山の民、山の動物を護る
聖ベッソ
ヨーロッパ・アルプスのイタリア北部とフランスの間にモンブラン(標高4810メートル)、グランド・ジョラス(4205メートル)、グラン・パラディーゾ(大天国の意味 4061メートル)などを含むグライエアルプス山脈がある。
標高4000メートルを越す山々が連なりアルピニスト垂涎の的の峰々だ。
イタリア側のグラン・パラディーゾ国立公園の中腹、標高2100メートル付近にサン・ベッソ(San Besso 聖ベッソの聖域)があり、毎年聖ベッソの記念日(8月10日)に登山巡礼があるという。
1人で登るのは心細かったので、知人で最近、ヨーロッパ・アルプスの登山ガイド資格を取得したHさんに連絡を取ってみると、二つ返事でGOサインをもらった。
グラン・パラディーゾの登山口になるカンピリア・ソアーナ(Campiglia Soana)で、すでに標高1200メートル。
宿舎の若者にサン・ベッソまでどのくらい時間がかかるか尋ねてみたら、普通は1時間半から2時間だけど、オレなら45分だね……と、とってもイタリアンな返事。
記念日のミサは10時から。眉に唾をつけて聞いたものの、大事を取って翌朝は7時半に宿舎を出た。
8月とはいえ、アルプス山中は冷え込む。宿舎周辺の駐車場、道路には、遠くから朝早く来た人たちの車が並び、すでに駐車規制が始まっていた。
登山口の大きな岩に「S.Besso」と書かれていて、臨場感を煽られる。
登山道に入ると大きな岩がゴロゴロ。8時前だというのに、もう多くの人たちが山を登っている。
急傾斜の山道をジグザクに登って行ったが、30分も経たないうちに喘ぎ始める。
齢80歳を越える健脚の老人もいて、10歳の時から登っているという。
老人は、15歳でパリに出稼ぎに行ってからも毎年8月に故郷に戻り、サン・ベッソ巡礼に参加しているという。イタリアの移民、出稼ぎの悲哀を歌ったカンツォーネの名曲「ケ・サラ(Che sara)」のモデルのような人で、何とイタリアらしいのだろう、と感慨深った。
老人からチカラを貰い、自らに鞭打ってサン・ベッソの聖域を目指すしかない。
休みながら登っていると、子ども連れの人も登ってくる。
背中に子どもを背負って、登山している人たちが何組もいる。半時間登ってヒト休み、それが20分登ってヒト休み、その間隔がドンドン縮まり、最後は5分登っては5分休み、息も絶え絶え。
同行してくれたHさんから、「目指す聖域はすぐそこです」と何度言われたことか?
やっとの思いで聖域に到着した時は、記念日のミサが始まる寸前だった。
聖域の礼拝堂は小さく、30人も入れば満席という大きさ。
毎年記念日のミサは野外で催行しているが、この日は何と1000人以上の参加者が。
コロナの影響で2021年、2022年はいつもより2、3割多いとか? ハンド・スピーカーを使ってのミサだった。
ミサの後に、礼拝堂の上に覆いかぶさるように聳え立つ、高さ60メートルの岩山の周りを聖ベッソの聖遺物と御輿を先頭に、巡礼が始まる。
言い伝えでは、この岩山の頂きから聖ベッソは突き落とされ、殉教したとか? そのために岩山は聖なる岩塊でもあるのだ。
巡礼者たちは、岩肌を触りながら岩山を一周する。
巡礼には、グラン・パラディーゾの谷間の村々の民族衣装を着た若者たちも参加する。
昔、聖域を取り合って争った後に、仲直りして、共同の聖域としたことが和解のしるしとか?
巡礼の後は、礼拝堂の前の広場を使ってオークション。
信者の寄進したワイン、蒸留酒、民芸品などなどをオークションにして、競売で得たお金は礼拝堂の献金に。
オークションが終わると、山のランチが始まる。
大きな鍋で煮たともろこしの粉「ポレンタ(Polenta)」に、イノシシ肉で作った「山のソーセージ」のトマト煮をかけた山ならではメニュー。
ランチには、地元の赤ワインと蒸留酒「グラッパ(Grappa)」で乾杯! 標高2000メートル以上ある聖域の空気は清々しく、神々しい。
聖人録
聖ベッソ
Besso