【MLB】贅沢税ペイロールの計算方法
贅沢税の支払いの有無や額を決める際に用いられる贅沢税ペイロールの計算方法をまとめてみました。需要は皆無と思われますが。
2022-26のCBA(労使協定)に基づいて説明しています。私の英語力や理解力、国語力の不足により、説明が誤っていたり抜けていたり分かりにくかったりする場合があります。指摘していただけると幸いです。
私自身特に定かでないところ、疑問があるところには※をつけています。
1.贅沢税ペイロールの構造
各球団のペイロールは、おおまかに、12月2日から翌年12月1日における、以下の4つの費用から構成されます。
40人枠の選手のサラリー
移籍等に伴うサラリーの調整
選手の福利厚生(Player Benefit)の費用の1/30
調停前ボーナスプールの1/30
1つずつ見ていきます。
2.選手のサラリー
選手のサラリーは主にAAV(Average Annual Value)とその年の出来高、エスカレータ条項による増加額の和から算出されます。
2.1 AAVとは
AAVはおよそその選手の契約期間中の1年あたりの平均保証額を表し、一般的に
保証総額の現在価値÷保証年数
で求められます。保証総額・年数は基本的には選手側にとって保証されたそれらと思っていただければよいです(例外あり)。
Averageという単語からも分かるようにCBAでは複数年契約に対してAAVが用いられていますが、単年契約にも適用できるのでまとめて説明します。
2.2 保証総額・年数に含まれるもの
以下のものは基本的に保証総額・年数に含まれます。
基本給
契約金
選手オプションやオプトアウトの設定年以降(例外あり)
保証年とみなされないオプションに付随するバイアウト
契約金は保証期間に渡って等分して考えます。
また、選手オプション(以下オプトアウトも含みます)の設定年以降は、選手オプションを破棄した場合に受け取る金額(バイアウト)が、選手オプションを行使した場合に受け取る基本給の合計の50%を超えるならば、保証総額・年数に含まれません。
基本給を低く、バイアウトを極端に高額に設定することでAAVを不当に低くする抜け道を塞ぐためのものと思われます。
こうした保証年にみなされない選手オプションや2.3で示すオプションにバイアウトが付く場合、そのバイアウトは契約金とみなされ、保証総額に含まれます。
複数のオプション年に関するバイアウトが存在する場合は、最初のオプション年のバイアウトのみが計算に考慮されます。ただし、選手が最終的に最初のオプション年以外の年のバイアウトを受け取った場合、そのバイアウトはそのオプションがカバーする年のサラリーに含まれます。※1
2.3 保証総額・年数に含まれないもの
以下のものは保証総額・年数に含まれません。
球団オプション(ベスティングオプションを含む)
相互オプション
一部の選手オプション(前述)
保証年とみなされる選手オプションに付随するバイアウト
出来高
エスカレータ条項
出来高やエスカレータ条項についてはAAVの計算には含まれませんが、ペイロールには別途加算されます(後述)。
2.4 出来高・エスカレータ条項
登板数や投球回、出場試合数や打席数、あるいはMVPやサイヤング賞等の得票結果に応じて出来高が生じる場合、その出来高による増加額をその年のその選手のサラリーに加えます。
ある条件を満たすことで他の年の基本給が増加する、エスカレータ条項についても同様です。条件を満たし、他の年の基本給が増加したとしても、AAVは再計算せずに、その条項による増加額をその年のその選手のサラリーに加えます。
バイアウトが選手のパフォーマンスに応じて増額される場合は、その出来高はオプション年の前年のペイロールに計上されます。
2.5 オプションの行使の有無に伴うペイロールの調整
オプションの行使の有無によってペイロールに調整が入ることがあります。
(1)保証年とみなされないバイアウト付きオプションが行使された場合
ペイロールに計上されていたものの、オプションの行使によって支払われなかったバイアウトは、そのオプションがカバーする年のペイロールから控除されます。※2
(2)保証年とみなされる選手オプションが行使されなかった場合
その契約の下実際に選手に支払われた総額(バイアウトを含む)と贅沢税ペイロールに計上された総額の差が、選手オプションがカバーしていた期間にわたって等分されてペイロールから加減されます(実際の総額の方が多いならば加算、少なければ減算)。
(3)保証年とみなされない選手オプションが行使された場合
行使されたオプションがカバーする年に渡ってAAVが計算されますが、この際、ペイロールに計上されていたバイアウトが総額から差し引かれます。※3
2.6 選手オプションの額が極端に低い場合
選手オプションの年の基本給が、選手オプションより前の期間中で最も少ない基本給(契約金含む)の80%未満の場合、その差額を選手オプションより前の年数で等分したものが選手オプションより前の期間にわたって加えられてAAVが算出されます(バレーチャージ(Valley Charge))。このような選手オプションの年が複数ある場合はそれぞれのバレーチャージが加算されます。
ただしこの80%の額が、選手オプションを含まずに算出したAAVの75%未満の場合、AAVの75%の額を代わりの基準額とします。
なお、2.5(2)においてペイロールに計上された総額を求める場合、このバレーチャージは含まずに計算されます。一方でバレーチャージが生じた選手オプションが行使された場合、その選手オプション期間中のAAVを計算する際にはバレーチャージの額が差し引かれます。
極端に安い選手オプションを1つないしは複数つけることで、とにかく選手オプションより前の期間のAAVを大幅に下げるといったことが不可能になっています。
2.7 後払いを含む契約の現在価値の算出方法
まずここでの後払い(Deferred Compensation)とは契約の最終シーズンより後に繰り延べられたものを指します。
インフレ下では1年後の100ドルは今日の100ドルほどの価値はありません。MLBの契約でも同様のことが言えるため、後払いにはある割引率を用いて現在価値を算出します。
割引率に用いられるのはアメリカIRSが出す中期のApplicable Federal Rate (AFR)。この金利は毎月変動するもので、契約1年目の前年10月のそれを算出に使います。ただし、この金利が分からないまま契約がコミッショナー事務局に承認された場合(契約延長のケースを想定しているかと思います)は、承認された月の前月のAFRを用います。
算出には2パターンあります。
(i)後払いの利率が割引率の1.5ポイント以内である場合(例:割引率が4%なら後払いの利率が2.5%以上5.5%以下)
この場合は減額されず、そのままの額で総額に組み込まれます。
(ii)そうでない場合(例:割引率が4%なら後払いの利率が2.5%未満あるいは5.5%超)
この場合は後払いを現在価値に換算した上で総額に組み込まれます。
換算の際の計算方法は、割引率Rの下、後払いの額DCをn年後に、利率rで繰り延べて払う際、その現在価値PVは
$$
PV=\frac{DC\times{\{1+(\frac{r}{100})\}^n}}{{\{1+(\frac{R}{100})\}^n}}
$$
で求まります。分子がn年後に利息込みで支払う額、それを現在価値に直すためのものが分母です(例えば現在の100ドルの価値は1年後の100×(1+R/100)ドルの価値に等しく、2年後の100×(1+R/100)×(1+R/100)ドルの価値に等しいといった考えです)。
2024年オフのFA市場において後払いを含む契約を結んだ場合、適用される割引率は2024年10月の中期のAFR、3.70%となります。
3.移籍等に伴うサラリーの調整
3.1 シーズン開幕後の契約
シーズン開幕後に契約を結んだ場合、1年目の基本給は、基本給が支払われた日数に応じて按分された額が保証総額に含まれます。保証年数に関しても、1年目は完全な一年とは見なされず、基本給と同様に按分された端数が保証年数に含まれ、AAVを算出します。
3.2 他球団への譲渡
前提として、選手がトレードやウェーバーで他球団に譲渡された場合、放出球団が譲渡の日までのサラリーを、獲得球団がその翌日からのサラリーを負担します。
3.2.1 獲得球団でのAAV
オフシーズンの譲渡であれば、契約が翌シーズンから始まるものとしてAAVが再度計算されます。シーズン中の譲渡であれば、譲渡の翌日から契約が始まるものとして3.1と同様にしてAAVが再度計算されます。
3.2.2 放出球団のペイロールの調整
その契約の下、放出球団によって実際に支払われた額がペイロールに計上された総額を上回った場合、その差額は契約の残りの保証期間で按分され、放出球団のペイロールに加算されます。
逆に、実際に支払われた額がペイロールに計上された総額を下回った場合、その差額はその選手がその契約の下で放出球団に在籍していた期間で按分されます。
この期間に球団が贅沢税課税ラインを超過し贅沢税を課されていた場合、実際の課税額と、この按分額が控除されていた場合の課税額の差額が計算されます。そして将来、贅沢税を納める際、この差額をもって(部分的に)納めたとみなすことができます。
過去にトレードで相手に金銭負担をしてもらって獲得した選手を再度トレードで放出した場合、その金銭負担は実際に支払った総額とペイロールへ計上した総額の両方から差し引かれます。
過去のトレードで複数選手を獲得していた場合は、金銭負担は残りの総額が最も大きい契約を負担するためのものとみなして考えます。
3.2.3 出来高
(i)成績に基づく出来高
移籍前に得られた出来高に関しては放出球団が負担します。一方で、移籍後に得られた出来高に関しては、放出球団と獲得球団に、それぞれの球団での関連したイベント(登板数や打席数等)の数に比例して配分され、ペイロールに計上されます。※4
(ii)賞に基づく出来高
オールスターゲーム選出に対するボーナスはその選出が発表された日に、ポストシーズンの成績に対する賞のボーナスは、その受賞が決まった日に、シーズンの成績に対する賞のボーナスはレギュラーシーズン最終日に獲得したものとみなされ、その時点で選手が所属していた球団が全て負担し、ペイロールに計上されます。
(iii)移籍によるボーナス
トレード等の際にお金が支払われる場合、支払う責任のある球団のその年のペイロールにその額が加算されます。
3.2.3 放出球団の金銭負担
放出球団が、選手の契約の残りの一部あるいは全部の額を負担する場合、残りの契約期間の各年、譲渡された契約のサラリーの合計に応じて按分して各年度のペイロールに加算されます(合計というのは複数選手を放出する場合を想定しているからかと思います)。逆に獲得球団は同じ額が同じ年のペイロールから差し引かれます。※5
ただし、獲得球団の控除額は、獲得した選手のペイロールに含まれるサラリーと、その後の獲得球団から他の球団への再度のトレードにおける金銭負担の、その選手への帰属分の合計を超えることはできません。
オプションの行使の有無を条件とする金銭負担に関しては、選手オプションの行使または球団オプションの破棄を条件とするものは前述のペイロールの計算に含まれ、選手オプションの破棄または球団オプションの行使を条件とするものは含まれません。これらの当初の計算に含まれていなかった金銭負担が結果的には生じたり、逆に当初の計算に含まれていた金銭負担が結果的に生じなかった場合には、そのオプションがカバーする期間において調整が入ります。
出来高に基づいて支払われる金銭負担は、その出来高の生じた年の、その出来高を支払わなければならない球団のペイロールに含まれます。※6
3.3 契約の終了
残りの期間、契約により球団に支払い義務がある中、球団が選手との契約を打ち切った場合、サラリーは残りの期間、各年のペイロールに計上されます。
3.4 スプリット契約
スプリット契約を結んだ選手はメジャーとマイナーで実際に得た収入の合計額がペイロールに含まれます。
3.5 アウトライト
マイナーにアウトライトされた選手の契約はペイロールに含まれます。
3.6 出場停止処分と制限リスト
選手が制限リスト等に入り、サラリーが支払われなかった場合、その額がペイロールから差し引かれます。
3.7 契約期間中の契約の結び直し
旧契約の下、実際に支払われた総額からペイロールに計上された総額を差し引いた額を、新契約の年数で割った額が、新契約のAAVに加算されます。
4.選手の福利厚生
選手の福利厚生はBase BenefitsとExtended Benefitsから構成されます。
4.1 Base Benefits
The Agreement re Major League Baseball Players Benefit Plan(MLB選手のベネフィットプランに関する協定)第5項で求められる全額のMLB選手のベネフィットプランへの拠出が含まれます。
2022年から2026年まで毎年全球団で$207,140,000を負担しますが、各球団が支払った前年度の贅沢税のうち最初の3.5Mがこのプランに拠出されるため、その拠出金額が$207,140,000から控除されたうえで、30等分された額を各球団が負担します(1球団当たり約6.8~6.9M)。
4.2 Extended Benefits
労災保険、失業保険、スプリングトレーニングの手当、シーズン中の食事やトレード等に伴う引っ越し費用、医療費、奨学金等がこれに含まれます。
2022年は全球団で$276,861,210を負担します(1球団当たり約9.2M)。2023年以降は前年度の額に、4%、または、2、3で説明した選手のサラリーの総額の前年度に対する増加率のうち高い方の率をかけて加算した額とします。
5.調停前ボーナスプール
調停前ボーナスプールは年俸調停調停権を得ていないサービスタイム3年未満の選手を対象に総額50Mを配分する制度です。50Mを30球団で均等に拠出するので1球団当たりの負担額は約1.67Mとなります。
6.その他のペイロールを構成する要素
以下の結果によってもペイロールは増減されます。
・マイナーへのアウトライト(3.5とは別のことでしょうけど不明)
・労使協定の贅沢税の条項の意図を打ち砕くあるいは回避することを狙った取引
・球団のペイロールや選手の契約の贅沢税用の評価や、選手会と球団や選手と球団の間の協定の解釈等をめぐって仲裁パネルが下した裁定
7.定かでない点、疑問点
※1、※2
CBAの文からは単年のオプションの場合しか想定してないように、私の英語力では感じられるんですが、複数年をカバーするオプションの場合はどうなるのか分かりません。球団オプションや保証年とみなされないオプションは単年でないとバイアウトをつけられないのか、ここでは記述されてないだけで等分されるのか。
※3
※2と内容が一部重複しているように感じますが、選手オプションについては複数年でもバイアウトをつけられるから改めて書かれたということでしょうか。
※4
例えば30登板と50登板で出来高が生じる契約において、Aチームで40登板ののちBチームにトレードされ20登板という場合、30登板の分の出来高はAチームが負担するとして、50登板の分の出来高はどう配分するんでしょうね。
"関連したイベントの数"をAチームは40登板と考えるのか30登板分差し引いて10登板と考えるのか、Bチームは20登板と考えるのか50登板までの10登板と考えるのか。個人的には10:20か10:10がしっくりきますが。
※5
譲渡された契約のサラリーの合計に応じて按分してというのは、このSF-SEA間のトレードでいえば、6Mの2024年、2025年への配分比率として
・29:15.5(ハニガーとデスクラファニの各年の基本給の和)
・28.25:16.25(各年のAAVの和)
が考えられると思います。後者の気はしますが、確証はありません。
※6
出来高分をペイロールに計上した上で更に金銭負担分も含むのは逆の気はしますが、直訳しました。
8.最後に
CBAの贅沢税ペイロール計算方法の箇所をまとめるにあたって、贅沢税の回避に対して細かく対策が取られているように個人的に感じました。特にオプションまわりは、CBAを見るまで私の頭の中でも回避策がいくつかありましたが、どれもこのCBAでカバーされていました。そもそもCBAには、これらの贅沢税に関する条項における球団側、選手側両サイドの意図を打ち砕くことを狙った契約はしてはならない、と明記されていますので、仮に上述の対策でも対応できない贅沢税回避の手法がとられたとて、コミッショナー事務局がその契約を承認しないんじゃないかなとも思いますが。
となると結局のところ、
AAVは保証総額÷保証年数
保証総額・年に含まれるのは基本給、契約金、選手オプション、その他のオプションに付くバイアウト
出来高やエスカレータ条項による増額分がAAVに上乗せ
オプションの行使や破棄、契約延長では調整が入る場合あり
と覚えておけば十分に思えます。変わった契約形態をとっても意味がないとなれば、シンプルな形になるので。選手のトランザクションに伴うペイロールの変化なんてCot'sやRoster Resourceを見た方が早くてある程度正確ですし(じゃあなんでまとめたんだと言われたら返す言葉もありませんが)。
あとは、当たり前ですけど、球団や代理人は本当にCBAを知り尽くしているんだろうなとJTやグラスノーの契約を見ると思います。
私の力不足のために曖昧なところも多く、公開するか躊躇いましたが、MLBを楽しむ一助になれば幸いですし、間違っている箇所等は指摘していただければと思います。
参考にしたサイト
CBAはMLBPAのホームページより
https://www.mlbplayers.com/cba
契約条件はCot's Baseball Contractsより
エドウィン・ディアスの利率に関してはジョン・ヘイマンのツイートより($88,770,448というのはAAV計算用とは別に選手会が算出している現在価値での総額かと思います。)
SFとSEAの間で行われたトレードの詳細はESPNの記事より
https://www.espn.com/mlb/story/_/id/39248482/mariners-trade-robbie-ray-giants-mitch-haniger-anthony-desclafani
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?