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Episode6「おもてなしの国、日本」

「おもてなしの国」、そう評されている日本。それを実感するのが、海外から久しぶりに戻った時です。先日、免許の更新のために帰国した際、電車の中で何気なく聞いた車内アナウンスに驚いてしましました。

「この電車は2分ほど遅れて雲梯しております。お急ぎのところ、ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません。」

たったの2分ですよ。このわずか2分の遅れに対し、車掌が心から申し訳なさそうに謝罪をしています。海外では考えれれない光景です。

そして、運転免許試験場でまたもや驚いてしまった。更新手続きの流れが完璧に出来上がっており、何も考えなくても、誰にも尋ねなくても、窓口で言われた通りに進んでいけば、目的地に簡単に辿り着くことができます。

ご丁寧に、天井からも、床からも、次の方向を指し示しているので、滅多なことでは迷うこともできません。さらに、フロアにはサポートスタッフがいて、迷っていそうな人を見つけては、正しい流れに戻してくれます。

〝嗚呼、日本はなんて便利な国だろう〟としみじみと思いました。

一方、フィリピンでは電車に乗るにも時刻表すらなく、市役所に行けば窓口をたらい回しにされ、時間も労力も多分に消費されてしまいます。そんな不便な生活が当たり前になってしまうと、日本の快適なサービスがむしろ特異に感じます。

おそらく、日本ほど顧客サービスが行き届いている国は他にないでしょう。本当に便利で快適です。

しかし、介護士にとっては、この快適さがプラスばかりとは言えないと私は思います。なぜなら、便利・快適が当たり前の環境では、高齢者や障碍者の方が日々の生活で感じている〝不自由さ〟を見過ごしてしまう恐れがあるからです。

不自由さへの気づきが介護士を育てるということを、私は海外に出て初めて知りました。

アメリカで不自由の本当の意味を知る

大学卒業後4年半アメリカで暮らしました。英語も満足に話せず、車やバイクなどの移動手段を持たなかった当時の生活は、本当に不自由でしかありませんでした。

言いたいことが伝わらない葛藤や、何処へ行くにも人の助けが必要な煩わしさ。快適な生活を当たり前のように享受していた私にとって、初めての海外生活は苦痛でした。

せめてひとりで自由に行動ができるようにと、バイクの免許を取ることにしました。運転免許試験所へ入ると、体の大きな黒人女性が受付で、なにやら事務仕事を行っていました。たどたどしい英語で免許を取るにはどうしたらよいかと尋ねてみると、

「I don't understand wht you are saying!!(何が言いたいのか全然わからない!!)」

と言われ、そのまま無視されてしまいました。言い返そうにも、思いが上手く言葉にできず、私は怒りと情けなさが錯綜する中、出直すことになりました。

いくら言葉が不自由であるとはいえ、日本では考えられないような不愉快な対応です。なぜこんなにも惨めな思いをしなければならないのかと、帰る道すがら自問自答をしていた時、ふいに、老人ホームで働いていた時にお世話していた、認知症の利用者さんの顔が思い浮かびました。

「そういえば、Aさんは、認知症のため言いたいことが上手に伝えられなかったな・・・。」

英語が伝わらなかった自分の状況と似ているためであろうか、その時の思い出が唐突に蘇ってきました。

Aさんは、認知症でコミュニケーションが不自由でしたが、じっくりと話を聞いていれば、意思の疎通はどうにかできました。ただ、特別養護老人ホームの仕事は目が回るような忙しさです。特に夜勤専門パートで働いていた私には、Aさん1人に時間を割くことができませんでした。

最初のうちは、一生懸命に何かを伝えようとするAさんの言葉を遮って業務を進めていくことに、抵抗感がありました。ベット際で「明日の朝、ゆっくり話を聞くからね」と伝えるも、翌朝は翌朝で、また起床介助のため大忙しなのです。

Aさんには申し訳ないなと思いつつも、だんだん施設のルーティンワークに慣れてくると、要領を得ない会話に付き合うのは無駄だと考えるようになってきました。

そして、Aさんの考えを勝手に決めつけるという、自分本位の介護をするようになっていきました。それが効率性を重視した、最善のサービスだと思ったからです。

そのうち、Aさんは話をしなくなりました。ただ、私が車いすを押す方向に従って、歯磨きや排泄などを淡々と行うだけになっていきました。

異国の地で、自分の思いが伝えわらない歯がゆさを知り、初めて当時のAさんの気持ちを理解することができました。わが身を振り返り、なんてひどい介護をしてしまったのだろうかと深く反省したことを今でも覚えています。

言いたいことが伝わらない葛藤や、何処へ行くにも人の助けが必要な煩わしさは、自分自身が味わってみないと分からいない不自由さです。アメリカの経験が肥やしとなり、以後、私はお年寄りの話をよく聞くようになりました。彼らが抱えている不自由さを共感できるようになったからです。

不自由さが成長を促す

シニアビジネスの成功への鍵は、「不」の解消だと言われています。お年寄りが感じている、不安、不満、不便などの「不」をいかに解消するか、そこにビジネスの可能性が眠っています。

海外、特にフィリピンのような後進国に出ていけば、いくらでも不自由な経験をすることができます。

一度、快適な日本を飛び出してみよう。そこには、介護士としてだけではなく、人間としても大きく成長できるヒントが詰まっています。

Written in January 2014


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