著名な女性たちを護る
聖マルガリタ
人名などに多い聖人でも、祝祭事が少ない聖人たちもいる。
「アンティオキアの聖マルガリタ(Sancta Margarita Antiochena)」に由来する"マーガレット"などは英国、ドイツでは人気の女性名だが、祝祭事を見つけるのに一苦労した。
著名人も少なくなく、英国では、かの"鉄の女性"宰相サッチャー女史、映画「ローマの休日」のモデルになったと噂の王女やドイツではテディベア・メーカーを作り上げたマルガレーテ・シュタイフもいる。そう、日本の少女漫画雑誌の草分けマーガレットもこの聖女に由来している。花のマーガレットもしかり。
長い間、聖マルガリタの祝祭事を探していたが、見つからず四苦八苦していたところ、たまたまイタリア旅行中にサンタ・マルゲリータ・リグレ(Santa Margherita Ligure)という海浜リゾート地を見つけた。
聖女に関係があるのだろうと推測し、早速同市の教区教会に尋ねてみた。聖人の記念日(7月20日)の夕刻に、記念日のミサとパレードがあるという。北イタリアの港湾都市ジェノヴァから海岸線を東へ20キロメートル離れた海辺の街サンタ・マルゲリータ・リグレ(以後SML)を訪れた。
南仏のニースから中部イタリアの軍港ラ・スペッチアまでの海岸線地域を「リヴィエラ・リグレ(Riviera 海岸 ligure)」と呼んでいる。日本で一時期流行した歌謡曲「冬のリヴィエラ」はこの地方名に由来している。リグリア海岸は、英国人の保養地で夏は避暑地、冬は避寒地。ニースには「英国人の遊歩道」と呼ばれる海岸散歩道もあり、この地方に多くの英国人が訪れていることが分かる。
7月中旬、時あたかも海浜リゾート時期の真っただ中。ホテルの予約が難しく、空室があっても一泊500ユーロ以上の高級ホテルばかり。中には1000ユーロを越えるホテルもチラホラ。幸運にも安価な宿泊施設を何とか探しせたものの、この地域の海浜リゾート人気には驚いた。
聖マルガリタの記念日(7月20日)の夕刻、SMLの「薔薇の聖母マリア教会(Nostra Signora della Rosa)」で記念日の晩の祈りが行われた。旧市街の中心地に位置する大聖堂に続く小路はこの日一日限りの市が立っていた。地方の民芸品、オリーブ油などの地方の特産品と共に雑貨などの屋台が大聖堂の前まで立っている。冷やかし半分に屋台を覗いてみると、イタリアの田舎には珍しく、すぐに英語で応対してきた。英国人のリゾート客が多いことを身に染みて感じた瞬間だった。
SMLでは、中世から船乗りたちが聖母マリアに海路の無事を取り次いでもらっていたことから聖母崇敬が盛んで、右腕に幼きイエスを抱き、左手に薔薇の花を持った聖母マリア像が14世紀頃から顕示されていた。17世紀後半に薔薇の聖母マリア教会が献堂された。バロック様式の教会は絢爛豪華で今日もその威容を伝えている。
聖マルガリタの記念日だけ薔薇の聖母マリア像が顕示されている礼拝堂に、マーガレットの花で飾られた聖マルガリタ像と聖遺物が顕示される。
晩の祈りが済むと、約1時間半ほどの小休止の後、21時に教会から海岸線に設けられた祭事会場までプロセッション(行列)があった。教会の前には、郷土が生んだ世界的な大冒険家の名前を冠したクリストファー・コロンブス吹奏楽団が待ち構えていた。
聖像が教会から現れると、厳かに英国第二の国歌とも言われるエドワード・エルガー(Sir Edward William Elgar)作曲の「威風堂々(Pomp and Circumstance)」の演奏が始まり、プロセッションが始まった。そこまで英国に迎合しなくともと思ったが、海岸線を荘厳に行進するプロセッションには意外にもお似合いだった。
マルガレーテ・シュタイフは、1847年、ドイツ南部のギンゲンで大工の娘として生まれた。2歳時に小児麻痺を患い、以来終生右半身不随となった。本来ならば、マルガレーテの兄弟たちが彼女を養うべきであったが、気丈なマルガレーテは幼い頃に縫裁を習い、ミシンの反対側から左手で縫うことを覚え、衣服縫製を手がけるようになった。その作業で出た切れ端の布で、姪たち甥たちにおもちゃの動物を作り、後にテディベアで有名になった世界的な縫いぐるみメーカー、シュタイフ社を創業した。マルガレーテはドイツ政府からその功績を称えられ、20世紀のドイツの偉人の一人に選ばれ、ドイツで最も知名度の高い"マルガリタ"になった。
マルガレーテ・シュタイフの誕生175年を祝い、2022年にマルガレーテ・テディが製造、販売された。
世界のテディベア・ファンには、もう一人のマルガレーテが誕生した。胸にマルガレーテが最初に作った象を描いたペンダントをさげ、エレガントで可愛らしい。
テディベアの名称はアメリカ合衆国大統領テオドア・ルーズベルトに由来する。"テオドア"とはギリシア語の「テオ(Theo 神)」からの派生名で、愛らしい姿で多くの人々を癒してきたテディベアは神の使いなのかも知れない。
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