占い師が観た膝枕 〜カレーうどんの男編〜
※こちらは、脚本家 今井雅子さんが書いた【膝枕】のストーリーから生まれたアレンジ作品 今井雅子作「膝枕─マメな男」を元にした二次創作ストーリーです。
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出てくる登場人物がどう表現されるのかも興味がありますので、気軽に朗読にお使いください☺️
できれば、Twitterなどに読む(読んだ)事をお知らせいただけると嬉しいです❗️(タイミングが合えば聴きたいので💓)
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サトウ純子作 「占い師が観た膝枕 〜カレーうどんの男編 〜」
絶対、今、カレーうどんを食べて来た。
部屋に入ってきた途端に漂ってくる、この、鰹出汁とカレーが混ざった匂い。
そして、口の右端に付いている小さな茶色の点。
二軒先の蕎麦屋で食べて来たのだろうか。
ただ、食べて来たばかりにしては、白いシャツにカレーのシミがひとつもない。
「これじゃあまるで、こぶとりじいさんですよね?」
カレーうどんの匂いをまとってきた男は、顔を右に傾けたまま、受付票にペンを走らせていた。
漢字4文字のトメ、ハネ、ハライをきっちり守り、フルネームを書き上げるのに113秒かかった。自然と占い師の頭も同じ方向に傾く。
「フリガナも書いておきますね!」
男の左頬には、こぶとりじいさんの「こぶ」とは比べ物にならない大きさの、女の腰から下しかない、おもちゃのようなモノがくっついていた。膝枕だ。
ただ、男にくっついている膝枕は、正確にいうと「男の頭に帯紐で括り付けられている膝枕」
この姿で商店街を歩き、カレーうどんを食べて来たのだろうか。占い師はそちらの方が気になった。
「だいたい膝枕って、このパターンになるとくっつくじゃないですか。わかっていたんですけどね」
え、ええ。占い師は仕方がなく相槌を打つ。
ペンを走らせながら声を弾ませているその男の顔を、占い師は知っていた。SNSで全世界に膝枕ブームを巻き起こした、結構有名な男だ。
ここのところ、SNSでは
「このフィット感、サイコー!」
「膝枕との一体感を強調する為にペアルックにしてみました」
などと、多くの膝枕愛用者が、膝枕とくっついた写真を自慢気にあげており、学生のカバンには色々な種類の膝枕キーホルダーを見かけるようになっていた。
実際、ここの鑑定所も、膝枕関係の相談を受けることが多くなったので、占い師もリサーチを怠らないようにしている。
だから、知らないわけがない。この男の存在を。
男が必須ではない住所やメール欄まで手をつけはじめたのを見て、占い師は首と肩を回しながら静かに席を立った。
今日は朝から良い天気だった。
商店街も、この週末は食べ歩きのイベントや、おみくじやらで、普段と違う盛り上がりを見せている。
こういう日の鑑定所は、イベント感覚で占いを楽しみに来る人が多いので、占い師もいつもより少しだけ鼻歌を口ずさむ機会が多かった。
特に今日は朝から焼肉の気分だったので、「焼肉ソング」が繰り返し頭の中を流れている…
…はずだった。
それが、この男の登場で一気にカレーうどんに引っ張られた。店内の誰かがカレーうどんを食べていると、カレーうどんの注文が次々と伝染していく、アレである。
脚立とクッションを運び込み、宙に浮いている膝枕を座らせる。膝枕が「すみません」というように膝頭をキュッと合わせ、男は「お気遣いありがとうございます」と、一瞬顔を真っ直ぐにして頭を下げると、今度は少し左側に頭を傾けて受付票に向き直った。
占い師は、よくも器用に括り付けたものだと、感心しながら膝枕を見つめた。膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらう。
「あの…、顔は写さないので、写真をSNSにあげても良いですか?」
やっと全項目を隅から隅までビッシリ書き終えた男は、今度はスマホに目を落とし、絶え間なく画面に指を滑らせはじめた。
占いナウ、とでも呟くのだろうか。
「大丈夫です。ただ、生中継はご遠慮ください」
膝枕の膝頭が少し揺れた。
内蔵されているカメラを落としてくれたようだ。それに気付いているのか、気付かないフリをしているのか。男は「その方が私も都合がいいので」と、コソコソと左右を見渡すと、初めて占い師と目を合わせた。
「驚かないでくださいね。実は私…、あの…、とても言いにくいのですが、こう見えて、膝枕とくっついていないのです」
しばらく、沈黙があった。前を通りがかった小さい子供の黄色い笑い声が場を駆け巡る。
「あっ、すみません!驚かせるつもりはなかったのですが。起き上がれなくなった私の頭は、ますますこの子に沈み込んで。かつて味わったことのない、吸いつくようなフィット感が私を包み込んだんです。ええ、ええ!例の『ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ』も聴きました!それなのに、朝、目が覚めたらいつものようにスッと気持ち良く起き上がれて…」
横でこの子がいつものように座っていたんです。男は大きく溜息をついた。
「私は究極には愛されていないのでしょうか」
また、沈黙が訪れ、前を通りがかった奥様方の甲高い話し声が響き渡る。
その間を繕うように、男は占い師から促されるままカードをシャッフルしはじめた。
「ヤキモチ妬いてくれないのでしょうか。独り占めしたいと思ってくれないのでしょうか。ずっと一緒にいたいとは思ってくれていないのでしょうか」
簡単にカードに触れる程度で、と、占い師が言ったにもかかわらず、いつまでも独り言を言いながら男がカードを回していると、手元から突然、一枚のカードが飛び出した。ジャンピングカードだ。
「最も信頼している証のようですよ」
周りを基準にせず、私を信じてください。
そして、そんな私を選んだ自分のことも信じてください。
カードはそう言っていた。
膝枕が「その通り!」というように両膝を弾ませる。視界の隅に入っていたブラックミラーには、膝枕がそのカードを嬉しそうに掲げている姿が映っていた。
「私たちは、究極を越しているってことですね!」
男は、目を輝かせて膝枕の方を見ようとしたが、帯紐でくっついている膝枕は勢いよく後ろにブンと振り回された。
その後、時間が経つのはあっという間だった。
大事そうに膝枕をお姫様抱っこして帰る男の後ろ姿を見送りながら
『夕飯はカレーうどんにしようかなぁ』と、占い師は呟いた。
その先の蕎麦屋の看板に気付いた占い師の口は、すっかりカレーうどんの口になっていた。
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8/22 徳田さんが【朗読練習王国】で📣サトウ純子祭り📣としてシリーズを全部読んでくださり、この作品の膝開きもしてくださいました‼️ いつもありがとうございます😭
8/28 小羽さんが今井雅子作「膝枕-マメな男」と一緒に朗読してくださいました❣️
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