ノミュニケーションの功罪

管理職研修では必ずこんな相談を受けます。「部下との対話をしたい気持ちは十分持っているものの、どうにも多忙で時間外にしか時間が取れない。それでもいいか」と。これについては、個人的にはお勧めできません。時間外というのは、本来、部下の自由な時間です。職場に残らせて残業扱いにします? タイムマネジメントが求められている昨今、それがむずかしいから、十中八九、居酒屋かどこかで飲みながら……となるのです。

ふつう、部下はこれを嫌います。楽しんでいるのは上司だけと思ったほうがいいでしょう。部下が女性であれば、セクハラで訴えられかねません。というか、基本的に、評価する側と評価される側のふたりが、職場以外で飲食するというのはやめるべきなのです。所詮、両者の立場はアンチです。そこには適切な距離感が求められます。周囲の目だってあるでしょう。やはり、いかなる事情があろうとも、自由時間を業務で拘束することは妥当ではありません。「いや、雑談タイムだから」というのは詭弁です。部下の側に立てば、職場の上司と過ごす時間は「仕事」でしかないのです。

なので、どうしても時間外でやる場合には、絶対に部下からお金を取ってはなりません。先述したように、会計時に「6千5百円か。じゃあ、これだけ出すから、キミ、端数を頼むよ」とか言って、部下に1,500円を払わせる上司が結構います。サイテーの上司だと自覚してください。これをやったら人望も信頼もあったものじゃない。部下にしてみれば失礼極まりない話です。これだけは肝に銘じておくべきです。

遠い昔、オーストラリア人の課長についたことがありました。理想の上司でした。とにかく部下の話をよく聴いてくれました。部下と顔を合わせるたびに、「Hi, there !. Is everything OK ,boy ?」とか言いながら。隔週一回、30名近くいる部下ひとりひとりと15分のカジュアルミーティングをやっていました。年間20回以上、のべ300分をふたりで過ごすわけですから、いろいろな話を聴いてもらったし、いろいろな話を聴かせていただきました。

彼のモットーは、「社員第一、顧客は第二」。社員が仕事や職場に満足していない限り、お客様に満足のいくサービスを提供できるわけがない。それが口癖でした。他にも、「できない原因を考えるな。どうすればできるかを考えよ」とか「まず自分を売れ。つぎに会社を売れ。さいごに製品を売れ」とか「残業禁止、早出歓迎」とか。

で、当然のごとく、彼は残業をしませんでした。率先して早く姿を消していました。ただ、部下の側は実際問題として、どうしても残業せざるを得ない場面はあるものです。そんな場合、例えば月末や期末の繁忙期になると、彼が退社した後、いつも夜食の出前が大量に配達されてきたものです。「Good luck」とか「Have a nice weekend」とか書かれたグリーティングカードを添えて。当初は、なんとキザな上司だろうと鼻についたものでしたが、回を重ねるごとに、残業が楽しくなっていったから不思議なものです。

節目節目の飲み会でも、彼は乾杯の発声をやってしばらくするといつのまにか姿が見えなくなっていました。幹事にかなりのお金を渡して、自分はそそくさと先に帰るのです。後に奥様に話を聞いてみたら、家では明け方まで仕事をしていることもままあったとのこと。つまり彼は、職場や部下たちのモチベーションを考えて、自分は先にオフィスを出たり、飲み会を抜けて帰ったりしていたわけです。何とカッコいい上司だろうと思ったものです。

カジュアルミーティングのときも、個別に相談に行ったときも、会議のときも、彼はまず部下に話をさせて、それから様々な角度から質問を投げてきた。こちらが答えている間は、ブルーの瞳でこちらをじっと見つめて、大きくうなずき、相づちを打ち、時に笑いやジェスチャーをまじえながら、遮ることなく耳を傾けてくれました。

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