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【世界史】大王の後継者たち~ディアドコイ戦争~第20章 パラエタケネの戦い

こんにちは!
こんばんは!

RAPSCALLI😊N です。

皆さまお元気でしょうか?

ディアドコイ戦争についての記事は今回で記念すべき第20章になりました。ここまでの記事をまだ読んでいないよという方は是非下のマガジンにアクセスして読んでいただくこと強くおすすめします!

1記事1000-1500字程度と読みやすい長さになっているので、これまでの記事に目を通してから本記事を読むと大変分かりやすくなるかな思います。

ちなみに、このペースで行けば40~50記事で完結するかなと考えています。まだまだ道のりは長いですが、私も最後まで頑張って書きますので、今後ともよろしくお願いいたします。読んでくれる、スキしてくれる人が一人でも多いほど私のモチベーションも高まるので、これからも読んでくれると嬉しいです!

それでは、今日の本題にさっそく入っていきましょう!

パラエタケネの戦い

コプラテス川の戦いの後、エウメネスとアンティゴノスは互いに有利に立とうと策を繰り出し、最終的にイラン中部のパラエタケネで再び対決することとなりました。

戦いが始まる前にお互いの軍勢の大きさや指揮官を見ていきましょう。

アンティゴノス軍

指揮官
アンティゴノス
デメテリオス(アンティゴノスの息子)
ペイトン
セレウコス

軍隊構成
歩兵:2万8千
騎馬隊:8千5百
象:65頭

計:約3万7千

エウメネス軍

指揮官
エウメネス
アンティゲネス(銀楯隊隊長)
テウタモス(銀楯隊隊長)
ペウケスタス
エウダモス

軍隊構成
歩兵:3万5千(内3千は銀楯隊)
騎馬隊:6千1百
象:114頭

計:約4万1千

全軍の大きさではエウメネスの方が少し上回っていますが、騎馬隊ではアンティゴノスのほうが有利です。

また、両軍は象を戦場に連れてきていますが、当時の戦場においては抜群の破壊力を発揮し、いわば現代の戦車のようなものでした。

両軍の布陣

正確な両軍の布陣は推測するしかありませんが、史料(特に歴史叢書)の記述に基づくと中心に歩兵隊、両翼に騎馬隊、そして最前線に象を配置するという比較的典型的な布陣が取られていたと思われます。

史料を基に筆者が作成した大まかな布陣図(赤:アンティゴノス軍 青:エウメネス軍)


戦いの経過

両軍が向かい合って並び、戦いの火ぶたが切られます。
今回は戦を3パーツ(右・中央・左)に分けて順番に見ていきますので、上の図なども参照しながら読んでいただくとわかりやすいかと思います。

➀右 (ペイトン VS エウメネス・ペウケスタス)

パラエタケネの戦いで先陣を切ったのは戦場の右側のペイトンの軍勢でした。彼らは象を警戒し、正面から攻撃はせず、周りから矢を射かけることで象に大きな損害を出すことに成功します。

劣勢であることに気付いたエウメネスは左翼のエウダモスから騎馬隊の援軍を要請し、これを率いてペイトンの弓矢隊を攻撃。

それに続いてエウメネスの残った象も反撃を開始し、ペイトンの軍勢は一気に総崩れとなり、エウメネス軍に追い返されてしまいます。

②中央 (重装歩兵のファランクスの激突)

一方、時を同じくして戦場の中央では両軍の主力部隊であるファランクスが激突し、激しい戦いを繰り広げます。


ファランクス

一進一退の激しい攻防が続きますが、徐々に戦闘経験豊富な銀楯隊のいるエウメネスが優位になり、アンティゴノス軍のファランクスは押され始めます。

互いに損害を出しながらも、銀楯隊のおかげで最終的にはエウメネス軍が中央で勝利を挙げます。

右 (アンティゴノス・デメテリオス VS エウダモス)

戦場の右・中央で敗北を喫したアンティゴノスは退却を進言されますがこれを聞き入れず、エウダモスの軍に攻めかかります。

前回の記事でもいったように、アンティゴノスには「何があっても最後まであきらめない」粘り強さがありましたので、戦が不利に見えても簡単には退きません。

激しく勢いで突撃したアンティゴノス・デメテリオス親子の軍はエウダモスの軍勢を一気に蹴散らし、エウメネスの残りの軍勢の背後を入り込むことが可能になりました。

挟み撃ちを恐れたエウメネスはそれ以上の追撃を止め、軍を退きます。
アンティゴノスの粘り強さのおかげで、エウメネスはアンティゴノス軍に決定打を与えることは出来ませんでした。

戦の総括

こうして、戦場の3分の2ではエウメネスが、3分の1ではアンティゴノスが勝利し、コプラテス川の戦いに引き続きどちらも決定的な勝利をあげることはできませんでした。

両軍は夜になって退却し、アンティゴノスは戦場の遺体を埋葬した(通常戦の勝者がするべきとされたこと)ことを理由に勝利を宣言します。

しかし、両軍の損害を見るとアンティゴノス軍は死者4千人・負傷者も4千人程度、これに対してエウメネスは死者5百人・負傷者9百人ほどと圧倒的に少なく、実質的に勝利を収めたのはエウメネスと言えるでしょう。

その後

またもやエウメネスに敗北を喫したアンティゴノスは仕方なく軍を退きあげ、ガベネもエウメネスに明け渡します。

2度の敗北で不利な状況のアンティゴノスですが、まだ戦は終わっていません。

これからの二人の戦いはどのような結末を迎えるのでしょうか?

次回以降の記事をお楽しみに!




参考文献


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