【デキる上司の十訓十戒009】語り方 ~最強の人心掌握術「独白」

今回はおそらく、これまでのすべての記事の中で、もっとも価値のあるお話です。私が駆使しているコミュニケーション技法の中でも最強です。是非、最後まで読んでみて、自分のものにしてほしいと思います。

【ハムレットに学ぶ独白術】

さて、今回は、部下を魅了するための最強の武器、「独白」について紹介しましょう。独白なる言葉に馴染みのない方のためには、「穏やかな主張」と置き換えてもいいでしょう。「独白」とは、演劇用語で、登場人物が相手なしで台詞を言うことです。モノローグともいいます。主に、ここぞという場面で、主人公が真情を吐露する場面で用いられる技法です。

そして、独白と言えばハムレット。ハムレットと言えばシェイクスピアです。シェイクスピアを知らない人はいないでしょう。16世紀の英国エリザベス朝ルネサンス文学の代表者であり、世界的に認められた劇作家。英語の全世界的隆盛はシェイクスピアによるものだと、大学時代の恩師が語っていたものです。その作品群はあまりにも知識レベルが高く広いがゆえに、シェイクスピアというのはペンネームで、本当はもっと高貴な人物によるものではないかとの説もあるくらいです。同時代の著名な哲学者、フランシス・ベーコンでは・・・などという都市伝説まであるくらいです。

シェイクスピアの代表作といえば、四大悲劇と称される『オセロ』『ハムレット』『マクベス』『リア王』。その中でも「ハムレット」は独白文学として超有名です。第三幕第一場でなされる、To be, or not to be で始まる独白は、みなさんもご存知だと思います。この世の矛盾と向き合い、そのもつれた糸を解きほぐすことができずに堂々巡りをする青年の独白です。日本語では「生きるべきか死ぬべきか」と訳されることが多いのですが、文脈から考えると、To be とは父の復讐を果たすことであり、 not to be とは復讐をあきらめることになると、恩師が教えてくれました。ハムレットは、復讐を行動として起こすべきかどうかの狭間で苦悩していたわけです。

彼はこの二つの選択肢の間で迷っていて、舞台ではかなり長い独白が展開されるのですが、興味深いのは、ただの一度も一人称の I と me が使用されないことです。独白が、話し手が自分自身に向かって語りかけているのであれば、当然一人称代名詞が頻繁に使われるところです。それなのにそれを使っていない。ハムレットはあたかも他人事を語っているようです。そうすることでしか、本当の自分を語れないといったふうに感じられます。が、ここが「独白」のポイントです。

さあ、「独白」の効用についてお話しします。独白には3つの効果があるとされています。それは、親密性・臨場感・普遍性の3つです。つまり独白することで、観客との親密度が増すのです。そして、語り手がありのままに思考する姿をさらけだすことで、観客に臨場感を与えます。観客はハムレットとあたかも一心同体になったかのような感覚になるということです。さらに、ハムレットの思考や言動が自分にも適用されるかのごとく錯覚させる可能性があるということです。

つまり、ハムレットの独白の効果によって、観客は実際に舞台に上がることもなしに、ハムレットと一体となって共に復讐を果たすという疑似体験を味わうことが可能になるわけです。独白が持つ3つの効用によって、ハムレットの人物像は観客にとってきわめて身近な存在となるわけです。観客はハムレットの独白により、その世界観や人生観を如実に把握することが可能となります。さらに、双方の心理的距離が縮まり、絆が深まります。劇世界と現実世界を重ね合わせて考えるようになります。
もしも上司であるあなたがこの「独白」という語り方をモノにすることができたとすれば、ハムレットと観客の関係が、そのまま上司と部下の関係になる可能性が高いということなのです。これはもう、ダマされたと思ってやってみるしかないでしょう。

【独白サンプル】

ある企業の幹部研修でのエピソードを2つ紹介しましょう。見事な独白だと感動したのを覚えています。最初は、新入社員に課せられている早朝掃除に反発する新人を独白によって納得させたケースです。その会社では、入社後3ヶ月、新人は始業時刻より30分早く出社して先輩たちの机を拭くというのが慣習になっていました。ところが、ある年の新人が所属長に対して正面から反発してきたのです。

新人 「なぜ新人だけがやらされるのですか?」
課長 「キミはなぜだと思う?」
新人 「まったくわかりません」
課長 「当社が何十年もこの慣習を続けてきたのには理由があると思わないかね?」
部下 「全員で輪番制でやるならまだしも、時間外手当も出ないのに新人だけが早出掃除を強要されるのは納得できません」
課長 「気持ちはわかるが、ちょっと考えてみて欲しいんだ。キミが朝早く来て机拭きをやっている姿をイメージしてみてごらん」
部下 「はぁ?」
課長 「どんな光景が見える?誰もいないオフィスに一番乗りしたキミが先輩たちの机を拭いているんだ。そうしたら、何が起こるかな?」
部下 「まぁ、次第に先輩たちが出社してくるんじゃないですか」
課長 「そうだよね。で、どうなる?」
部下 「ふつう、朝の挨拶を交わすでしょうね」
課長 「どんなふうに?ちょっと言ってみてごらん」
部下 「えっ?おはようございます・・・ですよねぇ」
課長 「相手の先輩は何というかな?」
部下 「それは・・・、まぁ、おはようと・・・」
課長 「それだけ?他になんか言わないかな?」
部下 「まぁ、ありがとうとか、すまないねとか」
課長 「他には?」
部下 「キミ、新人だよね、とか言って名前をたずねてくるかもしれないですよね」
課長 「なるほど。ところで、キミのほうは先輩の名前を知っているのかな?」
部下 「いえ。顔と名前が一致する先輩はまだ半分もいません」
課長 「では、先輩たちは、どれくらいキミの顔と名前が一致していると思う?」
部下 「ほとんど知らないでしょうね」
課長 「うん。それでは、朝、出社してきた先輩がキミが机拭きをしているのを見て、おはようと言った後にどうすると思う?」
部下 「ありがとう。キミは新人の・・・誰だっけ?名前は?・・・みたいな」
課長 「そうしたらキミはどうする?」
部下 「名前を名乗るでしょうね」
課長 「そうしたら先輩は何と言うと思う?」
部下 「先輩のほうも名前を名乗ってくれると思います」
課長 「うん、そうだよね。それって、なにか意味あるかな?」
部下 「課長。この早出は、先輩に早く名前を知ってもらい、先輩の名前を早く覚えることが目的だったんですか!」
課長 「お互いに名前を覚えたら、仕事上、なにか良いことはあるかな?」
部下 「や、積極的に電話を取るように言われてきましたが、取ったはいいけど相手が出してほしがっている名前がどの先輩なのかわからないことが多くて・・・」
課長 「そうだとすると、お互いの顔と名前が一致していたほうが効率は良さそうだね」
部下 「はい。先輩の数も多いですからなかなか覚えられなくって・・・。それをスムーズに実現するための早出ということなんですね!」
課長 「いゃあ、実は私も10数年前、なぜ新入社員だけがこんなことをやらされるのか憤慨していたひとりだったんだよねぇ。先輩の名前がこんがらがってね、とっさのときに間違った名前で呼んでしまうことも一度や二度じゃなかったな・・・。先輩の側にしてみたら、そりゃあ失礼だよね。ところが焦って顔と名前を覚えようとすればするほど記憶が定着しないんだ。困ったよ。ところが、早出掃除で二言三言会話した先輩については、自然と名前を覚えられるものなんだ。不思議だよね。やっぱり、顔を合せながら自然な対話のなかで得た印象というのは心に残るものなんだろうねぇ。早出当番を3回終えた段階で、課の30名近い先輩たちの顔と名前を全部クリアすることができてたんだ・・・。それだけじゃないよ。日中の慌ただしい時間帯とちがって、朝は先輩たちも比較的ゆとりがあるんだろうな。パーソナルな話とかもしてくれてさ、単に顔と名前を覚える以上に、その先輩の特徴とか趣味とかも見えてきてね。心理的距離間っていうのかな、なんかこう、お近づきになれたっていう実感を持てたよね。私はキミのように上司に直訴はしなかったけれど・・・、とりあえず言われたことをやってみるうちに、何かに気づいたり、おのずと見えてくる景色っちゅうのもあるものなのかなぁ~って思うんだよね。まぁ、参考になるかどうかはわからないけど、キミ自身が考えて答えを出せばいいと思うよね」
部下 「ありがとうございました!とてもいいお話を聞くことができました。なんか、自分が恥ずかしいような気持ちです。まずは一生懸命、早起きしてみたいと思います」

いかがだったでしょうか?

聴き方、訊き方に加え、最後のほうで語り方「独白」が出てきてダメを押しています。独白する際の注意点は、部下に説教や押しつけと受け取られるリスクを回避するために、あえて正面から対峙して語らないことです。窓の外とか、左斜め上45度くらいとかを見ながら、ちょっとこう遠くを見るような眼差しで朴訥に語るということです。このほうが部下の心に染み入るのです。そして、この独白がうまくいけば、ハムレットではないですが、部下のあなたに対する親密性が増し、早出して机を拭いている臨場感が湧き立ち、あなたの体験が部下自身にも適用されるかのような感覚が芽生えるはずです。

さて、もうひとつのエピソードは、私が夜間に通っていたビジネススクールで仕込んだネタです。ある企業で飛び込み営業を指示された新人が、「いまどきアポなしで営業するなど時代にそぐわない。話を聞いてもらえる確率は限りなくゼロに近く非効率だからやりたくない」と訴えに来たというのです。このケースも、上司の独白が見事に決まったので、私としてはいろいろな機会に紹介させていただく成功例です。

上司 「なるほどね。キミの言い分はまぁわかったよ。ところでね、経験的に、飛び込みセールスが好きだという人はほとんどいないんだよね。その理由は何だと思う?」
部下 「そりゃあ、ふつうは相手に話を聞いてもらえないでしょうからね」
上司 「そう。キミの言うとおり、非効率ということだ。他には?」
部下 「・・・」
上司 「以前、若手営業の意識調査をやったことがあってね。時間のムダとか、交通費のムダとか、会社の信用が落ちるとか、まぁ、いろいろと出たんだけどね。いちばん多かった理由は別のことだったんだ。何だと思う?」
部下 「・・・」
上司 「人間の心理に関することなんだけど・・・」
部下 「もしかして・・・恥ずかしい?」
上司 「おう、よくわかったねぇ。そうなんだよ。成果が出なくて空しい・・・っていうよりも、恥ずかしいから飛び込みはイヤだっていう声が圧倒的に多かったんだ。キミはどう思う?」
部下 「まぁ、恥ずかしいと思うのがふつうじゃないでしょうか」
上司 「だよな。私だって、いま飛び込みやってこいと言われたらこっばずかしいよね。しかもこの年齢だ。相手はきっと思うでしょ?このオッサン、いい歳してまだ飛び込みとかやらされてんだ~ってさ」
部下 「・・・」
上司 「すこし私の話をしてもいいかな?」
部下 「はぁ。どうぞ」
上司 「私はこう見えても、入社したての頃は恥ずかしがり屋でね、初対面のひとと話すのに異常なくらい緊張したのを覚えてるよ。そんな私が飛び込み?それこそ、線路に飛び込みたくなるくらいイヤでイヤでたまらなかった。ところが、当時の上司が鬼軍曹のような人でね、一日10件の飛び込み訪問をするまでは帰社することを許してくれなかったんだ。あれは、今の時代だったらパワハラかもしれないな。だから仕方なく半年間、来る日も来る日も飛び込み訪問をやるしかなかった。でね、面白いのはここからなんだけどさ、あることに気づいたんだよ。ある見込み客の場合、午後一時ちょっと前の、もうちょっとで昼休みが終わる時間帯だな。その会社に勤めてる人たちが正面玄関から中へ入っていくだろ。その人波にまぎれて一緒にエレベーターに乗りこんで、彼らと一緒に上がっていって、多くの人が下りるフロアで一緒に下りる。するとね、その流れで受付で名乗って主旨を伝えるとさ、確実に中へ通される確率が高いことがわかったんだ。高いといったって、10件中2~3件だけどね。しかし、のべつ幕なしに飛び込んで玉砕していたのとくらべたら格段に効率がいいんだよ。理由はわからない。後日、飛び込みに応じてくれたお客様の話によると、午後イチで用事が入っていなければ、食後のコーヒーやお茶をすすりながら、気分転換に未知なる刺激にふれてもまぁいいかなって。それと、ランチの帰りに部下たちとワイワイやりながら自席に戻るあいだ、きわめて近くの同じ空間にいた相手に対しては、親近感とまではいかないまでも、あんまりむげにするのも気の毒かなとか、部下たちとのお喋りの楽しかった余韻をネガティブモードにかえることもないかなとか、正直よくわからないんだけれど、不思議と相手をしてもらえることが多かったわけだ。するとどうだろう。あんなに苦痛だった飛び込みにも、何か確率を上げるための法則性があるんじゃないかって考えるようになったんだ。つまり、拒絶されたら恥ずかしいとか情けないとか自分に意識を向けるのではなくって、相手はどんな条件が揃えば受け入れてくれるのか・・・。そんなふうに相手側に意識を向けるようになってね。すると不思議なもので、あんなにイヤだった飛び込みの恐怖が軽くなっていってさ。そうなってからはゲーム感覚になってね、この会社は話を聞いてもらえそうだとか予測できるようになったんだ。で、その予測が当たると嬉しくてね。会話の中でも、どんな話をしたら相手が喜んでくれるのか、どんな話は花が咲かないのか。そういうことまで少しずつ見えてきたような気がした。そんな話を鬼軍曹に話したら、毎週もらった名刺の枚数を報告してこいとか言われて、最初の内は2~3枚あればいいほうだったのが、4、5ヶ月目には毎週10枚はコンスタントに集められるようになって…。今にして思うと、飛び込みっていうのは営業に何があっても動じない自信みたいなものを根づかせてくれたのかなって思ってる。今の時代はさ、あのころとは違って転職先もままならないじゃない?でも、この先もしものことがあったとしても、自分はいかなる状況になっても、仮にアポがなくたって、いざとなれば飛び込み営業を下って見込客との関係を作れるんだっていう自信?それがある人は、ない人よりも絶対に強いと思うんだよね。だから、会社が新人に飛び込みを半年やらせるっていうのは、営業の基盤となる自信をつけさせるための儀式として会社がプレゼントしてくれてるんじゃないかって・・・、当時の私は解釈したんだよね・・・」
部下 「そうだったんですか・・・」
上司 「いや、わりぃわりぃ。長く話しちゃったね」
部下 「いいえ。いいお話を伺いました」
上司 「どう思った?」
部下 「まだ実感としてわからないというのが正直な気持ちです。でも、わからないからこそやってみようという意識に変わりました」
上司 「そうかい?そう思ってくれたとしたら嬉しいな。仕事って、実は、こうすればこうなるからヤレっていう仕事は意外と少なくてね。どうなるかわからないけれどやってみよう。どうなるかわからないからやってみよう。そういうことが多いと思うんだ。いつかキミも部下を持つようになるだろう。そのときになって、部下がなぜそんなことをヤルんですかと訊いてきたとする。明確に答えのあるケースばかりじゃないはずだ。だからと言って、ヤラなくていいとは言えないはず。それが仕事というものだと私は思っている。先は見えないけれど、とにかくやってみる。ああでもないこうでもないともがくなかから見えてくるものもあるんじゃないかな。それを部下みずからが見つけたり、気づいたりしたとしたら、きっとその後の仕事人生に活きてくると思うんだよね。飛び込みという、ある意味じゃ当てのない仕事も、そんな発見をするためにはまんざら下らないしごとでもないかなってさ・・・。そんな意識で、まずは動いてみてくれたとしたら私は嬉しいね」
部下 「はい。だんだんと興味が湧いてきました」
上司 「せっかくだから、よかったらまた、飛び込みであったこととかを聞かせてくれないかな。私も若いころの気分を取り戻せるような気がしてワクワクするからね」
部下 「わかりました。必ず」
上司 「話ができて良かったよ。期待してる」
部下 「はい。ありがとうございました!」

なんか大河ドラマのような壮大な独白でしたね(笑)でも、ここまでできたら相当なものです。見事な語りです。上司の独白を聴きながら、部下は上司に対する親密性が増したと思います。上司の若かりし日の飛び込みの経験談を臨場感を持って聴いたはずです。そして、自分が飛び込みをしているシーンを頭に描きながら、上司の語りに耳を傾けていたはずです。

独白……。これは究極の説得奥義です。独白が持つ無限の可能性を、いつかみなさんが実感できる日が来ることを願ってやみません。

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