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「死化粧師オロスコ」について

気にはなっていたものの、円盤を買うには高すぎるのでずっとスルーしていたのですが、Amazonプライムに200円で出ていたので観てみました。有効期限切れるまでとりあえず数回リピートしました。
ドキュメンタリーですし、もの凄く狭い市場にしかニーズのない映画でしょうから、一応ネタバレタグは付けましたけれど、多分気を付けるべきはそっち(ネタバレ)じゃないでしょう。

「死化粧師」と綺麗目な訳をつけられてますが、要するにエンバーマーのことで、エンバーマーとはエンバーミングをする人、ではエンバーミングとは、Wikipediaには「遺体を消毒や保存処理、また必要に応じて修復することで長期保存を可能にする技法。日本語では遺体衛生保全という。土葬が基本の北米等では、遺体から感染症が蔓延することを防止する目的もある」と書かれております。
コロンビアでエンバーミングを職業としているオロスコさんという人を、釣崎清隆氏が撮ったフィルムを繋いだ、というだけの映画です。同じく釣崎氏の「ジャンクフィルム」同様、本当に「撮ってきた物を切り貼りして繋いだ」というだけで、物語性とかそういうものは殆どありません。ただの日常であり、出来事で、ただジャンクフィルムと比較するなら、オロスコの方は「オロスコ、という人を撮る」という目的で撮られていること、またオロスコ氏が亡くなる付近に釣崎氏は現地にいなかったので、亡くなった後に周囲の人に彼についてのインタビューをしている、そういう映像が含まれている、というのが特筆すべき差分でしょうか。

遺体保全をしている人を撮影している訳ですから、当然遺体そのものやエンバーミングの過程、血や内臓が当たり前にざくざくどかどか映し出されているので、苦手な方は要注意ですが、そういうものが苦手な方がそもそもこのタイトルの映像を強いて観ようとはされないと思うので、その辺はさらっと流します。
この映画が公開された当初に釣崎氏のロングインタビューを読みましたが、それによればコロンビアはそもそも治安が良くないそうで、四六時中人が亡くなっており、エンバーマーの仕事は途切れない、但しエンバーマーにもピンとキリがあり、オロスコ氏は貧困層向けに、必要以上のことはしないけれど安くあげてくれるエンバーマーなのだそうです。
実際映像には他のエンバーマーのお仕事もあったように思うのですが、比較するとオロスコ氏は確かに必要最低限なのかなと思います。ただ、ちょっと言葉にするのは難しいのですが、その仕事ぶりを映像でただただじーっと見ていると、この人いい人だなというか、優しい人だなとふと思えるような、なんとも言えない温かみを覚える瞬間があるのです。写っている時間の差もあるかもしれませんが、華美に豪奢にそしていつまでも保全出来るように、色々なことを施す富裕層向けのエンバーミングとは、一線画す何かがある気がしました。

そもそも、普通のカメラやスマホなんか手にしていようものなら瞬時にひったくりに遭う程に治安の悪い地域で、誰かをターゲットにカメラを回すなんてことは、釣崎清隆氏であるから出来たことであり、こういう人がいるよ、という話を聞けるのも釣崎氏だからこそです。
それは重々承知の上で、これが例えば「もの凄く質の高いドキュメンタリーを作っていたかつてのNHKドキュメンタリー班」が撮ったものであったらどんなにか、と思ったことも確かです。
つまり、私はもっともっとオロスコ氏を知りたくなったし、沢山色んな面を見てみたかったし語って欲しかったのだと思います。そして、亡くなったのであればどのように亡くなったのかも、多分もの凄く知りたく思ったのだと思います。
釣崎氏の映像でなければ出会うこともなかっただろう人物だけれど、これ、ガチのドキュメンタリーに仕上げて貰ったらどれだけ素晴らしいものになっただろう、という思いが湧いてくるほど、つまり私はオロスコ氏を好きになりました。「好きになった」は語弊がありますかね。「色々と惹きつけられた」の方がより正確かも知れません。「興味を持った」よりもっと踏み込んだ感情であり、「好意を持った」だと一面的すぎる、そんな感じです。

とはいえ、そもそも釣崎清隆氏=屍体屋であるのは確かだと思うので、敢えて観てみようとする人間は、特殊、もしくは悪趣味と言われてやむなしとは思います。日々「普通」ハラスメントを受けては(その辺は改めて書くと思います)心を抉られている自分が「普通」とは私も流石に言い張る気がないので、特殊でも悪趣味でもいいんですが、要するにそこにあるものがもの凄く高尚な何かであるということは期待しないで下さい、ということですね。ドブ泥を浚ってそこに何かを見出すタイプの方であればお気に召すかもしれませんし、元よりドブ泥の中で生きてるんだが?という方は、多分オロスコ氏を何事もなく愛せるのじゃないかなと思います。

関係あるかどうか微妙ですが、上記段落を書いていてふと思い出しました。
今でも言われてるかどうかは判りませんが、私が学生の頃はよくインドに行ったら人生変わるとかいう人がいましたし、そういう一部ムーブというかムードというのがあったかとは思います。
私の高校にも一人、めっちゃインドにかぶれて何度もインドに行って大学でインド哲学を学んだ、みたいな先生がいらっしゃいました。へぇ、そんなに言われるのってどんなもんかね、と思い、今の治安では絶対に出来ないインド旅行を、母と二人、高2から高3へ上がる春休み二週間でしてきました。
当時大学受験を控え、哲学科を志望していた私的メインイベントはヴェナレスのガート(沐浴場)でした。別に仏教徒でもヒンドゥー教徒でもありませんが、祈りはどんなもんでも祈りだべ、と全てのものが生まれそして還るガンジスにザブザブつかってきましたとも。日本の検疫で予防接種は受けておりましたから、何事もなく帰って参りましたよ。
文字通り、インドで人が死んだら焼いてガンジスに「還し=流し」ますが、焼くのもただじゃないので、薪も買えない貧乏人はそのままどぼんと投げて終わりです。観光客向けサービスで日の出前に舟を出してガンジスの上で日の出を見よう、なんてことをしている横で、生焼けもしくは半分腐りかけの遺体が流れていく、なんてのも当たり前にあることです。そしてガンジスは全ての生活用水でもありますから、その屍体の流れる河の水でみんな顔を洗い歯を磨き洗濯をし料理をするのです。
多分、インドに行って人生が変わるタイプの人は、あらゆる意味で比較的高水準な生活をなさっている方々じゃないのかなと思います。この場合の高水準とは、「遺体はちゃんと埋葬されるものだ」とか、「生活用水は衛生的なものだ」とかそういうことが平均的である、ということですね。自分のしている生活と、目の前で行われていることのギャップが激しく、そのギャップから何らかの感情が発生して「人生変わる」みたいなことになるのかなと。
ただ、たとえギャップが激しかろうとも、それはそれ、ここではこういうもん、と思うような人間はそこまで人生変わったりはしない気がします。私は後者でした。

それを感受性の豊かさor貧しさと考えるかどうかは置いて、とりあえず私が上記エピソードを思い浮かべたのは、オロスコ氏の人柄であったり、その仕事ぶりの中にあるほのかな何かに辿り着く前に、圧倒的な汚さ、貧しさ、血と臓物、そういうものにドカンとショックを受けたり、圧倒されて何か違うものに巻き込まれ、流されていく人も、多分いるんだろうなぁ、と思ったからでしょう。
私は別に格別グロが好きな訳ではありません。長年見過ぎて耐性は相当上がってると思いますけど、それですらルチオ・フルチとかうえぇってなって超苦手です。スプラッタ、ゴア描写でも、駄目なのと見られるのと境目というか、種類の違いみたいなものがあります。ホラー映画にせよ釣崎氏にせよ、別にグロを求めて見ている訳じゃないのです。じゃあ何見てんだって言われたら、血と内臓のその先…なんですかね。ただまぁ、この手のものを私が摂取するのがどうしてなのかは、カウンセラーの先生と何年も話し合いながら未だ解決をみない議題ではあるので、言い切るのも少し躊躇われます。

いずれにせよ、万人受けするものでは絶対にありません。そしてグロに性的興奮を覚える人にも、あんまりオススメはしません。そういう意味では淡々としてますから、グロを過激なポルノとしか思わないタイプの方々には、自分がそういう嗜好を持たないので見当違いかもしれないですが、エンタメ性に不足があるのではと愚考します。
なので冒頭書いた通り、もの凄く狭いニーズの中に存在するものかなと。
個人的には、円盤の値段出さなくて良かったとは思いました。200円だから素直にいいなと思えた感はあるかもしれません。

そして最後に一つ。土葬の文化でかつキリスト教徒でエンバーミングを求める人々を見る度、クリスチャンではない私が強く思うことなんですが、キリスト教徒は魂の存在をビタイチ信じてないんじゃないですかね。だってスペース的にも衛生的にも絶対焼いた方が効率的だと思いますし、土葬にしたって、腐って土と化していってやがて消えても魂が生きてればそれで良いわけじゃないですか。でも彼等は生前の姿に固執する。最後の審判のラッパが鳴ってムクリと起き上がった瞬間、生前の自分でいたいんでしょうかねぇ。仏教と神道が程良く混ざり合って適当な無宗教の日本人として生きてきている身としては、業ですねぇ、とつい思ってしまいますねぇ。




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