番外グルメ編「スペイン中部の名物料理子羊のロースト」
18世紀末のフランス革命以来、ヨーロッパでは多くの修道院が廃院となった。廃院になった修道院は、刑務所や精神病院に再利用された例も少なくない。
20世紀に入ってから観光が一般化したため、廃院となっていた修道院がホテルに変わり始めた。
数は少ないもののレストランに変わったものもある。スペインの古都バリャドリド(Valladorid)を訪れた際に、修道院の一部をレストランとした「聖ロレンツォ・グリル(Pariila de San Lorenzo)」を訪れた。
バリャドリドはマドリッドの北約200キロメートルの地にあり、スペインの高速列車(AVANT)ならばマドリッドと約1時間で結んでいる。15、16世紀にはスペイン王室の宮廷も置かれ、1601年から1606年までスペイン王国の首都ともなっていた歴史ある町だ。
歴史あるスペインの大都市同様、旧市街の中心地に大きな広場プラサ・マヨール(Plaza Mayor)があり、広場に面して旧市庁舎が立つ。広場の周辺が繁華街、飲食街となっていて、目指す「聖ロレンツォ・グリル」は飲食街の外れにあった。
広場に隣接した繁華街と違い、街灯も少なくなり、レストランは何処だろうかと探していたら、黄色い由緒ありそうな大きな建物の角地にレストランの入り口があった。
建物は16世紀にスペイン王フィリペ二世によって築かれた「聖ホアキン(ヨアキム)と聖アンナ修道院(Monasterio de San Jpaquin y Santa Ana)」だった。
石で囲まれたレストランの入り口の上には、バール(Bar)とレストラン(Pariila de San Lorenzo)の看板があった。パリア(Parilla)とは、スペイン語で"グリル"もしくは"鉄格子"を意味する。
あのローマの助祭で3世紀半ばに鉄格子に括りつけられて焚刑に処された聖ラウレンティウス(San Lorenzo de Roma)の鉄格子が店名とは!
言葉遊びにしてもカトリックの信仰が篤い国なのに悪ふざけが過ぎると思った。
大きな石で囲まれた門のような入り口から店内に入ると、天井に美しい画が描かれたカウンターバーがあった。天井からスペイン名物のイベリコ・ハムが何本もぶら下がり、スペイン人たちはここでタパスを摘まみながら、前菜酒を飲んでレストランに入るようだった。
胃袋の大きさに自信を持てない私は、ほろ酔い加減の先客たちを横目に見ながら店内へ進んだ。
修道院の地下を改装、修築して作った店舗のためか、レストランに入る前に、炭火焼の石造りの竈があり、その奥に厨房があった。
レストランでは、焼き肉系の料理はこの石造りの竈ですべて調理するらしい。竈の中が大きな円形の空洞になっていて、イタリアなどで見かけるピッツァ用の石造り竈と構造はほぼ同じようだった。
厨房の横を通り、レストランに入る前に大きくて趣きのあるワイン・セラーがあった。
バリャドリッドの南を流れるデュエロ(Duero)川沿いは、スペイン屈指のワインの産地。それもスペインでは上級のワインばかり。ワイン・ラックにストックされているワインを見るだけでレストランの評価も急上昇した瞬間だった。
レストランは、美術品が所狭しと飾られ、雰囲気も満点。なんだか美術館の中にいるような錯覚も覚えた。しかし21時半を過ぎているのにレストランには誰も客がいない。
スペインは夕食の始まりが遅いと聞いていたが、こんな大きなホールで一人でと思っていたら、22時頃から三々五々とお客さんが入ってきた。
ボーイにお勧めの料理を尋ねたら、「このレストランに来て、スペイン中部のカスティリア・イ・レオン地方の名物料理『乳飲み子羊の焼き肉(Lechezo Asado)』を食べずして、何を食べるのか?」と。
スペイン語で「レチェ(Leche)」とは"ミルク"、「レチェソ(Lechezo)」とは"乳飲み子"の意味で、まだ餌を食べることができない生まれて数週間の子羊のグリル。
子羊となるとすぐに迷える子羊を思い出し、一瞬躊躇したが、「名物にうまいもの有り」を旅のモットーにしている私としては、好奇心と食欲には勝てずに思い切ってオーダーした。
スペイン風土鍋に皮付きの子羊の肉に水を少しかけて入れ、石の竈でジックリと約2時間焼いているので肉は柔らかく、皮はパリっとしていて美味。
2000年ほど前、ローマ帝国がイベリア半島を占領した時のおきみやげとか? 確かにイタリア人たちも子羊、羊肉の焼き肉料理を良く食べる。
亀の甲のような小さな四角い刻みが入った地方のパン「パン・デ・クアドロス(Pan de Cuadros 地方によっては『ピカイート Picaíto』とも)」。パンの皮は硬めだが、中はむっちりとした食感で柔らかく、刻み目が入っているのでちぎりやすい。単純な味覚が脂っぽい地方料理と抜群の相性。300以上の種類があるらしく、この亀甲パンは、「パン・デ・ヴァリャドリド(Pan de Valladolid)」とも言うらしい。
宮廷があったバリャドリドらしい高級パンだ。
勿論ワインは、「デュエロ(Duero)」の赤ワイン。それも上級ワインの「リベラ・デル・デュエロ(Ribera del Duero)」があったので迷わず決めた。スペインのレストランはハーフサイズのボトルワインを色々置いているので、一人旅の身には有難い。ワイン・グラスに粘りつく、ワインの粘着度が半端じゃなかった。
23時を過ぎると、レストランの席は、ほぼ満席に。スペインの夕食は遅いと聞いていたものの、スペイン語が大声で飛び交う喧噪なかで、他の席も皆「レチェソ・アサド」を。一匹の子羊をテーブルの上でシェアしている人たちもいる。
隣の席の人たちが一人で食べていないで、こっちで一緒にイッパイやろうと優しいお誘いの言葉。フレンドリーなスペイン人に乾杯!
レストランを出ると、正面の建物の壁の龕に聖母子像が顕示されていた。王冠を被った聖母マリアが幼きイエスを膝に載せている。子羊を食べてしまったことに後ろめたさを感じながら、聖母子像に祈りを捧げ、ホテルへの帰途に着いた。
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