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ログローニョの聖マテオ祭(後編)

─ スペイン・ラ・リオハ地方 ─

民族衣装の市民たちが、次々と特設舞台に置かれた大きな木桶にぶどうを持ち運ぶ。

ヴァルヴァネラの聖母子像もワイン業者に運ばれて特設舞台へ。

最後に今年のリオハ・ワインの王様と王女が、ぶどうを木桶に。
約100キログラムの収穫したばかりのぶどうが木樽に。

リオハのワイン業者の若者2人が舞台に上がり、大きな木桶に入る前に民族衣装の赤い網靴を脱ぎ、木桶の中に入り、「ぶどう踏み(Pisado de La Uva)」を始めた。
踏み始めて5分ほどで、モスト(果汁)と呼ばれるぶどうのジュースに。

コンチャ・アンドル(Concha Andreu)リオハ州知事と、ワインの王様と王女がモストをワインのカラフへ。

モントイワ司教も登壇し、できたばかりのぶどうのモストを祝福し、檀上の聖母子像へ捧げる。

ぶどうの圧縮セレモニーの後、大聖堂に戻ると大聖堂前の広場は盛大に煙が立ち上り、まさにバーベーキュー・パーティの宴たけなわ。
4人用テーブル一つが35ユーロで、ワイン飲み放題に羊肉、ソーセージの食べ放題。

ワインは大胆豪快に木樽から直接、ホースでポリエチレンの1リッター・カラフで。
ボトル入りの上等なワインの持ち込みも可能。時間制限なしで、飲めや歌え、そして踊れの大騒ぎ。

飲むほどに壮言大語も飛び出し、「リオハ・ワインは世界の三大ワインの元祖だ」とか?
確かに100年以上前、フランスのぶどう畑がフィロキセラ(Phylloxera)にヤラレ、壊滅状態となった時には、ラ・リオハ地方からぶどうの苗の援軍がフランスに送られている。
他にもカリフォルニア・ワインも元はといえばスペインからの移民がぶどうを持ち込み栽培法を教えたのだとか?
当たらずといえども遠からず? のご意見。リオハ・ワインに対する並々ならぬ誇り、思い入れが感じられた。

大聖堂前の広場は、炭火に落ちた肉汁のモンモンとした煙とワインの臭気が立ち込めた大宴会場と化していた。


聖人録

聖マテオ

San Mateo (日本語ではマタイ)

イエスの十二使徒の1人、マタイは、イエスが活動の中心地としていたガリラヤのカファルナウムで徴税人として働いていた。
当時の徴税人は、現代人が考える税務署の役人とは違い、法外な税を徴税したり、その一部を着服し私服を肥やすものも多く悪名が高かった。
言わば力づくで借金を徴収する強面(こわもて)の借金取りのような存在だった。
マタイは収税所を通りかかったイエスに「わたしに従いなさい」(マタイによる福音書9章9節)と召命を受け、イエスの弟子となった。
マタイは福音を生まれ故郷の言葉、アラム語で書いたことから多くの人が容易にイエスの福音を知ることとなった。
マタイによる福音書は、冒頭でイエスの系図を延々と書き綴ったことから、マタイのシンボルは「人」として表現される。
マタイはエルサレムの迫害を逃れるために、エチオピア、ペルシア、メソポタミアに宣教したと言われる。
伝承ではエチオピアの王族を始め、多くのエチオピア人を改宗させ、エチオピアで殉教し、長いことエチオピアに墓が築かれていたと言う。
5世紀頃に南イタリアのヴェイラにエチオピアから遺骨が移されていた。
「マタイ」はヘブライ語で"神の贈り物"を意味し、税関士、会計士、金融業者などの守護聖人。
リオハ地方の主要産業は、ワイン製造業。リオハ地方、ログローニョ市の繁栄もワインで成り立っている。
金融、税の守護聖人である聖マテオは特に重要な守護聖人だったのだ。



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