
WithAI時代、SECIモデルはどう進化するか?
知識創造プロセスSECIモデルの提唱者、野中郁次郎先生がご逝去されました。
人材育成クラウドであるリフレクトを作る際に、生成AI・クラウドを活用しつつ自然とSECIモデルを運用できるプラットフォームに仕立て上げることを意識していました。生前、先生とお話しできなかったのは大変残念です。
野中先生の追悼として、WithAI時代、クラウドや生成AIを活用したSECIモデルがどのようになるのか考察致しました。
1. SECIモデルとは
SECIモデルは、組織やチームなどで知識を創造・共有・活用していくプロセスを4つのフェーズ(Socialization, Externalization, Combination, Internalization)に分けて示した理論です。大まかな流れとしては「暗黙知を暗黙知へ」「暗黙知を形式知へ」「形式知を形式知へ」「形式知を暗黙知へ」と変換・進化させていくことで、組織や個人にとって新たな知識が生まれ、高度化していくことを示しています。

Socialization(ソーシャライゼーション)共同化: 暗黙知から暗黙知への変換
お互いに持っている経験やノウハウといった暗黙知を、対面や直接のやりとりを通じて共有・獲得する段階です。先輩の仕事のやり方を見て学ぶ“見習い”のようなイメージです。
Externalization(エクスターナリゼーション)表出化: 暗黙知から形式知への変換
暗黙知を言語や図解、文章などによって可視化し、他者と共有できる形式知に変換する段階です。具体的なマニュアル化や手順書化、フレームワークなどを作るイメージです。
Combination(コンビネーション)連結化: 形式知から形式知への変換
既に存在する文書やデータベース、知識資源を組み合わせ、新たな知識を創造する段階です。異なる部署やチームが連携し、新しいアイデアや施策を生み出すイメージです。
Internalization(インターナリゼーション)内面化: 形式知から暗黙知への変換
形式知として整理された知識を、実践や経験を通じて個人の内面化=暗黙知へと落とし込む段階です。実際に使ってみたり、現場で試行錯誤しながら身体化・習熟するイメージです。
2. 知識創造を促進する4つの「場」
SECIモデルと併せて語られる場とは、知識が創造されるための“場”あるいは“コンテクスト”を意味します。大きく4つに分けられ、それぞれSECIモデルの各フェーズを支援する役割を果たします。
創発場: Socializationを支援する場
メンバー同士が直接会ってコミュニケーションし、互いの暗黙知を共有し合う場です。雑談や食事会、朝礼などのように、リラックスして話せる環境を含みます。
対話場: Externalizationを支援する場
暗黙知を言語化・可視化するための場です。ブレインストーミングやワークショップなど、対話を通じて具体的に考えを整理し、共有する機会が該当します。
システム場: Combinationを支援する場
形式知を組み合わせ、体系化したり、新しい文書化・データ化を行う場です。社内Wikiやクラウド上のナレッジプラットフォーム、社内システムを活用する場面が典型例です。
実践場: Internalizationを支援する場
形式知をもとに実際に実践し、学習し、暗黙知化を図る場です。OJT(On the Job Training)や研修、実際のプロジェクトや営業活動の中で試行錯誤する状況がこれに当たります。
これら4つの場を有機的に組み合わせながら、SECIモデルのサイクルを回すことで、個人・組織の知識が豊かに育成・進化していきます。
3. 営業における具体例
ある企業の営業チームで新しい営業手法や製品知識を組織的に高めていくケースを想定して、各フェーズと場を絡めながら説明します。
各ステップで、クラウドツールやAI活用のイメージを記載します。

3.1 共同化:Socialization(暗黙知→暗黙知)+創発場
具体例: 新入社員のAさんが、ベテラン営業のBさんに同行して顧客との商談に参加します。Bさんは長年の経験による顧客との雑談の仕方や、微妙な空気読み、相手の興味を引き出すタイミングなどを自然に行っています。Aさんは隣でBさんの言動を“肌感覚”で感じ取りながら、「こういう時はこう切り出すのか」「雑談の中で相手のニーズを探るんだな」といったノウハウを暗黙裡に学習します。
創発場: この場では、対面でのコミュニケーションや現場同行が重要になります。営業チーム内で生まれる“雑談”や“空気感”を共有することで、Aさんはマニュアルには載っていない、ベテランが培ってきた暗黙知を感じ取るわけです。
クラウドの振り返り共有ツールの活用: 商談後にAさんが感じたことや疑問点を、クラウドの共有ツール(たとえば社内SNSやチャット、ドキュメント共有サービス)にメモとして残します。Bさんだけでなく、他のメンバーからもコメントがもらえるため、新入社員の気づきがチーム全体で共有されやすくなります。
生成AIのコーチ・上司の支援: Aさんが残した振り返りメモに対し、生成AIが「この場面では、どのような質問をすれば相手が喜ぶか?」などと追加の問いかけを行い、思考を深める手助けをします。上司やコーチも、Aさんのメモを見て「実はあの時、顧客のちょっとした表情変化があったのでは?」と具体的フィードバックを与えやすくなります。Aさんはさらに実践的な気づきを得て、暗黙知が豊かに育まれます。
3.2 表出化:Externalization(暗黙知→形式知)+対話場
具体例: AさんはBさんから得た感覚的なノウハウを言語化・可視化するため、対話形式のミーティングを行います。たとえば「商談の冒頭10分で使う雑談パターンをまとめる」「話を切り替えるキーフレーズ一覧をつくる」など、口頭で互いに説明し合いながらドキュメント化を進めます。
対話場: ブレインストーミングやワークショップなどの形で「この場面ではどう対応する?」「実際にはどの順番で提案を行うと良いか?」といったやり取りを行い、暗黙知をできるだけ言語化していきます。これによって、個人の頭の中だけにあった知識が共有可能な形式知になり始めます。
クラウドの振り返り共有ツールの活用: たとえばオンライン会議ツールでミーティングを録画し、それを自動的にテキスト化・要約するクラウドサービスを活用します。ミーティングの後には、生成されたテキストからポイントを抜き出し、チーム全員でコメントを付け合います。そうすることで、AさんとBさんだけでなく、他のメンバーも巻き込んだ知識共有が可能になります。
生成AIのコーチ・上司の支援: AIが録画やチャット履歴を解析し、「この発言は具体例が不足している」「ここは図解すると分かりやすい」といった指摘を自動で行い、会話内容を構造化したサマリーを提供します。上司やコーチは、そのサマリーを見ながらピンポイントで「ここをもう少し深堀りして書いてみよう」というフィードバックがしやすくなります。これにより暗黙知が高品質な“形式知”へと洗練されていきます。
3.3 連結化:Combination(形式知→形式知)+システム場
具体例: チーム内ですでに蓄積されているマニュアルや他部署(マーケティング、製品開発チームなど)から提供された資料・データなどの形式知を組み合わせて、新たな営業ツールやセールスガイドを作成します。Aさんがまとめた雑談パターンと、マーケティング部門が持っている顧客インサイトを突き合わせて、より効果的な提案シナリオを作り上げる、といったイメージです。
システム場: 共有フォルダや社内Wiki、クラウド上のナレッジプラットフォームを利用し、文書やデータの検索・統合を行いやすいようにします。形式知を体系的につなげることで、新しい営業マニュアルや顧客対応ガイドなどが生まれ、組織全体で利用可能になります。
クラウドの振り返り共有ツールの活用: 作成したドキュメントをチーム全体でリアルタイムに閲覧・編集しながら、コメントや課題点を共有します。各人が見つけた事例やFAQを追記するなど、ドキュメントが日々アップデートされていきます。
生成AIのコーチ・上司の支援: AIが新たに追加されたコンテンツを自動的に分類し、要約やタグ付けを行い、関連性の高い既存文書をレコメンドしてくれます。上司やコーチは、これらのレコメンド情報を活用しながら「この情報は営業資料Aと統合するとさらに説得力が高まる」などと助言を与えられます。結果として、より包括的かつ使いやすい形式知が作られ、組織のナレッジが一段高いレベルへと高まります。
3.4 内面化:Internalization(形式知→暗黙知)+実践場
具体例: Aさんは新しい営業手法をまとめたガイドをもとに、実際の顧客訪問やオンライン商談で試してみます。そして、試行錯誤を通じて「この商材には雑談パターンXよりもYが向いている」「新しい提案フローはこうアレンジしたほうが自分にはしっくり来る」といった“自分のスタイル”を体得していきます。ガイドを読んだだけではわからなかった感覚が身につき、また新たな暗黙知へと昇華します。
実践場: 研修やOJTの場で、実際に顧客とのやりとりを経験し、その結果を振り返る仕組みが重要です。指導役やチームリーダーが同席してフィードバックを行い、さらに知識を深めたり修正を加えたりする場が整備されると、内面化のスピードが加速します。
クラウドの振り返り共有ツールの活用: 実践後には、Aさんが「どのように提案したか」「顧客のリアクションはどうだったか」といった振り返りレポートをクラウドツールへアップします。チームや上司がそれを確認し、「この顧客には次回こうしてみては?」などアドバイスを書き込みます。時系列で振り返り履歴が残るため、後々の学びにも役立ちます。
生成AIのコーチ・上司の支援: AIが商談記録や顧客データベースから傾向を分析し、「この顧客タイプには雑談パターンYの成功率が高い」という洞察を提供します。上司やコーチはAさんに「次はAIが示したこのアプローチを試してみたらどうだろう?」といった提案を行い、Aさんは実践を通じてさらに暗黙知を洗練させます。
4. 各ステップにおける進化のまとめ
共同化:Socialization:
進化のポイント: 単なる“現場同行”だけでなく、クラウド上に感想や疑問点を共有→全体フィードバック→AIからの追加ヒント、というサイクルを回すことで、一人ひとりの暗黙知がリッチになり、チーム全体へ波及します。
生成AIの価値: 感想や疑問点に対して、より多角的な視点を示す問いかけや、過去の事例との関連づけをAIが自動で行う。
表出化:Externalization:
進化のポイント: 対話を録画・文字起こしし、それをベースに文書化や図解化を行うことで、高品質な形式知が生まれやすくなります。さらにメンバー全員のコメントやアイデアをリアルタイムで反映できる環境が大切です。
連結化:生成AIの価値: 録画やテキストの要約、足りない情報の自動抽出・整理などにより、言語化がスムーズになる。上司・コーチが的確にフィードバックできる環境を作る。
連結化:Combination:
進化のポイント: 既存の形式知を組み合わせ、新たな資料や施策を生み出す段階で、クラウド上に散在するドキュメントやデータを連携させる仕組みがあるとスムーズ。全員がリアルタイムで更新状況を把握し、連携プレーを高めやすい。
生成AIの価値: 自動タグ付け、関連性の高い資料のレコメンド、過去データからの傾向分析などによって、組み合わせのヒントをAIが提示し、新たなアイデア創出が加速する。
内面化:Internalization:
進化のポイント: 実践→振り返り→フィードバック→再実践、のサイクルをクラウドツールで可視化し、組織的に支えることで内面化が促進される。実践結果がそのまま次のSocializationにもつながる。
生成AIの価値: 商談ログや顧客データなどからAIが学習し、実践に対して個別のアドバイスや確率の高い施策を提示。OJTの質を飛躍的に高められる。
5. まとめと今後の展望
営業現場にSECIモデルと4つの場を取り入れ、それをクラウドの振り返り共有ツールや生成AIと組み合わせることで、以下のような効果が期待できます。
学習効率の向上:
現場での暗黙知の共有(共同化:Socialization)をクラウド上で補完し、対話(Externalization)を録画・要約し、さらに既存知識との結合(Combination)を自動化してくれるAIを活用することで、個々人がより短期間で営業スキルを獲得しやすくなります。
ナレッジの蓄積と再利用:
クラウドツールを使って振り返りメモや会話ログ、提案書などを一元管理・共有することで、組織的なナレッジをストックしやすくなり、後輩がそれを参照してさらに発展させるサイクルが回りやすくなります。
個人の創造性と組織学習の両立:
新入社員の直感や気づきを組織全体で吸収・共有し、先輩の暗黙知や既存データとも統合することで、個人と組織が共に創造的に学習できます。生成AIによるアドバイスが、その過程をより深め、スピーディーに行う助けとなります。
継続的な改善とイノベーション:
内面化:Internalizationを通じた実践で終わるのではなく、その実践結果をまたクラウドツールに蓄積・分析し、共同化:Socializationへとフィードバックすることで、SECIの循環が止まらず継続的に知識とスキルがアップデートされ続けます。AIの活用がその加速装置となるでしょう。
今後、生成AIの言語処理能力やデータ分析能力がますます進歩する中で、知識創造のプロセス自体がさらに高度化・自動化されていく可能性があります。たとえば、商談やミーティングのリアルタイム分析によって瞬時に「こう提案するとよい」というアシストを行うシステムが実現するかもしれません。また、クラウドプラットフォームによって世界中の人材やデータベースと繋がり、知識創造の枠組みをグローバル規模で拡大していくことも考えられます。
しかし、AIやクラウドツールがいくら発展しても、最終的には人間同士の共感や信頼関係、対話の中から生まれる「暗黙知」の重要性は不変です。
SECIモデルが示しているように、人間ならではの経験知や洞察力が新しい価値を生み出す源泉であり、それをうまく形式知へ落とし込み、組織全体で共有し、さらに個々人が体得する――この一連のサイクルを回し続けることが不可欠となります。
したがって、クラウドツールや生成AIなどのテクノロジーをうまく活用しつつ、組織内外のコミュニケーションの活性化や学習文化の醸成を支援する仕組みを整えることが、営業のみならず、多くのビジネス領域において今後も重要なテーマとなるでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
改めまして、野中先生のご冥福を祈り申し上げます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
生成AI、クラウドを活用したSECIモデルを回し、組織を強化されたい方は、
リフレクトのサイトをご覧ください。