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映画覚書 『Ryuichi Sakamoto | Opus』(2024)

開始1音目から息を呑んだ。鍵盤のタッチ、ペダルの踏み込み、衣擦れ、メガネを直す仕草、楽譜を捲る動作、そして移ろう表情。全てが坂本龍一という音楽家による音楽だったし、坂本龍一という音楽家も丸ごと音楽だった。聴き入っていくうちに、ピアノと指先、身体が音を媒介にして空間に溶け込んでいくような錯覚を覚えるくらいに。全体的にテンポを落ち着かせて、1音1音を慈しむように丁寧に積み重ねられて演奏された楽曲たちは、それぞれが持つ個性的で普遍的な、琴線に触れるような旋律をこれ以上ないくらいに儚く際立たせていた。セットリストにある曲はほとんどが知っていたものだったし、聴き込んでいた曲だったのだけれど、劇場空間で浴びると印象はだいぶ違うものになっていて、感動の質もまた同様だった。今作のサントラは少し前にサブスクで配信が始まっていたけれど、ファーストインプレッションを映画館で得たかったため、セットリストも見ず、聴くのも我慢していた。そして、その判断は正解だった。大学生の頃に『トニー滝谷』のサントラを死ぬ程聴きまくっていたので、「Solitude」のイントロが鳴り始めた刹那「マジか…」と思わず声を出してしまったし、『バベル』サントラもまたCDが擦り減るくらいヘビロテしていたので「Bibo no Aozora」がきた時には心臓近辺がギュン、ってなった。途中で音を確認する振る舞いも、その後に「もう1度やろうか」と発したその掠れた声も、もはや楽曲の一部だったし、あの音楽という空間の一部だった。そして次いで演奏された「Aqua」の、行間のような余白のようなゆっくりとした間。シンプルだけれども、とても強く心振るわせる旋律。坂本龍一さんの楽曲の中では、もしかしたら1番好きかもしれないとずっと思っていた曲で、これまで人生の色んな場面で聴いてきたけれど、あらためて「こんなにも美しかったっけ」としみじみ思った。セットリスト前半でこんなにも満ち足りてしまっていいのか、などと自問しつつ、緊張感もありながら不思議と心地良い画面の中で、鍵盤が叩かれて音色が紡ぎ出されて時間は流れていく。個人的感情によるある種の“味付け”もあって、音とメロディがあまりにも彩りに溢れている分、モノクロの静謐さとエッジーさは映像手法として鮮烈に効いていた。これしかないだろ、くらいに正しい選択だったように思う。後半の楽曲にももちろんたくさんの思い出があるのだけれど、ここに書く文章はあまり長くしないと決めているのでこの辺りにしておく。そういえば『戦場のメリークリスマス』はまだ観ていなかったな。

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