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石川達三『最後の共和国』の「答え合わせ」

 かつて石川達三といえば新潮文庫で大量に作品が出版されていたものだが、今はあまり読まれていないような感じではある。その上今回取り上げる『最後の共和国』となればSF作品だからなおのこと読まれていないように思う。
 しかし『最後の共和国』は「中央公論」に昭和27年4月号から12月号にわたって連載され、昭和28年2月に中央公論社から単行本として刊行されたのだが、解説を書いている久保田正文によれば、石川は単行本の最後の「後記」で、これは「一つの試作」であり、「私は、この作品を以て未完稿として置きたい。将来いつか暇をこしらえて、ゆっくりと書き直して見たい希望をもっている。」と記しており、なかなか文庫本にはならなかったのであるが、本人が諦めたためなのか書き直されないまま昭和50年10月に新潮文庫で再販されるという経緯がある。
 ところで昭和27年、つまり1952年となれば、日本で最初のSF雑誌『星雲』の刊行が1954年12月で、星新一、小松左京、筒井康隆の「SF御三家」はまだデビューしていないので、日本においては結構早い段階で書かれたSF小説と言える。
 もう一つ興味深い点は、石川は舞台設定を2026年にしており、ほぼ現在であり、もうそろそろ「答え合わせ」をしても良い時期といえるのだが、決してここで石川の想像力の貧困をあげつらうつもりはない。例えば、今から74年後、世界がどうなっているのかなんてもはや誰にも分からないであろう。

 ということで「答え合わせ」をしていこうと思う。『最後の共和国』は「ユナイテッド・エシア(U・A)」通信社通信放送資料で構成されている。実は既に4回の世界大戦が起こっていて世界の人口は三分の一まで減っており、ようやくジュネーブで平和会議が開かれ世界96ヵ国による世界連邦共和国の基盤が打ち立てられた状況である。
 現在の共和国の問題は自殺である。以下は東京国立病院長で医学博士の佐野比立夫フィリップ氏の見解。

 自殺は個人の自由であると、ポーランドでは認めているが、最後の自由を行うものが、三人五人と相集って、同じ所で同じ薬を、同じに飲んで死んだというのは、個性を無くした人間共だ。もっともそれには理由があろう。最高文化の共和国では、万事が平等、万事が無差別。ロボット教師から学問を習い、国家の富を配給されて、幸福のかたちも同じなら、失恋のかたちも同一で、死にたい気持も同じだから、死ぬ場所までも同じになる。どこにも個性がなくなって、最高文化の人間は、少しロボットに似てきたようだ。
 おそらく彼等は自分自身の、命を大事に思っていない。生命感が薄弱で、生存意欲がとぼしいのだ。跛やめくらや禿頭はげあたまや、かたわの者が多いのも、人類末期の症状であり、同性愛が流行して、至るところで男と男、女と女が家庭をもって、不生産的恋愛に、うつつをぬかしているというのも、末期的現象のひとつである。生命の意義を感じないから、子孫を持ちたい望みももたず、死を恐ろしがる気持もないのだ。しかもかぼそい神経が、頭のなかで空転して、自家中毒に似たような破壊作用をおこなうから、外形は自殺であるけれども、寿命が尽きたと同じことだ。肉体だけは健康でも、生命力がなくなって、空虚な肉体になっている。だから個性もなくなるし、自分の意志もうしなって、女の歌の刺激だけでも、自殺の理由になるわけだ。肉体が死んで腐ったら、精神と肉体のバランスが、ちょうど良くなるかもしれない。
 自殺手続規定をもって、最高道徳の象徴などと、馬鹿をいうにもほどがあろう。自殺の理由をつきとめて、その原因を除くことこそ、わがユートピアにふさわしい文化政策というべきものだ。

『最後の共和国』p.26-p.27

 今でも「右側」界隈でよく耳にする意見であるが、状況は全く違う。「Yホルモン」の合成に成功したことで、哺乳類は妊娠期間が短縮され、ロロアと呼ばれる、同性愛の女性たちが、互いに異性に心をひかれないように、飲み物にまぜて飲む、男性体臭嫌悪剤けんおざい(一種の逆作用ホルモン)も存在する。
 しかし最大の問題は、七つの工場で一日に一万四千、月産四十二万個、一年に約五百万製造される現在のロボットが、あまりに精巧になったために、人間の手に負えなくなって、ロボットがロボットを製造し出した時点で一種の生物のようになりはじめたことである。
 そうなると人間にとってロボットは機械なのか同じ生物なのかが問題になりだし、ロボット農民組合が政府の弾圧に抵抗し始め、ヒーローとなる「ロボット徳川」を中心に反乱が起こり、人間の共和国は終わろうとしているのである。
 西洋の歌姫であるフロラ・ヴィクトリアと東洋の歌姫であるアンナ・カミーニヤはさしずめテイラー・スウィフトとYOASOBIといった感じだろうか。2027年6月のニュースにおいて、「流行病のばいきんが、去年にくらべて今年は更に、一段と強くなって来たので、連邦衛生委員会では、一層強烈なワクチンを、大量生産しております」と報告されている。連邦政府から英国が脱退するというエピソードは「当たって」いる。