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旅の無事、交通安全の守護
聖クリストフォロ
守護聖人とは、神に直接願う代わりに神への願いを取り次ぐ、決まった分野の願い事の取次に長けた聖人たちをいう。
会社などで社長、重役には直接相談できないことも、部長、課長には比較的容易に相談、依頼しやすいこともあるのではないだろうか? そんな代願を大々的に行うのが守護聖人の祝祭事だ。しかし、すべての聖人の祝祭事がある訳でもない。
有名な聖人で、人気もあるのに祝祭事がなかなか探せない聖人もいる。そんな1人に、交通機関が発達していない中世に絶大な人気があり、現代社会でも別の形式で人気がある聖クリストフォロ(イタリア語 Cristoforo)がいる。
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聖クリストフォロは、肩にイエスを担いで大河を渡った、気は優しくて力もちの大男であったとされている。そのために河川交通、アルプス山脈の峠などの交通の要所の守護聖人になっていた。
現代社会でも交通機関の守護聖人ということで、ヨーロッパでは車社会の交通安全、列車の運転手がお守りとして聖クリストフォロのメダイを持っているのを見たことがある。
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アルプス山中の地名などに聖人の名前が残っているものの、ナカナカ祝祭事が見つからなかった。
「聖クリストファー(英語)」のフェスティバルをネット上で探したら、7月下旬の聖人の記念日(7月25日)に近い週末に、クリストファー・ディというイヴェントがベルリンで開催されることが分かった。
行ってみるとLGBTの大パレードで、私の取材目的と違うので取材を断念したこともあった。
聖クストフォロの祝祭事を諦めていたころ、イタリア中部の食都ボローニャから南東10キロメートルのエミリア地方、オッツァーノ(Ozzano)村で、サグラ・デル・トルテッローネ(Sagra del Tortellone)の最終日に聖クリストフォロ祭があることを知り、訪ねた。
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「サグラ(Sagra)」とはイタリア各地で開催される「食の祭典」を指し、「トルテッローネ(Tortellone)」は、近くの食都ボローニャ名物の「トルテッリーニ(Tortellini)」を大きくした餃子のような詰め物のパスタ。
オッツァーノ村でしか食べられないローカル・パスタで、まさにオフクロの味。
オッツァーノ村の教区教会のピエトロ主任司祭が、イタリア各地で開催される食の祭典サグラが好評なことを知り、7月中旬から2週間の食の祭典を企画し、その最終日を村の守護聖人、聖クリストフォロの記念日に設定したというプロのプランナー顔負けの村興しの発案をした。
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会場は、教区教会裏手の広場にテントを張った特設レストラン。教会の裏庭の、ルルドの聖母マリアの岩窟が入口といういかにも教会主催の催事らしい。入口で一皿8ユーロのトルテッローニとドリンクチケットを買い、会場へ。
ワインもパワフルな赤のローカル・ワインが中型のカラフ(Carafe 水差し)壜で4ユーロ、何とも庶民的な食の祭典だ。
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珍しいパスタの食の祭典に、ボローニャからも多くの訪問者があり、会期中に約1万人以上が訪れる。
パスタもオッツァーノの主婦たちの手作りならば、広いテント内をあちこちを忙しそうに動き回るトルテッローニを運ぶ給仕たちは、男女を問わず村の中学生たち。村民全員参加で篤いオモテナシ、手造り感満載の食の祭典。
さらに、最終日の聖クリストフォロの記念日のミサの後には、交通安全のための車の祝聖もある。
村興しの成功の要因は、その辺にありそうだ。
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2週間の食の祭典のハイライトは、最終日の聖クリストフォロの記念日のミサ。
教区教会に隣接する広場に築いたミサの特設舞台まで短いながらもプロセッション(行列)がある。
教会に顕示されていた、小さな幼きイエスを肩にのせた巨人聖クリストフォロの像を、村の信者たちが担いで運ぶ。約200メートルほどのプロセッションだが、行く手をさえぎるほどの信者たちが、御輿を待ち受ける。
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教会横の広場に特設した野外舞台の祭壇で、20時からミサが始まった。
ミサ参加者もいつもの教会での参加者より多く、村長さんも参加し、500人近い参列があった。
才人の名物司祭、ピエトロ司祭が記念日のミサを司式した。
ミサが終了後、21時半ころから待ちに待った車への祝聖が始まった。
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ピエトロ司祭が、教会の前の広場に駐車していた車に祝聖を行った後、往年のイタリアの名車フィアット500に乗り込み、サン・ルーフから身を乗り出して、もう一度祝別した後、車は走り出した。
往年の名車とはいえ、排気量500CCの超軽小型車に運転手、ピエトロ司祭が立ってのり、その上応援団と思しき人が2人。無論、イタリアの交通法規でもこんな危険な運転は禁止だろう。
しかし警察の車、パトカー、白バイなども祝別してもらうのだから、警察も見て見ぬふりか? 走行するフィアット500から村の駐車場、路上駐車の車に次々と祝別する。
カメラを2台も持って、走りながら追いかけるフォト・ジャーナリストの身も考えて欲しいと思ったものの、旅の無事をいつも見守ってくれる聖クリストフォロには何も文句をいえない身でもあった。
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聖人録
聖クリストフォロ
Christophoros
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聖クリストフォロ(ギリシャ語でクリストフォロス Christophoros)は伝説上の聖人で、1969年のヴァチカン公会議で聖人リストから外された聖人の一人だ。東方正教会、英国の国教会では聖人となっている。
伝説によれば、クリストフォロスは3世紀頃に聖地エルサレルムがあるパレスティナ地方で生まれ、小アジア半島(現在のトルコ)で亡くなったとされている。
クリストフォロスの願いは、最も力のある権力者に仕えることであった。何人かの権力者たち仕えた後、悪魔に仕え、悪魔がイエスを恐れていることを知った。隠者を訪ね助言をもらい、世の中で奉仕することを学び、川のほとりに住み、川を渡る人たちを助けるようになった。
ある時、幼子が川のほとりに来て、向こう岸に渡りたいという。クリストフォロスが幼子を肩にのせて川を渡っていると、肩の上の幼子がだんだんと重くなり、川の中で動けなくなった。まるで世界を背負っているかのようだった。
その時、肩にのせた幼子がクリストフォロスに、「全世界の造り主を運んでいる」のだと伝えた。
クリストフォロスは、自分が運んでいるのが幼きイエスであることに気づいた。クリストフォロスとは、ギリシャ語で"キリスト(クリスト)を運ぶ人(フォロス)"を意味する。
旅人、交通安全、ドライバー、嵐、災害、水難などの守護聖人。
ヨーロッパでは洗礼名として古今東西人気の名前だ。新大陸を発見したコロンブス、子どもたちに人気のある「くまのプーさん」の著者、英国の児童文学作家ロビンもクリストファーの洗礼名を持つ。フランスの超高級鞄ブランド、ルイ・ヴィトンの旅行用リュックサックにもクリストファーという商品がある。
日本では、芥川龍之介がこの聖人をモデルに「きりしとほろ上人伝」を書いている。