かるようにCBAでは複数年契約に対してAAVが用いられていますが、単年契約にも適用できるのでまとめて説明します。

2.2 保証総額・年数に含まれるもの

以下のものは基本的に保証総額・年数に含まれます。

  • 基本給

  • 契約金

  • 選手オプションやオプトアウトの設定年以降(例外あり)

  • 保証年とみなされないオプションに付随するバイアウト

契約金は保証期間に渡って等分して考えます。
また、選手オプション(以下オプトアウトも含みます)の設定年以降は、選手オプションを破棄した場合に受け取る金額(バイアウト)が、選手オプションを行使した場合に受け取る基本給の合計の50%を超えるならば、保証総額・年数に含まれません。

基本給を低く、バイアウトを極端に高額に設定することでAAVを不当に低くする抜け道を塞ぐためのものと思われます。

こうした保証年にみなされない選手オプションや2.3で示すオプションにバイアウトが付く場合、そのバイアウトは契約金とみなされ、保証総額に含まれます。

複数のオプション年に関するバイアウトが存在する場合は、最初のオプション年のバイアウトのみが計算に考慮されます。ただし、選手が最終的に最初のオプション年以外の年のバイアウトを受け取った場合、そのバイアウトはそのオプションがカバーする年のサラリーに含まれます。※1

例1
ジャスティン・ターナーは2022年オフにBOSと以下の契約を結びました。

2023年:8.3M
2024年:13.4Mの選手オプション(バイアウト6.7M)
・出来高

6.7Mは13.4Mのちょうど50%ですので2024年は保証年に含まれ、AAVは(8.3+13.4)÷2=10.85Mとなります(実際には選手オプションは破棄されたため、2024年のBOSのペイロールに調整が入ります(後述))。

しかし、仮にバイアウトが更に1ドルでも多ければ、2024年は保証年とはみなされず、2023年のAAVは8.3+6.700001=15.000001Mとなっていたわけです。

2.3 保証総額・年数に含まれないもの

以下のものは保証総額・年数に含まれません。

  • 球団オプション(ベスティングオプションを含む)

  • 相互オプション

  • 一部の選手オプション(前述)

  • 保証年とみなされる選手オプションに付随するバイアウト

  • 出来高

  • エスカレータ条項

出来高やエスカレータ条項についてはAAVの計算には含まれませんが、ペイロールには別途加算されます(後述)。

例2
アンソニー・リゾは2022年オフにNYYと以下の契約を結びました。

2023年:17M
2024年:17M
2025年:17Mの球団オプション(バイアウト6M)

この場合、保証年に含まれるのは2023、24年の2年。保証総額に含まれるのは2023年、24年の計34Mにバイアウト6Mを加えた40M。したがってAAVは40÷2=20Mとなります。

2.4 出来高・エスカレータ条項

登板数や投球回、出場試合数や打席数、あるいはMVPやサイヤング賞等の得票結果に応じて出来高が生じる場合、その出来高による増加額をその年のその選手のサラリーに加えます。

ある条件を満たすことで他の年の基本給が増加する、エスカレータ条項についても同様です。条件を満たし、他の年の基本給が増加したとしても、AAVは再計算せずに、その条項による増加額をその年のその選手のサラリーに加えます。

バイアウトが選手のパフォーマンスに応じて増額される場合は、その出来高はオプション年の前年のペイロールに計上されます。

例3
ロベルト・スアレスは2022年オフにSDと以下の5年46Mの契約を結びました。

2023年:10M
2024年:10M
2025年:10M(オフにオプトアウト可能)
2026年:8M
2027年:8M
・交代完了の数に基づいて出来高が発生
20、25、30、35に到達するたび0.25Mの出来高
40、45、50、55に到達するたび0.5Mの出来高

まずスアレスのAAVは46÷5=9.2M。2023年の交代完了は5で出来高発生せず。一方2024年の交代完了は55となったため、3Mの出来高を獲得しました。したがって2023年は9.2Mのサラリー、24年は9.2+3=12.2Mのサラリーとしてペイロールに組み込まれます。

例4
ケテル・マルテは2021年オフにAZと以下の2023年から始まる5年76Mの延長契約を結びました。

・契約金:3M
2023年:11M
2024年:13M
2025年:16M
2026年:16M
2027年:14M
2028年:13Mの球団オプション(バイアウト3M)
・基本給が前年のMVP投票の結果に応じて増加
MVP投票1-3位:3Mの増加
MVP投票4-7位:2Mの増加
・その他のエスカレータ条項(詳細不明のためここでは省略)
・打席数に基づく出来高

マルテのAAVは76÷5=15.2M。2022年、23年はともにMVP投票にランクインしなかったため、翌2023年、24年はペイロールに15.2Mと出来高が計上されます。2024年はMVP投票で3位以内に入ったため、翌25年は基本給が3M増加し、ペイロールには15.2+3=18.2Mと出来高が計上されます。

2.5 オプションの行使の有無に伴うペイロールの調整

オプションの行使の有無によってペイロールに調整が入ることがあります。

(1)保証年とみなされないバイアウト付きオプションが行使された場合

ペイロールに計上されていたものの、オプションの行使によって支払われなかったバイアウトは、そのオプションがカバーする年のペイロールから控除されます。※2

例5
アーロン・ノラは2018年オフに、PHIと5年目16Mの球団オプションつきの4年45M(バイアウト4.25Mを含む)の契約を結びました。PHIは2022年オフに球団オプションを行使したため、2023年のPHIのペイロールにはノラのサラリーとして16Mが加算され、4.25Mが調整分として差し引かれました。

(2)保証年とみなされる選手オプションが行使されなかった場合

その契約の下実際に選手に支払われた総額(バイアウトを含む)と贅沢税ペイロールに計上された総額の差が、選手オプションがカバーしていた期間にわたって等分されてペイロールから加減されます(実際の総額の方が多いならば加算、少なければ減算)。

例6
エドゥアルド・ロドリゲスは2021年オフにDETと以下の5年77Mの契約を結びました。

2022年:14M
2023年:14M(オフにオプトアウト可能)
2024年:18M
2025年:16M
2026年:15M
・イニング数に基づく出来高

ロドリゲスは2022年に約2か月ほど制限リストに入り無給期間がありますが、無視しても結果は同じなのでここでは無視します(後述)。

2023年オフにオプトアウトしました(獲得した出来高なし)。この契約のAAVは15.4Mでしたので、ペイロールに計上されたのは15.4×2=30.8M。一方で実際に支払われた額は14+14=28M。この差額2.8Mを3で割った約0.93Mが2024-26年のDETのペイロールから差し引かれます。

前述のターナーの契約に関しても調整が入り、24年のBOSペイロールに4.15Mが加算されます。

(3)保証年とみなされない選手オプションが行使された場合

行使されたオプションがカバーする年に渡ってAAVが計算されますが、この際、ペイロールに計上されていたバイアウトが総額から差し引かれます。※3

2.6 選手オプションの額が極端に低い場合

選手オプションの年の基本給が、選手オプションより前の期間中で最も少ない基本給(契約金含む)の80%未満の場合、その差額を選手オプションより前の年数で等分したものが選手オプションより前の期間にわたって加えられてAAVが算出されます(バレーチャージ(Valley Charge))。このような選手オプションの年が複数ある場合はそれぞれのバレーチャージが加算されます。

ただしこの80%の額が、選手オプションを含まずに算出したAAVの75%未満の場合、AAVの75%の額を代わりの基準額とします。

なお、2.5(2)においてペイロールに計上された総額を求める場合、このバレーチャージは含まずに計算されます。一方でバレーチャージが生じた選手オプションが行使された場合、その選手オプション期間中のAAVを計算する際にはバレーチャージの額が差し引かれます。

極端に安い選手オプションを1つないしは複数つけることで、とにかく選手オプションより前の期間のAAVを大幅に下げるといったことが不可能になっています。

例7
1~4年目:毎年25M
5年目:10Mの選手オプション

この場合、"80%の額"は20Mになります。差額20-10=10Mが1~4年目に等分されるので、総額は120M、AAVは120÷5=24M(うち2Mがバレーチャージ由来)となります。選手オプションが破棄された場合、毎年のバレーチャージの2Mは含まず、22M×4=88Mをペイロールに計上したとみなされます。実際に支払われた総額は100Mであり、差の12Mが5年目の年のペイロールに加算されます。

一方でこのオプションが行使された場合は、バレーチャージ10Mが選手オプション期間中の総額から差し引かれるので、5年目はペイロール上のサラリーは10-10=0となります。

例8
1年目:10M
2年目:15M
3年目:9Mの選手オプション

この契約では"80%の額"は8Mであり、選手オプションの額はこれを上回っています。しかし選手オプションを含まないAAVは12.5Mであり、その75%は9.375Mで8Mを上回っているため、こちらが代わりの基準額となります。したがってバレーチャージが発生します。

例9
タイラー・グラスノーは2023年オフにLADと以下の5年136.5625Mの契約を結びました。

・契約金:10M
2024年:15M
2025年:30M
2026年:30M
2027年:30M
2028年:30Mの球団オプションまたは21.5625Mの選手オプション

契約金は5年に渡って等分されます(=2Mずつ)。最も基本給が少ないのは2024年の15+2=17M。よって80%の額は17×0.8=13.6M。
一方で選手オプションの年を除いた場合のAAVは(10+15+30×3)÷4=28.75M。このAAVの75%は21.5625M。したがってバレーチャージが発生するかどうかの基準の額にはこの21.5625Mが使われます。ちょうど選手オプションの額に等しいためバレーチャージは発生せず、AAVは約27.31Mとなります。

選手オプションの額がこの21.5625M未満だとどうなるか考えてみます。前提として、最初の4年間は実際の支払額は当然115Mであり、バレーチャージの仕組み上AAVも27.31Mのままです。

(i)球団オプションが破棄され、選手オプションが行使された場合
2028年のペイロールからバレーチャージの額が控除され、5年間のペイロールへの計上額と実際の支払額が等しくなるため、選手オプションの額は小さいほど契約全体の負担は小さい。

(ii)球団オプションが破棄され選手オプションも破棄された場合
2.5(2)による調整では、バレーチャージの分は考慮されず、ペイロールに計上されたとみなされる額が減るため、2028年のLADのペイロールに加算される額だけが増える。

(iii)球団オプションが行使された場合
(2.5(2)の調整が入るのか私の理解力では定かではありませんが)入る場合は(ii)と同様のことが言え、入らない場合も選手オプションの額をいくら下げても4年間のAAVは27.31Mのままであり、負担は減らない。

グラスノー側からすると当然選手オプションはないよりはある方がよいし、その額は小さいよりは大きい方がよい。LAD側からすると選手オプションが行使された時のことを考えると選手オプションの額は小さい方がいいが、行使されなかった時は21.5625Mを下回ると境にかえって負担が増える。この両者の利害の中で21.5625Mの選手オプション、あるいはこの契約全体の構成に落ち着いたのではないかと思います。

バレーチャージを意識した可能性がある契約は他にSDのロベルト・スアレスの現行の契約やSD時代のニック・マルティネスがあります(探したら他にもあると思います)。

2.7 後払いを含む契約の現在価値の算出方法

まずここでの後払い(Deferred Compensation)とは契約の最終シーズンより後に繰り延べられたものを指します。

インフレ下では1年後の100ドルは今日の100ドルほどの価値はありません。MLBの契約でも同様のことが言えるため、後払いにはある割引率を用いて現在価値を算出します。

割引率に用いられるのはアメリカIRSが出す中期のApplicable Federal Rate (AFR)。この金利は毎月変動するもので、契約1年目の前年10月のそれを算出に使います。ただし、この金利が分からないまま契約がコミッショナー事務局に承認された場合(契約延長のケースを想定しているかと思います)は、承認された月の前月のAFRを用います。

算出には2パターンあります。

(i)後払いの利率が割引率の1.5ポイント以内である場合(例:割引率が4%なら後払いの利率が2.5%以上5.5%以下)

この場合は減額されず、そのままの額で総額に組み込まれます。

(ii)そうでない場合(例:割引率が4%なら後払いの利率が2.5%未満あるいは5.5%超)

この場合は後払いを現在価値に換算した上で総額に組み込まれます。
換算の際の計算方法は、割引率Rの下、後払いの額DCをn年後に、利率rで繰り延べて払う際、その現在価値PVは

$$
PV=\frac{DC\times{\{1+(\frac{r}{100})\}^n}}{{\{1+(\frac{R}{100})\}^n}}
$$

で求まります。分子がn年後に利息込みで支払う額、それを現在価値に直すためのものが分母です(例えば現在の100ドルの価値は1年後の100×(1+R/100)ドルの価値に等しく、2年後の100×(1+R/100)×(1+R/100)ドルの価値に等しいといった考えです)。

例10
ムーキー・ベッツは2020年7月にLADと2021年からの12年365Mの延長契約を結びました。このうち115Mを利息なしで後払い(利率0%)。割引率について、この延長契約1年目の前年10月、すなわち2020年10月のAFRは、契約を結んだ20年7月の段階ではまだ分からないので、契約が結ばれた月の前月の20年6月の中期のAFR、0.43%が適用されます。2つの差が1.5ポイント以内なのでこの場合115Mは減額されず、AAVは365÷12=30.43Mとなります。

例11
エドウィン・ディアスは2022年オフにNYMと以下の契約を結びました。

・契約金12M
2023年:17.25M
2024年:17.25M
2025年:17.5M(オフにオプトアウト可能)
2026年:18.5M
2027年:18.5M
2028年:17.25Mの球団オプション(バイアウト1M)
・出来高
・計26.5Mを後払い(23-25年から5.5Mずつ、26-27年から5Mずつ、利息なし)
対象年/後払いの年/額(M)(左から1年目、2年目、3年目の額)
23/33-35/2.65, 2.65, 0.2
24/35-37/2.45, 2.65, 0.4
25/37-39/2.25, 2.65, 0.6
26/39-41/2.05, 2.65, 0.3
27/41-42/2.35, 2.65

後払いしない部分を足し合わせると合計75.5M。これに後払いの部分の現在価値を足し合わせます。この契約に適用される割引率は2022年10月の中期のAFR、3.28%。例えば2023年から10年後の2033年に繰り延べる2.65Mの現在価値は上の式に代入すると1.919…となります。他の部分も同様にして計算すると現在価値はそれぞれ次のようになります。

対象年/後払いの年/現在価値(M)
23/33-35/1.92, 1.86, 0.14
24/35-37/1.72, 1.80, 0.26
25/37-39/1.53, 1.74, 0.38
26/39-41/1.35, 1.69, 0.18
27/41-42/1.50, 1.63

これを足し合わせると約17.69M。この後払いの部分の現在価値での総額と、先ほどの後払いしない部分の総額75.5Mを足した93.19Mがこの契約の現在価値での総額です。これを保証年数の5で割って得られる約18.64MがAAVとなります。

2024年オフのFA市場において後払いを含む契約を結んだ場合、適用される割引率は2024年10月の中期のAFR、3.70%となります。

3.移籍等に伴うサラリーの調整

3.1 シーズン開幕後の契約

シーズン開幕後に契約を結んだ場合、1年目の基本給は、基本給が支払われた日数に応じて按分された額が保証総額に含まれます。保証年数に関しても、1年目は完全な一年とは見なされず、基本給と同様に按分された端数が保証年数に含まれ、AAVを算出します。

例12
クレイグ・キンブレルは2019年6月7日にCHCと以下の契約を結びました(2017-21のCBAでも同一のルール)。

2019年:$16,173,913
2020年:16M
2021年:16M
2022年:16Mの球団オプション(バイアウト1M)

2019年のMLBは、SEA対OAKの日本開幕戦を除けば3月28日に開幕し、9月29日に最終戦を迎えたため、CHCのレギュラーシーズンの日数は186日。対して6月7日から9月29日までは115日。したがって1年目は16,173,913×115/186=10Mが保証総額に組み込まれ、総額は43M。対して年数は2年と115/186年。AAVは43÷(2+115/186)=16.42Mとなります。

3.2 他球団への譲渡

前提として、選手がトレードやウェーバーで他球団に譲渡された場合、放出球団が譲渡の日までのサラリーを、獲得球団がその翌日からのサラリーを負担します。

 3.2.1 獲得球団でのAAV

オフシーズンの譲渡であれば、契約が翌シーズンから始まるものとしてAAVが再度計算されます。シーズン中の譲渡であれば、譲渡の翌日から契約が始まるものとして3.1と同様にしてAAVが再度計算されます。

 3.2.2 放出球団のペイロールの調整

その契約の下、放出球団によって実際に支払われた額がペイロールに計上された総額を上回った場合、その差額は契約の残りの保証期間で按分され、放出球団のペイロールに加算されます。

逆に、実際に支払われた額がペイロールに計上された総額を下回った場合、その差額はその選手がその契約の下で放出球団に在籍していた期間で按分されます。

この期間に球団が贅沢税課税ラインを超過し贅沢税を課されていた場合、実際の課税額と、この按分額が控除されていた場合の課税額の差額が計算されます。そして将来、贅沢税を納める際、この差額をもって(部分的に)納めたとみなすことができます。

過去にトレードで相手に金銭負担をしてもらって獲得した選手を再度トレードで放出した場合、その金銭負担は実際に支払った総額とペイロールへ計上した総額の両方から差し引かれます。

過去のトレードで複数選手を獲得していた場合は、金銭負担は残りの総額が最も大きい契約を負担するためのものとみなして考えます。

 3.2.3 出来高

(i)成績に基づく出来高
移籍前に得られた出来高に関しては放出球団が負担します。一方で、移籍後に得られた出来高に関しては、放出球団と獲得球団に、それぞれの球団での関連したイベント(登板数や打席数等)の数に比例して配分され、ペイロールに計上されます。※4

(ii)賞に基づく出来高
オールスターゲーム選出に対するボーナスはその選出が発表された日に、ポストシーズンの成績に対する賞のボーナスは、その受賞が決まった日に、シーズンの成績に対する賞のボーナスはレギュラーシーズン最終日に獲得したものとみなされ、その時点で選手が所属していた球団が全て負担し、ペイロールに計上されます。

(iii)移籍によるボーナス
トレード等の際にお金が支払われる場合、支払う責任のある球団のその年のペイロールにその額が加算されます。

 3.2.3 放出球団の金銭負担

放出球団が、選手の契約の残りの一部あるいは全部の額を負担する場合、残りの契約期間の各年、譲渡された契約のサラリーの合計に応じて按分して各年度のペイロールに加算されます(合計というのは複数選手を放出する場合を想定しているからかと思います)。逆に獲得球団は同じ額が同じ年のペイロールから差し引かれます。※5

ただし、獲得球団の控除額は、獲得した選手のペイロールに含まれるサラリーと、その後の獲得球団から他の球団への再度のトレードにおける金銭負担の、その選手への帰属分の合計を超えることはできません。

オプションの行使の有無を条件とする金銭負担に関しては、選手オプションの行使または球団オプションの破棄を条件とするものは前述のペイロールの計算に含まれ、選手オプションの破棄または球団オプションの行使を条件とするものは含まれません。これらの当初の計算に含まれていなかった金銭負担が結果的には生じたり、逆に当初の計算に含まれていた金銭負担が結果的に生じなかった場合には、そのオプションがカバーする期間において調整が入ります。

出来高に基づいて支払われる金銭負担は、その出来高の生じた年の、その出来高を支払わなければならない球団のペイロールに含まれます。※6

例13
2023年オフ、SFとSEAの間で以下のトレードが行われました。

SFが獲得
ロビー・レイ

SEAが獲得
ミッチ・ハニガー、アンソニー・デスクラファニ、6M

選手が結んでいた契約の主な内容はそれぞれ以下の通りです。

レイ(SEAと5年115M、AAV:23M)
2022年:21M、23年:21M、24年:23M、25年:25M、26年:25M
・2024年以降トレードにつき1Mのボーナス

ハニガー(SFと3年43.5M、AAV:14.5M)
・契約金6M
2023年:5M、24年:17M、25年:15.5M
・トレード1回に限り1Mのボーナス

デスクラファニ(SFと3年36M、AAV:12M)
2022年:12M、23年:12M、24年:12M

SEAについて考えます。SEAはトレード前にレイに42M支払った一方、ペイロールには計46Mが計上されたため、差額の4Mが22-23年のペイロールから2Mずつ差し引かれます。(SEAはこの間贅沢税課税ラインを超過していないため、将来の贅沢税の支払いの免除はありません。)

ハニガーについては獲得時点で残り2年で32.5MとなったためSEAでのAAVは16.25Mとなります。デスクラファニについては12Mで変化しません。

また、SEAが獲得した6Mについては、2024-25年のペイロールから、ハニガーとデスクラファニのサラリーに応じて按分されて、差し引かれます。

トレードによるボーナスに関しては、そのボーナスを支払う球団の2024年のペイロールに加算されます。

3.3 契約の終了

残りの期間、契約により球団に支払い義務がある中、球団が選手との契約を打ち切った場合、サラリーは残りの期間、各年のペイロールに計上されます。

3.4 スプリット契約

スプリット契約を結んだ選手はメジャーとマイナーで実際に得た収入の合計額がペイロールに含まれます。

3.5 アウトライト

マイナーにアウトライトされた選手の契約はペイロールに含まれます。

3.6 出場停止処分と制限リスト

選手が制限リスト等に入り、サラリーが支払われなかった場合、その額がペイロールから差し引かれます。

例14
例6のロドリゲスのケースでまた考えます。ロドリゲスは2022年の6月13日から8月18日まで67日間制限リストに入っていました。この年のMLBは開幕戦が4月7日に、最終戦が10月5日に組まれたため、レギュラーシーズンの日数は182日。2022年のロドリゲスの年俸は14Mのため、14×67/182=5.15Mが2022年のDETのペイロールから差し引かれます。

3.7 契約期間中の契約の結び直し

旧契約の下、実際に支払われた総額からペイロールに計上された総額を差し引いた額を、新契約の年数で割った額が、新契約のAAVに加算されます。

例15
レイナルド・ロペスはまず2023年オフにATLと以下の契約を結びました。

2024年:4M
2025年:11M
2026年:11M
2027年:8Mの球団オプション(バイアウト4M)

この契約におけるAAVは30÷3=10Mでしたが、2024年オフにATLと新たに3年30Mの契約を結びました。
旧契約において、実際に支払われた額は4M。対してペイロール上は10Mが計上されており、その差額6Mが新契約のAAVを算出する際に減額され、AAVは8Mとなります。

2024年に10M、2025-27年に8×3=24M、計34Mがペイロールに計上され、実際に支払われる額と等しくなります。

4.選手の福利厚生

選手の福利厚生はBase BenefitsとExtended Benefitsから構成されます。

4.1 Base Benefits

The Agreement re Major League Baseball Players Benefit Plan(MLB選手のベネフィットプランに関する協定)第5項で求められる全額のMLB選手のベネフィットプランへの拠出が含まれます。

2022年から2026年まで毎年全球団で$207,140,000を負担しますが、各球団が支払った前年度の贅沢税のうち最初の3.5Mがこのプランに拠出されるため、その拠出金額が$207,140,000から控除されたうえで、30等分された額を各球団が負担します(1球団当たり約6.8~6.9M)。

4.2 Extended Benefits

労災保険、失業保険、スプリングトレーニングの手当、シーズン中の食事やトレード等に伴う引っ越し費用、医療費、奨学金等がこれに含まれます。

2022年は全球団で$276,861,210を負担します(1球団当たり約9.2M)。2023年以降は前年度の額に、4%、または、2、3で説明した選手のサラリーの総額の前年度に対する増加率のうち高い方の率をかけて加算した額とします。

5.調停前ボーナスプール

調停前ボーナスプールは年俸調停調停権を得ていないサービスタイム3年未満の選手を対象に総額50Mを配分する制度です。50Mを30球団で均等に拠出するので1球団当たりの負担額は約1.67Mとなります。

6.その他のペイロールを構成する要素

以下の結果によってもペイロールは増減されます。

・マイナーへのアウトライト(3.5とは別のことでしょうけど不明)
・労使協定の贅沢税の条項の意図を打ち砕くあるいは回避することを狙った取引
・球団のペイロールや選手の契約の贅沢税用の評価や、選手会と球団や選手と球団の間の協定の解釈等をめぐって仲裁パネルが下した裁定

7.定かでない点、疑問点

※1、※2
CBAの文からは単年のオプションの場合しか想定してないように、私の英語力では感じられるんですが、複数年をカバーするオプションの場合はどうなるのか分かりません。球団オプションや保証年とみなされないオプションは単年でないとバイアウトをつけられないのか、ここでは記述されてないだけで等分されるのか。


※1についてのCBAにおける該当箇所
※2についてのCBAの該当箇所

※3
※2と内容が一部重複しているように感じますが、選手オプションについては複数年でもバイアウトをつけられるから改めて書かれたということでしょうか。

※4
例えば30登板と50登板で出来高が生じる契約において、Aチームで40登板ののちBチームにトレードされ20登板という場合、30登板の分の出来高はAチームが負担するとして、50登板の分の出来高はどう配分するんでしょうね。

"関連したイベントの数"をAチームは40登板と考えるのか30登板分差し引いて10登板と考えるのか、Bチームは20登板と考えるのか50登板までの10登板と考えるのか。個人的には10:20か10:10がしっくりきますが。

※5
譲渡された契約のサラリーの合計に応じて按分してというのは、このSF-SEA間のトレードでいえば、6Mの2024年、2025年への配分比率として
・29:15.5(ハニガーとデスクラファニの各年の基本給の和)
・28.25:16.25(各年のAAVの和)
が考えられると思います。後者の気はしますが、確証はありません。

※6
出来高分をペイロールに計上した上で更に金銭負担分も含むのは逆の気はしますが、直訳しました。

※6についてのCBAの該当箇所

8.最後に

CBAの贅沢税ペイロール計算方法の箇所をまとめるにあたって、贅沢税の回避に対して細かく対策が取られているように個人的に感じました。特にオプションまわりは、CBAを見るまで私の頭の中でも回避策がいくつかありましたが、どれもこのCBAでカバーされていました。そもそもCBAには、これらの贅沢税に関する条項における球団側、選手側両サイドの意図を打ち砕くことを狙った契約はしてはならない、と明記されていますので、仮に上述の対策でも対応できない贅沢税回避の手法がとられたとて、コミッショナー事務局がその契約を承認しないんじゃないかなとも思いますが。
となると結局のところ、

AAVは保証総額÷保証年数
保証総額・年に含まれるのは基本給、契約金、選手オプション、その他のオプションに付くバイアウト
出来高やエスカレータ条項による増額分がAAVに上乗せ
オプションの行使や破棄、契約延長では調整が入る場合あり

と覚えておけば十分に思えます。変わった契約形態をとっても意味がないとなれば、シンプルな形になるので。選手のトランザクションに伴うペイロールの変化なんてCot'sRoster Resourceを見た方が早くてある程度正確ですし(じゃあなんでまとめたんだと言われたら返す言葉もありませんが)。

あとは、当たり前ですけど、球団や代理人は本当にCBAを知り尽くしているんだろうなとJTやグラスノーの契約を見ると思います。

私の力不足のために曖昧なところも多く、公開するか躊躇いましたが、MLBを楽しむ一助になれば幸いですし、間違っている箇所等は指摘していただければと思います。

参考にしたサイト

CBAはMLBPAのホームページより
https://www.mlbplayers.com/cba

契約条件はCot's Baseball Contractsより

エドウィン・ディアスの利率に関してはジョン・ヘイマンのツイートより($88,770,448というのはAAV計算用とは別に選手会が算出している現在価値での総額かと思います。)

SFとSEAの間で行われたトレードの詳細はESPNの記事より
https://www.espn.com/mlb/story/_/id/39248482/mariners-trade-robbie-ray-giants-mitch-haniger-anthony-desclafani





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